10話
アントワネットと別れたその日、
少年ルイは一人になるや否や、
胸元を押さえて立ち尽くした。
(……はずかしい……)
自分の声が震えていたこと。
言葉も返せなかったこと。
背筋も伸びなかったこと。
そして何より──
(……この僕が、
あんな素晴らしい人と婚約者だなんて……
場違いにもほどがある……)
ルイは生まれて初めて、
“自分を変えたい”と心から願った。
⸻
翌朝、最初の一歩
夜明け前。
王宮の訓練場に、ひとりの少年が立っていた。
剣よりも細い腕。
震える足。
冷たい朝霧。
それでもルイは木剣を握った。
(強くなりたい……
彼女の隣に立てるように……)
その日、誰より早く訓練場に来たのがルイだった。
兵士たちは驚いた。
「おや……ルイ殿下が?」
「珍しい……今日は何の風の吹きまわしだ?」
でも、ルイは気にしなかった。
木剣が手から飛んでも、
転んでも、
泥まみれになっても、
何度でも立ち上がった。
⸻
学問も、言葉も、姿勢も
それは剣だけではなかった。
● 読書
● 歴史
● 外交
● 数学
● 礼法
● 乗馬
何をしても遅れていた少年が、
まるで時が惜しいと言わんばかりに
必死に学び始めた。
教師たちはざわめいた。
「殿下、これは……」
「まさか、こんな熱心に……?」
「昨日まで“普通の子”だったのに……」
ルイは答えなかった。
ただ、机に向かい、
背筋を伸ばし、
静かに努力を積み重ねた。
(僕は……
あの人の期待に応えたい……)
(恥ずかしくない人間になりたい……)
(彼女の夢を、叶えられる王になりたい……)
周囲が気づき始める
日が経つにつれ、
宮廷の者たちは気づき始めていた。
訓練場では、
ルイの木剣が以前より速く、強くなっている。
侍女は囁く。
「ルイ殿下、最近ご様子が違うわね……」
書庫でも、
彼は一番遅くまで灯りをつけて本を読んでいた。
教師は驚嘆した。
「理解が……早くなっている……?」
そして王宮の騎士たちは言った。
「少年殿下は……
本物の王へと変わり始めている……」
⸻
ルイの胸にあったただ一つの願い
夜、ルイは静かに目を閉じた。
屋敷の灯り越しに、
アントワネットの記憶が浮かぶ。
──初めて微笑んでくれた。
──初めて「嬉しい」と言われた。
──初めて、自分が“見られた”。
(守りたい……
あの人が大切にするもの、全部……)
(力が欲しい……
誇りが欲しい……
彼女の隣に立つ資格が欲しい……)
その願いが、
弱かった少年を変えていった。
誰に命じられるでもなく、
誰に褒められるでもなく、
ただ一人の少女のために。




