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第15章 — 暴走するレース

夜は重い雲をまとい、

まるで空そのものがこれから起こる惨劇を見届けようとしているかのようだった。


ゾーン・モルタ(死区)は人で溢れていた。

車の咆哮、点滅するライト、

新しいガソリンと濃い煙の匂い。


だが今日は、空気そのものが違っていた。

――ほとんど“電気”のような緊張。


リョクが到着する。

競うためではない。

だが観衆はそう思う。

それだけで十分だった。


彼の車は自ら呼吸しているかのように脈打っていた。

エンジンは切れているのに、

生き物の鼓動のように震える。


リョクが通ると、人々が距離を取った。

まるで彼の隣を“冷たい何か”が歩いているかのように。


あの存在が囁く。


「さあ……新しい限界を試そうか。」


旗が上がる。

エンジンが爆ぜる。

レースが始まる。


リョクは、自分の皮膚から逃げるようにアクセルを踏み込んだ。

車は暴力的に、だが歓喜するように反応する。


カーブは脅威。

直線は破滅の約束。


彼は一度に三台抜き去った。

切り裂くようなライン取り。

不可能。

それでも完璧。

“人間”にはあり得ない精度。


観客が沸き上がる。


だがリョクは別のものを感じていた。

背骨の奥からせり上がる“黒い熱”。

あの存在がハンドルを一緒に握っているような感覚。

押し、引き、

彼の両手を“形作る”。


三周目。

一台がコースを塞ぐ。

本来ならブレーキを踏むべき瞬間。


――だが踏まない。


アクセルを、

さらに深く。


衝突は残酷そのものだった。

金属が金属を裂き、

叫び声が走り、

火花が燃える刃のようにアスファルトを引き裂く。


跳ね飛ばされた車は回転し、

観客席横のフェンスに突っ込み、

二人が巻き込まれた。


現場は一瞬で地獄へと変わった。

叫び、混乱、

即席のサイレン、

割れたガラスを踏みつける靴音。


それでもリョクの車は数メートル進み、

突然――勝手に止まった。


まるで、

あの存在が“味わうために”手動で止めたかのように。


静寂。

そして――代償。


胸の奥が痛んだ。

衝撃ではない。

“喪失”の痛み。


ひとつの記憶が消えた。


両親を失ったあと、

初めて本当に笑えた瞬間。

たったひとつの、

大切で、温かくて、

救いのような記憶。


――消えた。

跡形もなく。


あの存在が、

深く、満足げに笑った。


「お前の周りの命は全部……燃料だ。

 もっと燃やせ。」


リョクはよろめきながら車を降りる。

群衆は逃げ、叫び、責め立てる。


彼の手は震えていた。

まるで“見えない炎”を握っているかのように。


向こう側、煙と混乱の中で、

カイゼンが彼を見ていた。


憎しみではない。

純粋な恐怖で。


リョクが顔を上げた瞬間、

“微細な異変”が胸を刺した。


彼自身の影が、

アスファルトに長く伸びていたのだ。


形が違う。

背が高い。

細い。

そして……

“彼よりも、人間に近い”。


――そしてその影は、リョクとは

同時に動いていなかった。

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