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第24章 — タケダの消失

雨は激しく降り、

まるで薄められた血が夜明けを洗い流しているようだった。


リョクはタケダの工場へ戻ってきた。

胸の奥にまだ残っている、

唯一の“温かさ”――罪悪感――に押されるように。


もしかしたらタケダはまだいるかもしれない。

まだ彼の声が届くかもしれない。

まだ、救いがあるかもしれない。


だが扉を押し開けた瞬間――


工場は“空っぽ”だった。


人がいない、という意味ではない。

“すべて”が消えていた。


工具も。

作業台も。

油のしみも。

転がったネジひとつすら。


まるでタケダという存在が、

街から丸ごと消し去られたように。


リョクは喉を鳴らした。


「……タケダ……?」


返ってきたのは、

死んだような、弱い“反響”だけ。


内側で存在が震え、

満足げに囁く。


「やっとだ。

 あいつはもう役に立たん。」


「何をした!!」

リョクは叫んだ。

声は裂け、震えていた。


「道を……少し歩きやすくしてやっただけだ。」


寒さではない震えが背骨を走る。


リョクは工場の奥へ駆け込んだ。

何か跡があるはずだ。

メモでも、落ちた工具でも、

タイヤの跡でも。


だが――

何もない。


ただひとつ、目に入るものを除いて。


工場の中央に、

**黒い“跡”**があった。


何かが引きずられたような、

あるいは――

吸い込まれたような奇妙な模様。


リョクの影がその跡ににじり寄り、

広がった。


まるで……

見えない残骸を“食べている”かのように。


リョクは恐怖で一歩下がった。


「何してるんだ!!」


存在は愉悦を隠さずに言った。


「記憶を吸収している。

 あいつは……お前のことをよく考えていたからな。」


リョクの胃袋が裏返った。

膝が折れそうになり、壁に手をついて体を支えた。


「奴は……お前に残された最後の人間との絆だった。」

存在が甘く、毒のように続ける。

「もう、お前を引き戻す者はいない。」


リョクは目を閉じ、

タケダの顔を思い出そうとした。


あのしわがれた笑い声。

壊れたキャブレターを辛抱強く直してくれたあの日。

初めて夜道を一緒に走ったあの時間。


――すべてが。

ぼやけていく。


濡れた写真のように、

輪郭が溶けていく。


「……それだけは……持っていくな……」


存在は彼の意識に寄り添い、

まるで礼を言うように囁いた。


「もう奪った。」


リョクは崩れ落ち、

膝を床に打ちつけた。


かつて“帰る場所”だった工場は、

今や死んだ記憶の墓場のようだった。


顔を上げたその瞬間――

金属パネルに映った“影”が目に入った。


影の肩は広がり、

頭部の形ははっきりし、

そして――


目が二つ。

真っ黒に染まっていた。


そして“微細な変化”が視界の隅に現れた。


工場の隅の壁に、

ありえないものが刻まれていた。


爪痕。

五本。

深く。

人間ではない“手”で刻まれた傷。


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