第21章 — 影は育つ
翌朝は“病んだように”明けた。
空は灰色のベールに覆われ、
街を歩く人々は、見えない何かにエネルギーを吸われているかのように足取りが重い。
だが本当の病を抱えているのは――リョクだった。
彼はタケダのガレージへ向かう。
シャッターは閉ざされ、
錠前は冷たく垂れ下がっている。
沈黙が異様なほど重く、
まるで警告のようだった。
リョクが扉を開けようとしたとき、
視界の端で“何か”が動いた。
自分の影だ。
薄暗い街灯に照らし出されている影が――
彼の動きと一致していない。
腕を上げる。
影は二本の腕を上げた。
深く息を吸う。
影は膨張する。
「やっとだ」
存在が満足げに囁く。
「育っている。お前の外側で“存在”を学んでいる。」
リョクは歩道まで後ずさり、
心臓が不規則に跳ねた。
「……こんなの、いらない。」
悪魔の笑いがV8エンジンの咆哮のように響いた。
「もう“いらない”などと言えぬ。
お前が道を開いた。
あとは……道が“お前の全て”を求める。」
影は地面を滑り、
生きたオイルのように伸びていく。
停まっている車のタイヤに触れた瞬間――
タイヤはしぼみ、
内部から吸い潰されたように沈んだ。
リョクは後退した。
「やめろ!」
影は止まった。
だがそれは服従ではなく――
“楽しんでいるだけ”の停止。
再び影が伸びる。
建物の壁をよじ登るように細く、高く――
人に似た形を帯びていく。
そして、起こるはずのない現象が起きた。
影が、首を回した。
リョクを“見た”。
喉が締まる。
この世に存在してはならない何かに見られている感覚。
存在が語る。
「奪った記憶一つひとつが……
彼女の材料になっていく。」
「……彼女?」リョクが震える声で問う。
「お前の“もう一つの存在”。
未来の身体。
そして――終わり。」
影は再び地面に降り、
滑るようにリョクの足元へ。
そしてほんの一瞬、
影は彼の靴に触れようとした。
忠実な黒い犬のように。
リョクは飛び退いた。
「こんなこと……許さない!!」
存在は冷たい息を首筋に吹きかけた。
「もう……始まっている。」
リョクは車に飛び込み、
逃げるようにキーを回す。
だがエンジンではなく――
ラジオが勝手に点いた。
ノイズ。
ざらつき。
かすれた声の混ざる地獄のような音。
そして一つのフレーズが、
歪んだ声で何度も繰り返された。
「走れ。走れ。走れ。
走らぬなら――俺たちが走る。」
その瞬間、
“微細な変化”が訪れた。
リョクがバックミラーを見ると――
影が、後部座席に座っていた。
そして、口のない笑みを浮かべていた。




