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痴漢冤罪で見捨てた妻と娘が、私の無実が証明された後に泣いて謝ってきたが、もう遅い  作者: ledled


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私が失ったもの(柊璃々音視点)

鏡に映る自分の顔を見つめる。四十四歳。シワが増えた。白髪も目立ってきた。でも、まだまだ女として魅力的だと思っていた。外資系マーケティング会社の課長として、バリバリ働いて、年収も八百万円ある。夫の壬琴は法務部長で年収二千万円超。娘の紬希は大学生。傍から見れば、完璧な家庭。勝ち組の人生。でも、私の心は満たされていなかった。


夫との関係は冷え切っていた。いつからだろう。気づいたら、壬琴との会話は事務的な報告だけになっていた。


「今日は遅くなる」

「わかった」


それだけ。愛情なんて、とっくに消えていた。いや、最初からあったのだろうか。私たちは見合いで結婚した。条件が良かったから。壬琴は大手企業に勤めていて、安定していて、弁護士資格も持っていた。将来性があった。だから結婚した。愛情ではなく、条件で。


二十年の結婚生活。子供を育てて、家事をして、仕事もして。私は頑張ってきた。でも、壬琴は何もしてくれなかった。家事も育児も、全部私任せ。壬琴は仕事ばかり。家に帰ってきても、書斎に閉じこもって仕事。休日も仕事。家族との時間なんて、ほとんどなかった。


私は寂しかった。誰かに必要とされたかった。女として見られたかった。壬琴は私を妻としてしか見ていない。女としては見ていない。それが辛かった。


そんな時、彼に出会った。時任修司。会社の後輩で、三十五歳。若くて、ハンサムで、口が上手い。彼は私を女として見てくれた。


「璃々音さん、綺麗ですね」

「璃々音さんと一緒にいると楽しい」

「璃々音さんは特別です」


そんな言葉を毎日かけてくれた。


最初は軽い気持ちだった。ちょっとした遊び。でも、気づいたら本気になっていた。修司といる時間が一番幸せだった。彼は私を求めてくれた。抱きしめてくれた。愛してくれた。壬琴には何年も触れられていないのに、修司は毎週のように私を求めてくれた。


私は幸せだった。こんなに愛されるなんて、思っていなかった。修司は「璃々音さんだけを愛してる」と言ってくれた。「妻とは形だけの関係だ」とも言っていた。だから、私は信じた。彼が私だけを愛していると。


週に二回、ホテルで会った。仕事が終わった後、二人で食事をして、ホテルに行く。その時間が私の生きがいだった。家に帰っても、壬琴とは会話もない。紬希も自分の部屋に引きこもっている。家族なんて、名ばかりだった。


ある日、修司が言った。


「璃々音さん、旦那さんと離婚してくれないかな」

「え?」

「俺、璃々音さんと一緒になりたい。ちゃんと結婚したいんだ」


その言葉に、私は心が躍った。修司は私と結婚したいと言ってくれている。本気で私を愛してくれている。


「でも、修司くんにも奥さんがいるでしょ」

「妻とはもう終わってる。離婚する予定だよ」

「本当?」

「当たり前だろ。俺が愛してるのは璃々音さんだけだ」


私は信じた。彼の言葉を全て。そして、離婚を考え始めた。壬琴とはもう愛情もない。修司と一緒になった方が幸せだ。そう思った。


だが、その矢先、壬琴が逮捕された。痴漢の疑いで。ニュースで知った。会社で、同僚が騒いでいた。


「柊璃々音さんの旦那さん、逮捕されたんだって」

「痴漢で」

「最低」


私は恥ずかしかった。夫が痴漢で逮捕されるなんて。


壬琴から電話があった。


「璃々音、今から言うことを落ち着いて聞いてくれ」

「何?忙しいんだけど」

「警察署にいる。痴漢の疑いで逮捕された」


その言葉を聞いて、私は絶句した。本当に逮捕されたのだ。


「冤罪だ。だが、しばらく帰れないかもしれない」

「……本当に冤罪なの?」


私は疑った。煙の立たないところに火は立たない。壬琴が逮捕されたということは、何かやったのではないか。そう思った。


「そうだ」

「でも、煙の立たないところに火は立たないって言うじゃない」


私はそう言った。今思えば、なぜあんなことを言ったのだろう。夫が困っている時に、支えるべきだったのに。でも、私はもう壬琴を愛していなかった。むしろ、これをチャンスだと思った。離婚の口実ができたと。


「分かったわ。とりあえず弁護士には連絡しておく。でも、本当にやってないんでしょうね」


私は冷たく言った。壬琴は何も答えなかった。電話は切れた。


その後、修司に連絡した。


「修司くん、大変なの。壬琴が逮捕されたの」

「マジで?何で?」

「痴漢で」


修司は笑った。


「それは好都合じゃん。離婚しやすくなるよ」

「そうね……」


私もそう思った。壬琴が痴漢で逮捕されたなら、慰謝料も請求できる。離婚も簡単だ。修司と一緒になれる。でも、どこか胸が痛んだ。本当にこれでいいのだろうかと。


壬琴が保釈されて家に帰ってきた。私と紬希は冷たく迎えた。紬希も「お父さんと同じ空間にいたくない」と言った。壬琴は何も言わなかった。ただ、冷たい目で私たちを見ていた。


