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痴漢冤罪で見捨てた妻と娘が、私の無実が証明された後に泣いて謝ってきたが、もう遅い  作者: ledled


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私が選んだ道(柊紬希視点)

スマートフォンの画面を見つめる。タイムラインには友達の楽しそうな投稿が並んでいる。カフェでの写真、旅行の写真、恋人との写真。みんな幸せそう。私もかつては、そんな投稿をしていた。柊紬希、十八歳。私立大学の一年生。いや、一年生だった。今はもう、学生ですらない。


全ての始まりは、あの月曜日の朝だった。大学に向かう電車の中で、スマートフォンに通知が来た。友達からのLINEだった。


「ねえ、これ紬希のお父さんじゃない?」


添付された動画を見て、私は言葉を失った。父が痴漢で逮捕されている映像だった。


信じられなかった。お父さんが痴漢?嘘でしょ?でも、動画には確かに父の顔が映っていた。周りの人たちが動画を撮っている。女性が泣いている。父は無表情で立っている。これが現実?


大学に着くと、周りの視線が痛かった。みんな知っているのだ。私の父が痴漢で逮捕されたことを。動画は既に拡散されていた。再生回数は十万回を超えている。コメント欄には誹謗中傷が溢れていた。


友達のミサキが声をかけてきた。


「紬希、大丈夫?お父さんのこと……」

「うん、大丈夫」


嘘だった。全然大丈夫じゃなかった。でも、強がるしかなかった。


「あのさ、紬希のお父さん、本当にやったの?」


その質問に、私は答えられなかった。本当にやったの?お父さんが痴漢なんてするはずがない。でも、逮捕されたということは……?頭が混乱した。


授業中、スマートフォンが鳴った。父からの電話だった。教室を出て、廊下で電話に出た。


「お父さん?」

「紬希、お父さんは今……」

「知ってる。ネットで見た」

「もう動画、拡散されてるよ。『大手企業の部長が痴漢で逮捕』って。顔もバッチリ映ってる」


私の声は冷たかった。なぜかは分からない。でも、父に対して怒りが湧いていた。なぜ、こんなことをしたの?なぜ、私を恥ずかしい思いにさせるの?


「お父さん、最低。大学の友達にも見られたらどうするの。恥ずかしい」

「紬希、これは冤罪だ。お父さんは何もしていない」

「でも捕まったんでしょ?それって何かやったってことじゃん」

「信じてくれないのか」

「信じろって言われても……。ていうか、お母さんが大変なのに、お父さんのせいで余計なストレス増やさないでよ」


私は一方的に電話を切った。今思えば、なぜあんなことを言ったのだろう。父は冤罪だと言っていた。信じるべきだった。でも、私は信じなかった。いや、信じたくなかった。父が痴漢だと認めた方が、楽だった。そうすれば、父を責められる。自分の恥ずかしさを、父のせいにできる。


家に帰ると、母が電話で誰かと話していた。


「ええ、本当に困ってるの。夫が逮捕されて……はい、はい」


母は疲れた顔をしていた。私が帰ってきたことに気づいて、電話を切った。


「紬希、おかえり」

「ただいま」

「お父さんのこと、学校で言われた?」

「うん。みんな知ってた」


母は溜息をついた。


「お父さん、冤罪だって言ってるけど……信じられない」

「お母さんも信じてないの?」

「だって、煙の立たないところに火は立たないでしょ」


母の言葉に、私は何も言えなかった。母も父を信じていない。じゃあ、私も信じなくていいんだ。そう思った。


その夜、SNSを見た。私のアカウントに、知らない人たちからメッセージが来ていた。


『お前の父親、痴漢だってな』

『恥ずかしくないの?』

『親の顔が見てみたい』


涙が出た。なぜ、私がこんな目に遭わなければいけないの?私は何も悪いことをしていないのに。


翌日、大学に行くと、さらに視線が厳しくなっていた。廊下を歩くと、ヒソヒソと噂話をする声が聞こえた。


「あれが柊紬希」

「父親が痴漢の」

「可哀想」


可哀想?私は被害者なのに、なぜ可哀想なんて言われなきゃいけないの?


