第3章 — 最初のハンドル
夕暮れは熱い埃のように落ちていく。
リョクが工場裏で古い車を見つけたときのことだ。
錆びついたセダン。忘れ去られ、ボンネットは死んだ獣のように開いている。
他の子どもならただのガラクタ。
だが彼にとっては“約束”だった。
彼はすり減ったハンドルに手を置き、ひび割れたゴムの荒い質感を感じる。
オイルとカビの匂いが肺に流れ込み、まるで空気の代わりになろうとしているかのようだ。
リョクは目を閉じる。
両親が再び息をする姿を想像する。
救急車が間に合う未来を想像する。
時間が従順である世界を想像する。
年配の整備士、タケダが遠くから見つめていた。
「そいつは何年も走っちゃいないがな…」
言葉は否定のようでいて、その声にはどこか誘う響きがあった。
リョクは答えない。
ただ沈黙のまま、配線を繋ぎ、接点の埃を吹き飛ばし、彼の集中した力にため息をつくようなネジを締めていく。
数分後、忘れられたエンジンが咳をし、抗い…そして点火した。
弱く、不規則で、それでも“生きた”唸りだった。
彼の心臓が跳ね上がる。
リョクが“本当の支配”を感じたのは初めてだった――機械が従い、彼の意志の下で脈打っている。
タケダは驚いたように低く笑う。
「お前、手がいいな、坊主。」
人のいない通りを初めて走り出したとき、車は古い悪夢から目覚めたかのように震えた。
弱いヘッドライトは数メートル先しか照らさない。
だがリョクには、それだけでどんな闇でも突き抜けられる気がした。
車を止めたとき、彼は違和感に気づく。
車内のルームミラーが曇り、まるで誰かの影が車内を通り抜けたかのよう。
そして――確信には短すぎる一瞬、
リョクは後部座席の奥から誰かが囁いた気がした。
「続けろ。見ているぞ。」