数日後、私は壬琴に離婚を切り出した。


「壬琴、離婚届にサインしてくれない?」

「随分と急だな」

「もう限界なの。あなたとはやっていけない」


壬琴は黙って私を見た。その目は冷たく、何の感情も浮かんでいなかった。そして、壬琴が言った。


「それに、お前には新しい生活があるんだろう?」


私の心臓が止まりそうになった。


「何を言ってるの」

「時任修司。お前の浮気相手だ」


バレていた。いつから?どうやって?頭が真っ白になった。


「いつから知ってたの」

「一年半前から」


一年半前?そんなに前から?じゃあ、なぜ今まで何も言わなかったの?


「じゃあなぜ今まで」

「見ていたかったんだ。お前がどこまで堕ちるのか」


その言葉に、背筋が凍った。壬琴は全て知っていた。私と修司の関係を。そして、黙って見ていた。私がどこまで堕ちるのか、試すために。


「最低」


私はそう言った。でも、最低なのは私の方だった。


「最低なのはどっちだ」


壬琴は冷たく言った。


「まあいい。離婚したいならすればいい。だが、慰謝料は請求させてもらう。不倫の証拠は全て揃っている」


証拠?そんなものがあるのか?


「それと、時任修司は既婚者で子供もいる。お前は人の家庭を壊したんだ。その報いは受けてもらう」


修司が既婚者で子供もいる?それは知っていた。でも、修司は「妻とは形だけの関係だ」と言っていた。離婚すると言っていた。私は信じていた。


「やめて」

「やめない。お前は報いを受けるべきだ」


壬琴は書斎に去った。私は崩れ落ちた。全てがバレていた。そして、壬琴は復讐しようとしている。


数日後、壬琴の無実が証明された。痴漢冤罪は、修司が仕組んだものだったという。修司が女に金を払って、壬琴を陥れようとしたらしい。私は信じられなかった。修司がそんなことをするなんて。


「璃々音、俺の無実が証明された」


壬琴が言った。


「本当に?」

「ああ。それと、告訴人の女性は時任修司に雇われた人間だった」


私の血の気が引いた。


「嘘」

「警察が防犯カメラで金銭の授受を確認している。時任修司は俺を社会的に抹殺しようとしたんだ」


修司が?なぜ?


「お前は利用されたんだよ、璃々音」


壬琴は冷たく言った。


「時任修司はお前以外にも複数の女性と関係を持っている。妻も子供もいる。会社の金も横領している。そんな男に、お前は家族を捨てようとしたんだ」


私は崩れ落ちた。修司が複数の女性と?横領?嘘だ。そんなはずがない。修司は私を愛していると言っていた。私だけを愛していると。


でも、壬琴の言葉は本当だった。数日後、修司が逮捕された。横領と虚偽告訴教唆で。ニュースで大々的に報道された。修司の顔写真が晒され、ネットは炎上した。そして、修司の妻が会見を開いた。「不倫相手の女性たちには、慰謝料を請求させていただきます」。


女性たち?複数?私は一人じゃなかった?修司に連絡したが、返事はなかった。そして、修司の妻の弁護士から内容証明が届いた。慰謝料請求。二百万円。


私は絶望した。修司は私を愛していなかった。私は利用されただけだった。そして、私は全てを失おうとしていた。


離婚調停が始まった。壬琴は慰謝料二千万円を請求してきた。


「そんな金額、払えない」

「お前の退職金と貯金で足りるだろう」

「百万円が限界です」

「それなら裁判にします。裁判になれば三千万円請求します」


壬琴は冷たかった。昔の優しい壬琴はもういなかった。私は震える手で、離婚協議書にサインした。二千万円の慰謝料。退職金と貯金を全て失う。そして、会社もクビになった。修司との不倫が社内に知れ渡り、私は解雇された。


全てを失った。夫も、仕事も、貯金も。そして、修司も。私は実家に戻った。でも、両親も私を冷たくあしらった。


「お前が悪い」


父はそう言った。


「夫を裏切って、不倫して。自業自得だ」


母も何も言わなかった。ただ、失望した目で私を見ていた。


紬希も私を恨んでいた。


「お母さんのせいで、お父さんと離れることになった」

「紬希、ごめん」

「謝って済む問題じゃない。お母さん、最低」


紬希は部屋に引きこもった。私は一人、リビングで泣いた。全て、私のせいだ。私が不倫したから。私が壬琴を裏切ったから。


それから数ヶ月、私は精神的に崩壊していった。毎日、修司のことを考えた。彼は刑務所にいる。手紙を書いた。何度も書いた。でも、返事は来なかった。修司は私を愛していなかった。私は利用されただけだった。でも、私は彼を愛していた。今でも愛している。


