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痴漢冤罪で見捨てた妻と娘が、私の無実が証明された後に泣いて謝ってきたが、もう遅い  作者: ledled


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第一話 疑念の種を蒔く月曜日

月曜日の朝、いつものように満員電車に揺られていた。窓の外を流れる景色を眺めながら、俺は今日という日が来ることを予感していた。いや、予感というより確信か。柊壬琴、四十七歳。大手IT企業で法務部長を務める俺の日常は、ある意味で戦場だ。契約書の一字一句、訴訟のリスク、コンプライアンスの綱渡り。そんな緊張感の中で二十年以上生きてきた。だから気づいてしまうのだ。些細な違和感に。


ブレーキ音とともに電車が駅に滑り込む。ドアが開き、さらに人が押し寄せてくる。俺の背後に女性が立った。香水の匂いが鼻をつく。そして次の瞬間、背後から甲高い声が響いた。


「きゃあっ!この人、痴漢です!」


周囲の視線が一斉に俺に突き刺さる。女性は俺の腕を掴み、涙を浮かべていた。二十代半ば、派手なメイクに安物のスーツ。


「違います」


俺は落ち着いて言った。両手はつり革と手すりを持ったまま。物理的に触れることなど不可能な位置だ。


「嘘つかないでください!確かに触られました!」


女性の声はヒステリックに高まる。周囲の乗客たちが動画を撮り始めた。スマートフォンのカメラが俺を捉える。


「駅員さん!駅員さん呼んでください!」


誰かが叫び、電車は緊急停止した。駅員が来て、俺は駅の事務室に連れて行かれた。そして警察が来た。女性は泣きながら被害を訴え続けた。


「スカートの中に手を入れられました。許せません」


俺は黙って聞いていた。弁解はしない。なぜなら、これは始まりに過ぎないからだ。警察署に連行され、取り調べが始まった。


「柊さん、やっていないなら証拠を示してください」


刑事の言葉に、俺は淡々と答える。


「両手はつり革と手すりを持っていました。物理的に不可能です。防犯カメラを確認してください」

「防犯カメラはちょうど死角でしたね。残念ながら決定的な映像はありません」


刑事の言葉に、俺は内心で笑った。偶然にしては出来すぎている。これは仕組まれたものだ。だが、誰に?そして何のために?答えはもう分かっている。携帯電話で妻に連絡した。


「璃々音、今から言うことを落ち着いて聞いてくれ」

「何?忙しいんだけど」


妻の声は冷たい。いつからこんな声になったのだろう。


「警察署にいる。痴漢の疑いで逮捕された」

「……は?」

「冤罪だ。だが、しばらく帰れないかもしれない」


沈黙。


「本当に冤罪なの?」


その言葉に、俺の心臓が静かに冷えていくのを感じた。妻は俺を信じていない。いや、信じる気がない。


「そうだ」

「でも、煙の立たないところに火は立たないって言うじゃない」

「璃々音」

「分かったわ。とりあえず弁護士には連絡しておく。でも、本当にやってないんでしょうね」


電話は切れた。俺は深く息を吐いた。予想通りだ。いや、予想以上に冷たかった。次に娘の紬希に連絡した。


「お父さん?」

「紬希、お父さんは今……」

「知ってる。ネットで見た」

「え?」

「もう動画、拡散されてるよ。『大手企業の部長が痴漢で逮捕』って。顔もバッチリ映ってる」


紬希の声は冷ややかだった。


「お父さん、最低。大学の友達にも見られたらどうするの。恥ずかしい」

「紬希、これは冤罪だ。お父さんは何もしていない」

「でも捕まったんでしょ?それって何かやったってことじゃん」


娘の言葉が胸に突き刺さる。


「信じてくれないのか」

「信じろって言われても……。ていうか、お母さんが大変なのに、お父さんのせいで余計なストレス増やさないでよ」


電話は一方的に切られた。俺は携帯を見つめた。画面には自分の顔が映っている。ネットで拡散されているという動画を検索してみる。すぐに見つかった。


『【速報】大手IT企業の法務部長、通勤電車で痴漢逮捕』


再生回数は既に十万回を超えていた。コメント欄は地獄だった。


『きもすぎ』

『こういう奴が法務部長とか終わってる』

『会社クビだろこれ』

『妻と娘可哀想』

『死刑でいいよこんなゴミ』


スクロールしても誹謗中傷ばかり。誰も真実を知ろうとしない。誰も俺の言葉を信じようとしない。面白い。人間とはこんなにも簡単に、他人を断罪できる生き物なのか。


取り調べは深夜まで続いた。俺は一貫して無実を主張したが、証拠がないという理由で釈放されなかった。弁護士が来て、明日には保釈されるだろうと言った。独房で一人、俺は天井を見つめた。実は、俺は一年半前から妻の浮気に気づいていた。帰宅時間の変化。香水の匂い。スマートフォンを肌身離さず持ち歩く姿。妙に機嫌がいい日と、イライラしている日の落差。法務部長として訓練された観察眼は、妻の変化を見逃さなかった。