友達のユイが声をかけてきた。


「紬希、ちょっといい?」

「何?」

「あのさ、しばらく距離置かない?」

「え?」

「だって、紬希と一緒にいると、私も変な目で見られるし」


その言葉に、私は絶句した。友達だと思っていたユイが、私を切り捨てようとしている。


「ユイ……」

「ごめん。でも、仕方ないよね」


ユイは去っていった。他の友達も、次々と私から離れていった。SNSでブロックされた。グループチャットから追い出された。私は孤立した。


家に帰ると、父が保釈されて帰ってきていた。母は冷たい態度で、私も冷たい態度だった。


「お父さん、しばらく別の部屋で寝て」


私はそう言った。


「私、お父さんと同じ空間にいたくない」

「紬希、そんな言い方」


母が窘めたが、私は聞かなかった。


「だって、みんな知ってるんだよ。学校でも噂になってるし」


父は何も言わなかった。ただ、悲しそうな目で私を見ていた。でも、私は気にしなかった。父のせいで、私の生活がめちゃくちゃになったのだから。


数日後、母が言った。


「紬希、お父さんと離婚しようと思ってる」

「え?」

「もう無理なの。あなたのお父さんとはやっていけない」


私は何も言えなかった。離婚?それって、どういうこと?でも、考えてみれば、それも仕方ないのかもしれない。父が痴漢で逮捕されたのだから。


「紬希、お母さんについてきてくれる?」

「うん」


私は母を選んだ。父より母の方がいいと思った。いや、本当は分かっていた。母には別の男がいることを。時々、母が嬉しそうにスマートフォンを見ている姿を見ていた。誰かとメッセージのやり取りをしている。でも、私は何も言わなかった。母が幸せそうだったから。父との生活より、母の新しい恋人との生活の方が良いと思った。


だが、事態は急変した。父の無実が証明されたのだ。ニュースで報道された。


『大手IT企業法務部長の痴漢冤罪、虚偽告訴で女を逮捕』


冤罪だった。父は何もしていなかった。私は父を信じなかった。母も信じなかった。そして、虚偽告訴をした女は、母の恋人の時任修司に雇われていたという。


全てが崩れ落ちた。母は泣き崩れた。父は冷たい目で私たちを見ていた。私は何も言えなかった。父を信じなかった自分が、恥ずかしかった。


そして、さらに衝撃的な事実が明らかになった。時任修司は既婚者で子供もいた。しかも、会社の金を横領していた。複数の女性と不倫していた。母はその一人に過ぎなかった。母は騙されていたのだ。


