第4章 — 初めての練習走行
夜は濃い油のように街を覆っていた。
リョクは古い車を放置された駐車場へと運び込む。
壊れたヘッドライト、散らばる瓶、タイヤ痕――その場所は危険と誘いを同時に吐き出していた。
タケダは腕を組んで横に立っている。
「踏み込みすぎるなよ。こいつのエンジンは気難しい。」
リョクはただ頷くが、胸の奥ではもう一つのエンジンが脈打っているようだった。
彼は車を始動させる。弱い唸りが闇に反響する。
ハンドルを握る手は汗ばむが、目は…新しい確信で光っていた。
アクセルを踏むと、車はぎこちなく、震えながら跳ねる――走り方を忘れた獣のように。
カーブを曲がるたび、リョクは世界が後退していくのを感じた。
風が顔を切り裂く。
アスファルトは生き物のようにうねる。
後部座席の影は、静かに、だが確実に彼の動きに寄り添っていた。
彼は何周も何周も走る。
重量、タイミング、スリップ――それらを支配しようとする。
彼は誰とも競っていない。
ただ、自分の内側にいる“何か”と走っていた。
その“何か”は、速度がなければ息ができないとでも言うように、渇望していた。
タケダが叫ぶ指示は、落ち着かないエンジンの唸りに飲み込まれていく。
ある周回で、街灯が瞬き、光が途切れた。
車は想定以上に滑る。
バンパーがコンクリートに擦れ、金属の歯のような火花が散った。
リョクは握りしめ、修正し、立て直す。
心臓が喉の奥で跳ねた。
停車したとき、手は震えていた。
タケダは誇らしげに笑う。
「お前はそのために生まれてきたんだ、坊主。」
リョクは返事をしようとする――だが、室内のルームミラーがまた暗く曇った。
まるで呼吸しているかのように。
そして沈黙の中、熱を帯びたエンジンのチッ…チッ…という音の合間に、
彼はかすれた声を確かに聞いた気がした。
「まだ足りん… まだまだだ。」