おかしい。私はおかしくなっている。修司は私を裏切った。壬琴を陥れようとした。横領もしていた。最低の男だ。でも、私は彼を忘れられない。彼といた時間が、私の人生で一番幸せだった。それが幻想だったとしても。


私はうつ病と診断された。毎日、薬を飲んでいる。でも、気分は晴れない。ずっと暗い気持ちのまま。食欲もない。眠れない。生きている意味が分からない。


紬希は大学を辞めた。学費が払えなくなったからだ。壬琴は学費を払わないと言った。当然だ。紬希も壬琴を裏切ったから。紬希はバイトをしながら、私の面倒を見ている。申し訳ない。娘に迷惑をかけている。


ある日、紬希が壬琴に会いに行った。「もう一度、家族に戻って」と頼みに行ったらしい。でも、壬琴は拒否した。「お前たちとはもう関係ない」と言われたという。紬希は泣きながら帰ってきた。


「お母さんのせいだ」


紬希は私を責めた。


「お母さんが不倫なんてしなければ、こんなことにならなかったのに」

「ごめん……ごめんなさい」


私は謝ることしかできなかった。全て、私のせいだ。


それから、私の精神状態はさらに悪化した。修司への手紙を書き続けた。「愛してる」「会いたい」「許して」。でも、返事は来ない。修司は私を愛していない。そんなこと分かっている。でも、止められない。


壬琴に電話したこともあった。


「壬琴、お願い、話を聞いて。私、もうダメなの。生きていけない。お願い、助けて」


でも、壬琴は電話に出なかった。留守電に残したけど、返事はなかった。壬琴は私を見捨てた。当然だ。私が壬琴を裏切ったのだから。


ある夜、私は睡眠薬を大量に飲んだ。もう、生きていたくなかった。全てが辛かった。修司への思い、壬琴への後悔、紬希への申し訳なさ。全てが私を押し潰していた。


でも、紬希が見つけて、救急車を呼んでくれた。私は助かった。病院で目が覚めた時、紬希が泣いていた。


「お母さん、死なないで」

「ごめん……」

「お母さんまでいなくなったら、私、一人になっちゃう」


紬希の涙を見て、私は申し訳なくなった。娘を苦しめている。私は最低の母親だ。


退院後、入院することになった。精神科の病棟に。そこで、毎日薬を飲んで、カウンセリングを受けた。でも、良くならない。ずっと、過去のことを考えている。


もし、あの時、修司に出会わなければ。もし、不倫なんてしなければ。もし、壬琴をちゃんと愛していれば。今頃、幸せな家族でいられたのに。


でも、もう遅い。全て失った。夫も、娘も、仕事も、貯金も、尊厳も。残ったのは、後悔と絶望だけ。


病院の窓から外を見る。人々が歩いている。普通の生活を送っている。私もかつては、あんな風に普通の生活を送っていた。でも、もう戻れない。


私は全てを失った。そして、全ては私のせいだ。私が不倫したから。私が壬琴を信じなかったから。私が修司の言葉を信じたから。全て、私の選択の結果だ。


ある日、壬琴が再婚したというニュースを聞いた。相手は真冬凛という弁護士らしい。壬琴の元部下で、若くて美しい女性。私より十歳以上若い。壬琴は幸せそうだという。


良かった。壬琴は幸せになれた。でも、私は?私は幸せになれるのだろうか。答えは分からない。いや、多分、なれない。私は自分の選択の報いを受けている。これが私の人生だ。


修司への手紙は、今でも書いている。返事は来ないけど、書かずにはいられない。彼が私の人生で唯一、女として見てくれた人だったから。それが幻想だったとしても。


病院のベッドで、私は天井を見つめる。もし、もう一度人生をやり直せるなら、何を選ぶだろう。壬琴をちゃんと愛するだろうか。修司に出会わないようにするだろうか。それとも、同じ選択をするだろうか。


分からない。でも、一つだけ分かることがある。私は壬琴を失って初めて、彼の価値に気づいた。彼は真面目で、誠実で、家族を大切にしてくれていた。私がそれに気づかなかっただけ。そして、修司の甘い言葉に騙されて、全てを失った。


後悔しても遅い。壬琴はもう戻ってこない。修司も私を愛していない。紬希も私を恨んでいる。私は一人だ。


ある夜、私は再び睡眠薬を大量に飲んだ。今度は、誰にも見つからないように。病院の夜、看護師が巡回に来る前に。


もう、生きていたくなかった。後悔と絶望の中で生きるのは辛すぎた。修司への思いも、壬琴への後悔も、全て終わりにしたかった。


意識が遠くなる。これで、全てが終わる。私の苦しみも、紬希への迷惑も。


ごめんなさい。壬琴。紬希。お母さん、お父さん。


そして、修司。


私は、あなたを愛していました。それだけが真実でした。


たとえ、あなたが私を愛していなかったとしても。

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