時任修司が逮捕された。母は慰謝料を請求された。父は離婚調停を申し立てた。全てが一気に崩壊した。


私は父に謝ろうとした。


「お父さん、ごめんなさい。私、お父さんを信じなかった」

「今更謝られても遅い」


父は冷たく言った。


「でも……」

「紬希、お前は俺が逮捕された時、恥ずかしいと言った。お前にとって俺は、恥ずかしい存在だったんだろう」

「違うの。私、パニックになってて」

「そのパニックの時に出た言葉が本音だ」


父の言葉に、私は何も言い返せなかった。本音?もしかしたら、そうかもしれない。私は本当に、父を恥ずかしいと思っていたのかもしれない。


「それと紬希、お前の学費はもう払わない。奨学金でも何でも自分で何とかしろ」

「え……」

「俺にはお前を支える義務はない。お前は俺を捨てたんだから」


父は去っていった。私は泣き崩れた。学費が払えない。大学を続けられない。どうしよう。


母に相談した。


「お母さん、学費が……」

「ごめん、紬希。私も余裕がないの。慰謝料で貯金が全部なくなって」

「じゃあ、どうすれば……」

「奨学金を借りるか、バイトするか……」


母は無力だった。そして、母自身も精神的に追い詰められていた。毎日泣いている。何も食べない。時任修司への手紙を書き続けている。母はおかしくなっていた。


私は大学を辞めることにした。学費が払えないから。バイトを始めた。コンビニで働いた。毎日、レジ打ちと品出し。疲れた。でも、生きていくためには働かなければならない。


ある日、父に会いに行った。父の事務所に行った。受付で名前を告げると、しばらく待たされた。そして、父が出てきた。隣には若い女性がいた。真冬凛という弁護士らしい。父の元部下で、今は父を支えている人。


「お父さん、話がしたい」

「何の話だ」

「お父さん、お願い。もう一度、家族に戻って」


父は首を振った。


「無理だ」

「お母さんが大変なの。慰謝料で貯金が全部なくなって、仕事もクビになって」

「自業自得だ」

「でも、お母さん、精神的におかしくなってる。毎日泣いてて、何も食べなくて」


父は感情を動かさなかった。


「それは俺の問題じゃない」

「お父さん!」


私は叫んだ。


「お父さんは冷たすぎる!家族でしょ!」

「家族?お前が俺を恥ずかしいと言った時、家族は終わったんだ」

「あれは……私、パニックで」

「パニックの時こそ本音が出る」


父は私を見据えた。


「紬希、お前は俺より母親を選んだ。なら、母親と生きろ」

「私、学校辞めなきゃいけないかもしれない。学費が払えなくて」

「奨学金を借りろ。バイトをしろ。自分でどうにかしろ」

「お父さん、鬼だ」


私は泣き崩れた。


「お父さんなんて、大嫌い」


父は何も言わなかった。ただ、冷たい目で私を見ていた。そして、去っていった。


私は一人、事務所のロビーで泣いた。全て、私のせいだ。父を信じなかった私のせい。「恥ずかしい」と言った私のせい。母を選んだ私のせい。


それから、私の生活はさらに苦しくなった。大学を辞めて、バイトに明け暮れた。コンビニ、ファミレス、深夜のバイト。体はボロボロだった。でも、働かなければ、母と私は生きていけない。


母は入院した。うつ病で。毎日、病院に通った。母は衰弱していた。時任修司への執着が消えない。手紙を書き続けている。でも、返事は来ない。母は現実を受け入れられない。


ある日、母が言った。


「紬希、ごめんね」

「何が?」

「私のせいで、あなたの人生をめちゃくちゃにしちゃった」

「お母さん……」

「お父さんを裏切って、時任さんに騙されて。全部、私のせいだった」


母は泣いていた。私も泣いた。


「お母さん、大丈夫だよ。私たち、一緒に頑張ろう」


でも、心の中では思っていた。もし、母が不倫なんてしなければ。もし、私が父を信じていれば。今頃、幸せな家族でいられたのに。


数ヶ月後、父が再婚したというニュースを聞いた。相手は真冬凛。若くて美しい弁護士。父は幸せそうだという。良かった。父は新しい人生を始めたのだ。でも、私は?私は幸せになれるの?


答えは分からなかった。


ある夜、病院から連絡があった。母が自殺を図ったという。睡眠薬を大量に飲んだらしい。救急車で運ばれたが、助かった。私は病院に駆けつけた。


「お母さん、死なないで」

「ごめん……」

「お母さんまでいなくなったら、私、一人になっちゃう」


母は精神科の病棟に入院した。そこで、毎日薬を飲んで、カウンセリングを受けた。でも、良くならない。母は時任修司への執着を手放せない。


私は毎日、バイトと病院の往復だった。疲れた。本当に疲れた。友達もいない。恋人もいない。夢もない。ただ、生きているだけ。


ある日、父に手紙を書いた。


『お父さん、元気ですか。私は今、小さな会社で事務の仕事をしています。生活は苦しいですが、何とかやっています。お母さんは相変わらずです。時任さんへの執着が消えず、精神的に不安定な日々を送っています。お父さん、私は今になって分かりました。あの時、お父さんを信じなかった自分が間違っていたと。お父さんはずっと家族のために頑張ってくれていたのに、私たちはそれに気づかなかった。いや、気づいていたのに、都合よく無視していた。今更こんなことを言っても、許してもらえないことは分かっています。でも、一つだけ伝えたかった。お父さん、ごめんなさい。そして、ありがとうございました。どうか、お幸せに。紬希』


