2話
その冬、ヨーロッパは静かに死に向かっていた。
空は一日中どんよりと沈み、
太陽は雲の奥で力を失い、
風は刃物のように畑を切り裂いた。
本来なら黄金色に揺れるはずの小麦畑は、
茶色の土のまま凍りつき、
農民たちは肩を寄せ合って祈るしかなかった。
「今年も……小麦は駄目かもしれんな」
老人の声は、炎のはじける音にかき消され、
暖炉の火は、家族を守るには弱すぎた。
小氷期。
それは、人々の希望すら凍らせる季節。
だが――
運命は、この寒さの中で、ひとつの灯火を生んだ。
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王宮。暖炉の前の少女
雪に閉ざされた宮廷の一室。
暖炉の火がかすかに揺れ、
壁に掛けられた地図が赤い光を反射している。
その前に、一人の少女が立っていた。
マリー・アントワネット。
まだ幼い顔立ち。
頬は赤みを帯び、
瞳は燃えるような決意を宿していた。
「ここも……小麦が……
ここも……全滅……」
彼女は指で地図をなぞる。
フランスだけではない。
オーストリアも、ドイツも、
あらゆる地域が異常気象に飲まれていた。
それを見て、アントワネットは唇を噛んだ。
「どうにかして……
皆に食べ物を届けなければ……」
侍女がそっと声をかける。
「王女様……お疲れでは?」
アントワネットは首を振った。
「疲れているのは、私ではなく……
この国の民よ」
その言葉は、小さな声だった。
だが、その芯は凍った大地に火を落とすような強さだった。
侍女は知らない。
この少女が後に、
“誤解の象徴”として語られることを。
だがこの時、アントワネットは確かにもう――
“民のために生きる王妃”として歩き始めていた。
⸻
探求の始まり
アントワネットは勢いよく振り返った。
「学者を集めて。
パンに代わる食糧を研究できる人たちを。
小麦が無いなら……他の穀物を!」
「他の……穀物でございますか?」
侍女は戸惑う。
パンは小麦。
それが常識だった。
しかしアントワネットは言った。
「民を救えるなら、常識などいらないわ」
その日から、宮廷は奇妙な熱気に包まれた。
料理人、栄養学者、農学者、医師まで呼ばれ、
“代替食”の研究が始まった。




