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第22章 — 肉を引きはがす勝利

夜はリョクに、色のない世界を返してきた。


次のレースは、

放棄された地下駐車場で行われる。

低い天井はエンジン音を“閉じ込められた悲鳴”のように反響させ、

空気は錆と煙と腐ったアドレナリンの匂いで満ちていた。


リョクの車は異様に震えていた。

まるでエンジンの中で“何か”が呼吸しているように。


後部座席の影は消えていない。

むしろ輪郭がはっきりし、

ほとんど実体を持ち始めていた。


長い腕。

傾いた頭。

そして、飢えた忍耐で全てを見ている目なき視線。


周囲のレーサーたちは、

恐怖を隠せずにリョクを見つめる。


カイゼンでさえ、

震える手を隠しながら低く呟いた。


「……ここに来るべきじゃなかった、リョク。」


その答えを、リョクではなく存在が心の中で告げた。


「止められると思わせろ。

 そいつも壊せ。」


スタート音が鳴る。


エンジンが爆ぜ、

タイヤが悲鳴を上げ、

コンクリートが震える。


リョクは暴力的なまでの加速をかけた。

車は、まるで“もうひとつの魂”を得たように反応する。

彼と存在が溶け合った結果としての異形の走り。


二台の間を切り裂き、

別の車の側面を擦り抜け、

車体が震えた瞬間――


胸の奥で、鋭い痛みが走った。

何か“生きた部分”を引きちぎられたような感覚。


それでもリョクはスピードを落とさなかった。

むしろ――もっと踏み込んだ。


車は濡れたコンクリートを滑るように進み、

鋭いカーブで“不可能な隙間”が見えた。


――人間なら絶対に入らない隙間。


だが今の彼は、

すでに“人間だけ”ではなかった。


強引に突っ込む。


車体がコンクリートの柱に激突し、

火花が散り、

塗装が剥がれ、

金属がひしゃげる。


世界が揺れた。


後ろの車は壁に激突し、

高速回転しながら吹き飛ぶ。

観客たちは叫び、

逃げ、

撮影する。


リョクは一位でゴールを切った。


だが勝利は歓喜をもたらさなかった。

――虚無だけを残した。


車が停止した瞬間、

彼の内側から“何か大きなもの”が

乱暴に引きはがされる感覚が走った。


今までで一番深く、大切なもの。


リョクはハンドルに突っ伏し、息を荒げる。


存在はうっとりと囁いた。


「ああ……今のは特別だった。礼を言うぞ。」


脳裏にかすかに浮かぶ映像。


母が赤い花を持ち、

微笑んでいた。


暖かく、

優しく、

光そのもののようだった記憶。


存在はそれを掴み――

ひねり潰し、

霧のように消した。


リョクは声にならない叫びを上げた。

だがその声は、

決して響かなかった。

エンジンの地鳴りに飲み込まれた。


顔を上げると、

ルームミラーが“あり得ないもの”を映していた。


左目が黒く染まり始めていた。

人の光を失い、

闇の色に沈んでいた。


後部座席の影が身を乗り出し、

長い闇の指で彼の首筋に触れる。


「勝つたび、お前は少しずつ死ぬ。

 死ぬたび……俺は生まれる。」


そして“微細な変化”が訪れた。


リョクがドアを開けようとした瞬間――

影が先に車から降りた。


そして、

足などないはずなのに、

彼の横を“歩いた”。

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