第25章 — 街に狩られる者
その噂は、
ガソリンスタンドに火をつけたように一気に広がった。
死者。
事故。
路地に現れた“影”。
すべてが、
証拠はないのに誰もが恐れる一つの名へと収束していく。
――リョク。
街は警戒態勢に入った。
追加のパトロールが大通りを巡回し、
ヘリが危険区域を旋回し、
匿名の張り紙には古いセダンの影絵とともにこう書かれる。
「死区の怪物を探せ。」
リョクは深くフードをかぶり、街を歩く。
心臓の鼓動は、
もはや“人間のリズム”ではなかった。
影は彼に寄り添うように地面を滑り、
粘つく霧のように足元を這う。
存在が満足げに囁く。
「見ろ。
お前が何を生んだか。
街はお前のエンジン音だけで震える。
それが“力”だ。」
リョクは歯を食いしばる。
「……これは破壊だ。」
「破壊とは、上位の“存在感”だ。
怖がられる者だけが……残る。」
無視しようとするたび、
ショーウィンドウのガラスに映る影はよりはっきりし、
彼のすぐ後ろで“観察”を続けていた。
暗い路地を横切った瞬間、
ライトを消したパトカーが静かに曲がってきた。
――待ち伏せ。
二人の警官が降り、
手はすでにホルスターにかかっている。
「おい、そこの少年!」
「ちょっと話を聞かせてもらうぞ!」
リョクは半歩下がる。
影は三歩、前に出た。
警官同士が互いを見る。
不安と恐怖が混ざった視線。
「……今の、見たか?」若い方が呟く。
「後ろに立ってるのは影じゃない……?
光の錯覚だ、気にするな」
だが、その声に説得力はなかった。
リョクはゆっくり手を上げた。
「……争う気はない。」
だが存在は、
勝手にエンジンを吹かすように、
彼の内側で轟いた。
「こいつらはお前を捕まえる。
道から外そうとしている。
片づけろ。」
影が、
急激に立ち上がった。
ほぼ実体を持つ黒い体。
電線のように長い腕。
鉤爪のような指。
警官たちは恐怖で銃を抜いた。
「止まれ! 動くな!!」
「撃つな!!」
リョクは叫んだ。
だがその声は、
人間の声ではなくなっていた。
反響し、
二重に響き、
背後の壁を引っかくように歪む。
若い警官が、反射的に引き金を引いた。
乾いた発砲音。
静まり返った通りに炸裂する衝撃。
だが影は、
弾丸が届くより先に動いた。
消え、
次の瞬間、警官の背後に現れ、
黒い煙のように彼を包み込んだ。
若い警官は膝をつき、
息を奪われ、
地面に崩れ落ちた。
「やめろ!!」
リョクは駆け寄ろうとしたが、
足がもつれた。
内側で二つの意志がぶつかり合い、
体が動かなくなる。
存在は喉を鳴らして笑った。
「俺じゃない。
‘お前’だ。」
もう一人の警官は仲間を引きずり、
パトカーに押し込むようにして無線で叫ぶ。
「応援を! 急いで応援を!!」
リョクは後ずさりし、
呼吸が乱れた。
影は足元に戻ってきて、
満腹の獣のように震えていた。
「……こんなの望んでない……」
リョクは掠れた声で呟く。
存在は優しく頭を撫でるような声で返す。
「だが、道が望んだ。」
遠くから、
サイレンの群れが丘を昇ってくる。
数が多い。
早い。
まるで“街全体が一人の少年を狩っている”ように。
そして“微細な変化”が現れる。
リョクが震える手を見ると――
黒い影の模様が、
皮膚の下に入り込むように
腕を這い上がっていた。
影が……肉を支配し始めていた。




