俺が王様だった日々(時任修司視点)
俺、時任修司は天才だと思っていた。いや、今でもそう思っている。三十五歳にして、外資系マーケティング会社でプランナーとして活躍し、女にも金にも不自由しない。これが才能でなくて何だというのだ。
朝、目が覚めると隣には璃々音が寝ていた。柊璃々音、四十四歳。俺の会社の先輩で、課長を務める女だ。年上だが、まだまだ魅力的だ。何より、金を持っている。夫は大手IT企業の法務部長で、年収は軽く二千万を超えるらしい。そんな女を落とせた俺は、やはり天才なのだ。
「修司くん、おはよう」
璃々音が目を覚まして、俺の胸に顔を埋める。
「おはよう」
俺は適当に返事をして、スマートフォンを確認する。他の女たちからメッセージが来ていた。美咲、二十八歳の営業。奈々子、三十二歳の人事。そして愛梨、二十五歳の新入社員。みんな俺に夢中だ。当然だ。俺はイケメンで、口が上手くて、セックスもうまい。完璧な男だ。
「修司くん、今日も会社一緒に行く?」
「いや、今日は別々で行こう。あんまり一緒にいると怪しまれる」
「そうね」
璃々音は寂しそうな顔をした。こういう表情を見せられると、女は簡単に操れる。俺は璃々音の頬にキスをした。
「でも、今夜はまた会おう。君と一緒にいる時間が一番幸せだから」
「本当?」
「当たり前だろ」
嘘だ。本当は璃々音といるのは退屈だ。もっと若い女の方がいい。でも、璃々音は金を持っているし、会社での立場も上だ。うまく使えば、俺の出世にも役立つ。だから、適度に甘い言葉をかけておけばいい。
会社に着くと、美咲が俺を待っていた。
「修司さん、おはようございます」
「おはよう、美咲」
「昨日のメッセージ、見ました?」
「ああ、見たよ。今夜、会えるか?」
「はい!楽しみにしてます」
美咲は嬉しそうに笑った。単純な女だ。ちょっと褒めてやれば、すぐに股を開く。しかも、美咲は独身で若い。璃々音よりずっと体が良い。今夜は美咲を抱いて、明日はまた璃々音を抱けばいい。完璧なローテーションだ。
昼休み、奈々子とランチに行った。
「修司さん、最近忙しそうですね」
「そうなんだよ。プロジェクトが立て続けで」
「無理しないでくださいね」
「ありがとう、奈々子は優しいな」
俺は奈々子の手を握った。奈々子は頬を赤らめた。こいつも簡単だ。人事部にいる奈々子とうまくやっておけば、人事評価にも影響があるかもしれない。女を使って出世する。これが俺の戦略だ。
午後、璃々音が俺のデスクに来た。
「修司くん、ちょっといい?」
「どうした?」
「今度の企画、一緒にやらない?」
「いいよ。璃々音さんとなら、何でもうまくいくから」
璃々音は嬉しそうに笑った。馬鹿な女だ。俺の甘い言葉を真に受けている。でも、それでいい。璃々音を通じて、大きなプロジェクトに関われるなら、俺の実績になる。
夜、美咲とホテルに行った。
「修司さん、好き」
「俺も好きだよ、美咲」
嘘だ。好きなのは自分だけだ。女なんて、快楽を得るための道具に過ぎない。でも、そんなことを言ったら終わりだ。だから、適度に愛の言葉をささやいておく。
「美咲は俺の特別な存在だよ」
「本当ですか?」
「当たり前だろ。君以外には興味ないから」
完璧な嘘だ。今夜は美咲を抱いているが、明日には璃々音を抱く。そして明後日には奈々子を抱く。俺は全ての女を自分のものにできる。これが才能だ。
ホテルを出て、家に帰る。家には妻の弓華と、二人の息子がいる。長男は小学四年生、次男は小学二年生。弓華は専業主婦で、俺に尽くしてくれる。まあ、悪くない妻だ。でも、退屈だ。毎日同じ顔を見ていると飽きる。だから、外で遊ぶのは当然の権利だ。
「おかえりなさい」
弓華が玄関で出迎えてくれる。
「ただいま」
「遅かったですね。お仕事、大変でしたか?」
「ああ、プロジェクトが立て込んでてな」
嘘だ。仕事なんてほとんどしていない。他の社員にやらせて、俺は女と遊んでいるだけだ。でも、弓華は何も疑わない。馬鹿な女だ。
夕食を食べながら、息子たちが学校の話をしてくる。正直、興味がない。俺は自分のことで精一杯だ。子供の話なんて聞いてられない。
「パパ、明日、参観日なんだけど来てくれる?」
長男が聞いてくる。
「悪いな、明日は仕事で無理だ」
「そっか……」
