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第28章 — 空虚な勝利、飢えた観衆

真夜中は、

乾いた拳が世界を殴ったように落ちてきた。


レース会場は放棄された鉄道トンネル。

即席の松明と、ねじれたケーブルに吊られたヘッドライトだけが

闇を照らしている。


観衆は両側に押し込み合い、

まるで“生贄”を待ちわびるように叫び狂っていた。

――ある意味、その通りだった。


リョクが現れた瞬間、

群衆の上に静寂が降りた。


誰も長く彼を見つめようとはしない。


車は自動でエンジンをかけ、

ヘッドライトは捕食者の目のように光った。


助手席には影が座る。

ほとんど実体を持ち、

ほとんど“生き物”のように。


「今夜、お前は競うのではない……」

影が頭を傾けた。

「支配するのだ。」


死区で最も恐れられる走り屋たちが車を並べる。


カイゼンもいた。

顔は疲れ切り、目の奥には何夜も眠れていない影が宿っていた。


リョクを見ると、

その表情は憎しみと哀れみの間で揺れた。


「お前は……自分が誓った“ならないもの”に成り果てた。」

カイゼンはリョクに聞こえるように呟いた。

「魂のない兵器だ。」


リョクの胸の奥で、

かすかな痛みが蠢く。


だが存在が押しつぶすように囁いた。


「無視しろ。心など……ただの錘だ。」


旗が落ちた。


エンジンが咆哮し、

獣の檻が一斉に開け放たれたような轟音がトンネルを震わせた。


リョクは一瞬で前方へ跳び出す。

まるで物理法則を“無視した”かのように。


追い抜き、

切り込み、

壁スレスレを滑るように走り抜け、

全ての動きが“思考より速い何か”によって操られているようだった。


他の走り屋たちは進路を塞ごうとする。

衝突を仕掛ける者もいる。

コンクリートに叩きつけようとする者も。


だが――

何も通じない。


リョクは車が震えるのを感じた。

それは“喜び”、

あるいは“飢えた獣の快感”の震え。


車は彼と走っているのではなく、

彼のために走っていた。


一人の走者がリョクを外側に押し出そうとした。

リョクは強烈にハンドルを切る。


相手の車は宙を舞い、

三度回転し、

火花を散らしながら地面に叩きつけられた。


観衆は沸騰した。


彼らは血を求めている。

混乱を求めている。

そして――

“リョク”そのものを求めている。


その夜の勝利は全て、

“冷酷な一撃”と“殺意すれすれの走法”によって得られた。


そしてそのたびに……

リョクの魂は削れた。


消えていく記憶。


好きだった食べ物の味。

褒めてくれた教師の名前。

タケダと過ごした、あの静かな一日の記憶。


全部……

消える。


燃料として消費される。


レースが終わり、

リョクはトンネル中央に車を停める。


観衆は近づき、

彼の名を叫び、

まるで新たな暴君の戴冠式のように騒ぎ立てた。


彼は全てに勝った。


そして――

まだ残っていた“全て”を失った。


存在は甘く、

ねっとりと彼の意識を撫でた。


「これで……」


影は巨大化し、

トンネルの壁に“巨人の影”として伸び上がる。


「……お前は“君臨する者”となった。」


カイゼンがよろめきながら近づいてきた。

埃まみれ、血まみれ、

だがその目だけはリョクを真っ直ぐ見ていた。


「これを勝利だと思うのか……?」

声は震え、壊れかけていた。

「これは……ただの空っぽだ、リョク。」


リョクは言おうとした。


だが――

言葉を見つけられなかった。


“微細な変化”はその瞬間訪れた。


影がリョクの肩に触れ、囁いた。


「すぐに“観衆”など要らなくなる。

 街そのものが……お前の走路となるのだから。」

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