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第29章 — キャビンに響く声

トンネルは、

まるで世界が息を止めたかのように静まり返っていた。


観衆は散っていったが、

リョクは車内に残り、

何十キロも走った後のように荒く呼吸していた。


いや――

自分自身と競争して、

その勝負に負けた男の呼吸だった。


エンジンは切れているはずなのに、

まだ微かに震えていた。


止まることを拒む心臓のように。


そして――


ラジオが勝手に点いた。


ノイズ。

ざらつく音。

裂かれた囁きのような、

歪んだ声。


リョクは額を押さえる。


助手席に座る影は、

ほとんど実体化した姿で静かに微笑んでいた。


「聞け。」

存在は言う。

「お前の断片が……歌っている。」


ラジオの声が変わった。


それはもう、ただのノイズではなかった。


“リョク…”


リョクの背筋が凍りつく。


母の声だった。


消されたはずの記憶ではない。

完全な声。

息遣い。

まるで後部座席に

“母本人”が座っているかのように。


「……これは……偽物だ……」


リョクは呟いた。


だがノイズが再びねじれ、

次の声が流れた。


父の声。


“息子よ……踏み込め……”


車内のライトが点滅する。

メーターの針が勝手に回転する。

温度計が急激に下がり、

まるで車内に“地獄への扉”が開いたかのように冷気が満ちた。


リョクはハンドルを掴み、叫んだ。


「やめろ!!

 俺の頭から……出ていけ!!」


だが声は増え続ける。


混ざり合い、

重なり合い、

渦巻きながら押し寄せてくる。


ミカの声。

タケダの声。

カイゼンの声。


叫び。

囁き。

笑い声。

泣き声。


“奪われた記憶たち”が、

リョクではなく――

影の内側で生かされ、歪められ、囁いていた。


影は楽しそうに頭を傾けた。


「奪った全ての記憶が……ここで泣いている。

 戻してくれと、必死に。

 だが……戻る道などない。」


存在は影の指先を伸ばし、

ルームミラーに触れた。


鏡面が震えた。

まるで泣いているかのように。


リョクは扉を開けようとした。

だがロックが下りた。


ラジオを切ろうとしても、

スイッチは反応しない。


キャビン全体が

死者、生者、忘れられた者たちの

“共鳴箱”へと変わっていた。


混ざり合った無数の声が叫ぶ。


「走れ、リョク……」

「走らなければ死ぬ……」

「走れ……お前はすでに死んでいる。」


リョクは耳を塞いだ。

だが音は内部から響いている。


魂の奥底から。

もはや“自分だけの魂”ではない場所から。


ヘッドライトが突然点灯し、

トンネルの壁を照らす。


そこに映った影は――

巨大で、鮮明で、

人型の“空洞の目”を持っていた。


そしてその影は、

リョクとは別に動いた。


首を傾けて

こちらを見た。


「見えるか。」

存在は誇らしげに囁く。

「もうすぐ……完全に“生まれる”。

 あと少し。

 あと数枚の記憶。

 あと数人の犠牲。」


リョクの胸が裂けそうに痛んだ。


彼は扉を力ずくで押し開けた。

金属音が響き、

扉は歪みながら外れた。


リョクは車外へ転げ落ち、

地面に手をつき、

獣のように荒く息をした。


車内では影が窓越しに

静かに、飢えたように

彼を見ていた。


そして“微細な変化”が起きた。


ラジオが最後の一言を呟き、

静かに電源が落ちた。


「最終レースは近い……

 お前は“ひとり”では走らない。」


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