長男は落ち込んだ顔をした。でも、知ったことか。参観日なんて行っても意味がない。その時間で、女と遊んでいた方がマシだ。
食事が終わって、風呂に入る。湯船に浸かりながら、スマートフォンで会社の経費精算のアプリを開く。今月も三十万円ほど、架空の接待費として計上した。実際には、女とのホテル代や食事代だ。でも、誰もチェックしない。経費精算なんて、ザルだ。俺は毎月、会社の金を使って遊んでいる。これが賢い生き方だ。
風呂から上がって、寝室に入る。弓華が待っていた。
「今日は疲れてるから寝る」
「そう……」
弓華は寂しそうな顔をした。でも、俺は構わない。弓華とセックスする気なんてない。外で散々女を抱いているのに、家でまでする必要はない。
布団に入って、スマートフォンを見る。璃々音からメッセージが来ていた。『今日も一日お疲れ様。明日も楽しみにしてるね』。俺は適当に返信する。『俺も楽しみだよ。君が一番大切だから』。完璧な嘘だ。でも、これで璃々音は喜ぶ。女は単純だ。
眠りにつく前、俺は自分の人生に満足していた。金も女も自由も、全て手に入れている。俺は勝ち組だ。これからも、この生活を続けていく。誰にも邪魔されることなく。
だが、その平穏は突然終わった。
ある朝、会社に着くと、上司に呼ばれた。
「時任、ちょっと来てくれ」
「何ですか?」
「経理から指摘があってな。お前の経費精算、おかしな点が多いんだが」
俺の心臓が止まりそうになった。
「おかしいって、どういうことですか?」
「架空の接待費じゃないかって言われてる。領収書も怪しいものが多い」
「そんなことありませんよ。全部、ちゃんとした接待です」
「じゃあ、相手先を教えてくれ。確認するから」
俺は言葉に詰まった。架空の接待費だから、相手先なんて存在しない。
「それは……守秘義務があって」
「守秘義務?おかしいだろ。社内の経費精算なのに」
上司の目が厳しくなった。
「時任、正直に言え。横領してるんじゃないのか?」
「違います!」
俺は必死に否定した。でも、上司は信じてくれなかった。
「とりあえず、調査が入る。それまで自宅待機だ」
「ちょっと待ってください!」
「いいから、帰れ」
俺は会社を追い出された。頭が真っ白になった。まずい。本当にまずい。横領がバレたら、クビどころか逮捕される。そして、全てが崩れ落ちる。
家に帰ると、弓華が驚いた顔をした。
「どうしたの?こんな時間に」
「ちょっと体調が悪くてな」
「大丈夫?病院行く?」
「いや、大丈夫だ」
俺は部屋に引きこもった。スマートフォンを見ると、璃々音からメッセージが来ていた。『修司くん、今日会えないかな?話したいことがあるの』。今はそれどころじゃない。俺は返信せずに、スマートフォンを放り投げた。
だが、状況はさらに悪化した。数日後、璃々音から電話が来た。
「修司くん、大変なことになった」
「何が?」
「わたしの夫、壬琴さんが、私たちの関係を知ってるみたい」
俺の血の気が引いた。
「どういうことだ?」
「私、痴漢冤罪で逮捕されたって聞いて、壬琴さんを支えようと思ったんだけど、壬琴さんが変なの。すごく冷たくて。それで、もしかしたら私たちの関係に気づいてるんじゃないかって」
「まずいな……」
「修司くん、どうしよう」
「落ち着け。まだ証拠はないだろ」
「でも、壬琴さん、法務部長よ。もし調べられたら……」
璃々音の声は震えていた。俺も同じくらい震えていた。柊壬琴。大手IT企業の法務部長で、弁護士資格も持っている。もし本気で調べられたら、俺たちの関係はすぐにバレる。そして、横領のことも……。
「璃々音、今は距離を置こう。しばらく連絡を取らない方がいい」
「え?でも」
「いいから。今は危険すぎる」
俺は一方的に電話を切った。璃々音のことなんて、もうどうでもいい。自分の身を守るのが先だ。
だが、事態はさらに悪化した。会社から正式な通知が来た。
『経費の不正使用が確認されました。懲戒解雇とし、警察に告発します』
俺の人生は終わった。そして、その日の夕方、警察が家に来た。
「時任修司さんですね。業務上横領の疑いで逮捕します」
弓華が泣き崩れた。
「どういうこと?修司さん、何をしたの?」
「ごめん……」
俺はただ謝ることしかできなかった。子供たちも泣いていた。でも、俺には何もできなかった。警察署に連行され、取り調べが始まった。証拠は完璧だった。架空の経費、ホテルの領収書、女たちとのメッセージ。全てが揃っていた。