返事は来なかった。当然だ。父はもう、私たちとは関係ない。新しい人生を歩んでいる。


それから数ヶ月後、母が亡くなった。また自殺を図ったのだ。今度は、誰も見つけられなかった。母は病院のベッドで、静かに息を引き取った。遺書には、父への謝罪と、私への遺言が書かれていた。


『紬希、ごめんね。お母さんは弱い人間でした。時任さんを愛してしまって、お父さんを裏切って。全部、お母さんのせいです。あなたは悪くない。どうか、幸せになってね』。


葬儀には、ほとんど人が来なかった。母の両親、つまり私の祖父母も来なかった。母を見捨てたのだ。友人も来なかった。母は孤独だった。そして、私も孤独だった。


父には連絡したが、来なかった。当然だ。父にとって、母はもう他人だから。


私は一人で葬儀を終えた。そして、母の遺骨を抱いて家に帰った。空っぽの家。もう、誰もいない。


父に再び手紙を書いた。


『お父さんへ。お母さんが亡くなりました。お父さんは葬儀にも来てくれませんでした。それでも、私は理解しています。お父さんには、もう私たちは関係ないのだと。お父さん、私は今、お母さんの遺志を継いで、自分の人生を立て直そうとしています。いつか、お父さんに誇れるような人間になりたい。それが、お母さんと私が犯した罪への償いだと思っています。お父さん、どうかお元気で。紬希』


返事は来なかった。でも、もう期待していなかった。父は私を見捨てた。当然だ。私が父を裏切ったのだから。


それから、私は一人で生きていくことになった。バイトを続けて、小さなアパートに住んで。友達もいない。家族もいない。ただ、一人。


時々、SNSを見る。大学時代の友達が楽しそうに投稿している。就職した、結婚した、幸せだと。私は?私は何もない。ただ、生きているだけ。


ある日、街で父を見かけた。真冬さんと一緒に歩いていた。幸せそうに笑っていた。父は新しい人生を手に入れた。でも、私は?私は何も手に入れられなかった。


父と目が合った。でも、父は何も言わずに去っていった。私も何も言わなかった。もう、関係ないのだから。


夜、アパートに帰って、鏡を見る。疲れた顔。老けた顔。十八歳なのに、もっと年上に見える。これが私の人生。


もし、あの時、父を信じていたら。もし、「恥ずかしい」なんて言わなかったら。もし、母ではなく父を選んでいたら。今頃、どうなっていただろう。大学を卒業して、就職して、普通の人生を送っていたかもしれない。


でも、もう遅い。全ては私の選択の結果だ。私が父を裏切った。私が母を選んだ。私が全てを失った。


ベッドに横になって、天井を見つめる。明日も、また同じ日が始まる。バイトに行って、疲れて帰って、一人で夜を過ごす。それだけ。


私は何のために生きているのだろう。答えは分からない。でも、生きていかなければならない。母が「幸せになってね」と言ったから。それが、母への最後の約束だから。


涙が溢れる。止まらない。私は一人で泣いた。誰も見ていない部屋で。誰も慰めてくれない夜に。


父さん、ごめんなさい。私は間違っていました。でも、もう遅いですよね。あなたは新しい人生を歩んでいる。私は古い人生の残骸の中で、ただ生きているだけ。


これが、私が選んだ道。後悔しても、もう戻れない。

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