第12章 — 雨と血とアスファルト
雨は重く降りそそぎ、
針のように道路を切り裂いていた。
リョクはひとり、
誰もいない高速道路を走っていた。
ワイパーがガラスを引っかく音は、
苛立った爪のように甲高い。
エンジンの唸りは“飢え”ていた。
それはもう機械だけの飢えではなかった。
カーブを曲がるたび、
水しぶきが低い霧となり、
穴も、瓦礫も、死角も隠していく。
それでもリョクはアクセルを踏んだ。
これは訓練ではない。
内側で広がる“空白”から逃げているのだ。
車が滑り、
コースを外れかける。
リョクは――笑った。
危険の中で、
彼の内部の何かが震え、
満足げに目を覚ましていた。
あの存在が囁く。
「もっと速く。
お前の限界が砕ける音を聞かせろ。」
リョクは従った。
車は錆びたガードレールにぶつかった。
衝撃で金属が裂け、
車体は激しく揺れる。
ボディはへこみ、ヘッドライトが砕け散る。
その瞬間、リョクは自分の中から
“またひとつ”何かが剥がれ落ちるのを感じた。
熱く、痛く、
だが奇妙に滑らかで――
まるで敏感な皮膚を引きちぎられるかのように。
視界が一瞬、真っ暗になる。
戻った時、
雨はゆっくりになり、
重く、粘りつくようで――
まるで“生きて”いるように感じた。
リョクはよろめきながら車を降りた。
額の切り傷から血が流れ、
雨と混ざり、
温かさを残して冷えていく。
深く息を吸った瞬間、
違和感が走る。
空気が“冷たすぎる”。
まるで誰かが、
すぐ背後で一緒に呼吸しているかのようだった。
振り向く。
――何もない。
雨だけ。
道路だけ。
だが、
歪んだ車体の金属に映った“反射”の中で、
何かが彼を見ていた。
黒い。
形の崩れた影。
雨粒を吸って大きくなっていく。
あの存在が囁く。
甘く、焦れた声で。
「もうひとかけら。
道はまだ……腹をすかせている。」
リョクは額の血を指でなぞる。
浮かんだ笑みは、意図とは無関係で、
歪み、痛みに近かった。
彼は再び車に乗り込む。
エンジンをかける。
その唸りは、
さっきより低く――
そして“人間ではない”響きを持っていた。
アクセルを踏む。
背後で雨が閉じるように落ちる。
まるで何かが闇の中から
彼を追っているかのように――
いや、
満足げに並走しているかのように。
そしてその瞬間、
ダッシュボードがひとりでに点滅し、
弱い光を震わせながら
ゆらめく文字を描き出した。
次のレースは
お前の想像以上の代償を奪う。