「時任さん、これは横領ですね。金額は約三千万円。これだと懲役は確実ですよ」
刑事の言葉に、俺は絶望した。三千万円。そんなに使っていたのか。女と遊んで、ホテルに泊まって、高級レストランで食事して。気づいたら、こんな金額になっていた。
そして、さらに悪いニュースが届いた。痴漢冤罪の件だ。俺が雇った女が、虚偽告訴で逮捕されたという。そして、その女が全てを自白したらしい。俺が金を払って、柊壬琴を陥れようとしたこと。防犯カメラにも映っていたという。
「時任さん、虚偽告訴教唆罪も追加されます。これは重いですよ」
刑事の言葉に、俺は頭を抱えた。全てが終わった。会社もクビ、逮捕、そして離婚。弓華は弁護士を通じて離婚を申し立ててきた。慰謝料も請求された。当然だ。俺は妻を裏切り、会社を裏切り、全てを裏切った。
そして、璃々音からも連絡が来た。だが、それは愛の言葉ではなく、絶望の言葉だった。
『修司さん、私、壬琴さんに全てバレました。離婚されます。慰謝料も請求されました。どうしてこんなことになったの?あなたは私を愛してるって言ったのに』
俺は返信しなかった。もう、璃々音とは関わりたくない。彼女も俺を恨んでいるだろう。当然だ。俺は彼女を利用しただけだから。
裁判が始まった。検察は俺を徹底的に攻撃した。横領、虚偽告訴教唆、不倫。全てが明るみに出た。傍聴席には弓華がいた。彼女は冷たい目で俺を見ていた。愛情は完全に消えていた。子供たちは来ていなかった。当然だ。父親が犯罪者だと知ったら、来たくもないだろう。
判決は懲役五年だった。執行猶予なし。俺は刑務所に入ることになった。弁護士が言った。
「時任さん、これは仕方ないですね。金額も大きいし、虚偽告訴教唆もある。五年は妥当な判決です」
「そんな……」
「刑務所では真面目にしてください。模範囚になれば、仮釈放もあるかもしれません」
俺は絶望した。五年。五年も刑務所にいるのか。その間に、弓華は再婚するだろう。子供たちは俺のことを忘れるだろう。そして、俺の人生は完全に終わる。
刑務所に入ると、現実はさらに厳しかった。毎日同じ作業の繰り返し。自由はない。プライバシーもない。ただ、時間が過ぎるのを待つだけ。そして、夜になると思う。なぜ、こんなことになったのか。
俺は天才だと思っていた。金も女も自由も、全て手に入れられると思っていた。でも、それは幻想だった。俺はただの愚か者だった。調子に乗って、全てを失った。
刑務所の中で、璃々音からの手紙が届いた。だが、開封する気にはなれなかった。彼女も俺を恨んでいるだろう。俺のせいで、全てを失ったのだから。手紙は読まずに捨てた。
ある日、同じ房の囚人が言った。
「お前、何やって入ったんだ?」
「横領と虚偽告訴教唆」
「へえ、そりゃ重いな。どのくらい?」
「五年」
「長いな。家族は?」
「離婚された。子供も二人いたけど、もう会えない」
「そうか。お前も終わったな」
その言葉が胸に突き刺さった。そうだ。俺は終わったのだ。もう、元の生活には戻れない。会社も家族も女も、全て失った。残ったのは、刑務所の中での孤独な日々だけ。
夜、独房で天井を見つめながら思う。もし、あの時、真面目に生きていたら。もし、女に溺れず、家族を大切にしていたら。もし、会社の金に手を出さなかったら。今頃、幸せな生活を送っていたかもしれない。
でも、もう遅い。過去は変えられない。俺は自分の選択の結果として、この場所にいる。誰のせいでもない。全て、俺のせいだ。
璃々音も、弓華も、俺を恨んでいるだろう。子供たちも、父親を軽蔑しているだろう。そして、柊壬琴は、俺を完全に破滅させた。彼は復讐を遂げた。見事な復讐だった。俺は何も言い返せない。
刑務所の中で、俺は毎日後悔している。なぜ、あんなことをしたのか。なぜ、調子に乗ったのか。答えは簡単だ。俺が愚かだったからだ。
五年後、俺は出所するだろう。だが、その時には何も残っていない。家族も仕事も信用も、全て失っている。俺は一人で、ゼロから人生をやり直さなければならない。でも、できる気がしない。
刑務所の中で、俺はただ時間が過ぎるのを待っている。これが俺の人生だ。かつて天才だと思っていた男の、惨めな末路。




