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第11章 — 絆の裂け目

工場は不自然なほど静かだった。

タケダはリョクに背を向けて作業しているが、

今にも切れそうな糸を見張るように、時々素早く視線を送ってくる。


油の匂いに、何かもっと冷たく――

金属的で、リョクには分からない“別の匂い”が混ざっていた。

だが“あの存在”はそれを知っており、満足そうに震えていた。


「レースのあと、お前は別人みたいだ」

タケダがついに口を開いた。


リョクは無理に笑う。

「ちょっと疲れてるだけ。」


「疲れじゃねえよ。目つきが変わってる。

 お前、前より喋らねえし……息遣いも違う。

 なんつうか……遠い。」


――遠い。

その言葉が、リョクの内側の“空白”に触れた。

空白は広がっていく。


彼は思い出そうとする。

数週間前、タケダと話したキャブレターの調整についての会話を。

だがその記憶は、指の間をすり抜ける砂のように消えた。

最初からなかったかのように。


あの存在が囁く。


「小さすぎる欠片だった。必要なだけだ。」


リョクは拳を固く握り、

表情が崩れないように全力で押さえつける。


「大丈夫だよ。ただ……走りたいだけ。」


タケダはレンチを勢いよく置いた。

金属の音が工場に響く。


「それが心配なんだ。

 お前、最近それしか言わねえだろ。

 食うことも、寝ることも、人と話すことも……全部どうでもよくなってる。」


リョクは何か言おうと口を開く――

だが、その瞬間、背後の影が“伸びた”。

怒った獣のように。


悪魔の声が低く囁く。


「そいつはお前を引き戻そうとしている。……離れろ。」


リョクは胸の締めつけを無視し、背を向けた。


「今日は……一人で練習する。」


タケダの表情は、怒りと不安が混ざり煮立っていた。


「その道はお前を壊すぞ、坊主。」


リョクは何も言わない。


車へ向かう途中、

窓ガラスに映った自分の影が“遅れて”動くのに気づいた。

まるで影だけが一秒遅れ、

タケダを無表情に、飢えたように“見ている”かのようだった。


タケダはそれを感じ取り、本能的に半歩下がった。


リョクはドアを閉め、エンジンをかける。


工場に響く低いエンジン音の中で、

あの存在が満足そうに告げた。


「ひとつ……絆が減った。

 さあ、もっと壊せ。

 その方が速くなれる。」

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