そして調べた。探偵を雇い、証拠を集めた。相手は時任修司。妻の会社の後輩で、三十五歳。口が上手く、女性社員の間で評判がいいらしい。だが、俺の調査では既婚者で子供もいる。しかも、会社の経費を私的に流用している疑いがある。妻はそんな男に夢中になっていた。週に二度、ホテルで会っている。メッセージのやり取りも把握している。妻のクラウドストレージにアクセスして、全てのデータを保存してある。だが、俺は何も言わなかった。なぜなら、妻がどこまで堕ちるのか、娘がどう反応するのか、見てみたかったからだ。


そして今回の痴漢冤罪。これは偶然ではない。タイミングが良すぎる。もしかしたら、妻か時任が仕組んだのかもしれない。俺を社会的に抹殺し、慰謝料を払わずに離婚するために。だとしたら、見事な作戦だ。だが、彼らは一つ忘れている。俺は法律の専門家だということを。そして、復讐は感情ではなく、戦略で行うものだということを。


翌日、保釈された。家に帰ると、妻と娘が冷たい視線で俺を見た。


「おかえり」


妻の声には温度がない。


「ただいま」


俺はいつも通りに答えた。


「お父さん、しばらく別の部屋で寝て」


娘が言った。


「私、お父さんと同じ空間にいたくない」

「紬希、そんな言い方」


妻が娘を窘めるが、その声にも力はない。


「だって、みんな知ってるんだよ。学校でも噂になってるし」


娘は自分の部屋に引きこもった。妻が俺を見る。


「壬琴、正直に話して。本当に何もしてないの?」

「していない」

「でも……」


妻は言葉を濁した。


「私、もう疲れたの。あなたとの生活に」


その言葉を待っていた。


「離婚したいってこと?」

「……そうかもしれない」


妻は視線を逸らした。


「会社でも大変だし、今回のことで余計にストレスが増えて。私、あなたを支える自信がないの」


嘘だ。お前は俺を支える気など最初からない。ただ、時任と一緒になりたいだけだ。


「分かった。少し時間をくれ」


俺はそう言って、書斎に向かった。書斎の机の引き出しには、妻と時任の不倫の証拠が全て揃っている。ホテルの出入り記録、メッセージのスクリーンショット、クレジットカードの明細。時任の横領の証拠も揃っている。そして、今回の痴漢冤罪の真相も、もうすぐ明らかになるだろう。


俺は弁護士の真冬凛に連絡した。彼女は俺の元部下で、今は独立して弁護士事務所を開いている。優秀で、信頼できる。


「真冬、頼みたいことがある」

「壬琴さん、大変でしたね。もちろん、何でも言ってください」

「痴漢冤罪の件だが、駅の防犯カメラの映像を全て精査してほしい。駅構内、改札、ホーム、全てだ」

「分かりました。それと、告訴人の女性についても調べましょうか?」

「頼む」


電話を切って、俺は窓の外を眺めた。夜の闇が街を包んでいる。この闇の中で、俺はゆっくりと網を張り巡らせる。妻も、娘も、時任も、そして俺を誹謗中傷した者たちも、誰一人逃さない。


数日後、会社から連絡があった。


「柊さん、申し訳ないが、しばらく自宅待機してもらえないか」


人事部長の声は申し訳なさそうだった。


「世間の目もあるし、会社のイメージもある。無実が証明されれば復帰してもらうが」

「分かりました」


俺は淡々と答えた。これも予想通りだ。家にいる時間が増えた。妻は俺を避け、娘は部屋から出てこない。ある夜、妻が言った。


「壬琴、離婚届にサインしてくれない?」


テーブルの上に離婚届が置かれていた。


「随分と急だな」

「もう限界なの。あなたとはやっていけない」


妻の目は冷たく、何の感情も浮かんでいない。


「分かった。だが、条件がある」

「条件?」

「慰謝料は請求しない。財産も半分に分ける。だが、紬希の親権は俺が持つ」

「それは無理。紬希は私が育てる」

「紬希はもう十八歳だ。本人の意思を尊重すべきだろう」


妻は黙った。


「それに、お前には新しい生活があるんだろう?」


妻の顔色が変わった。


「何を言ってるの」

「時任修司。お前の浮気相手だ」


妻は息を呑んだ。


「いつから知ってたの」

「一年半前から」

「じゃあなぜ今まで」

「見ていたかったんだ。お前がどこまで堕ちるのか」


妻は震えた。


「最低」

「最低なのはどっちだ」


俺は冷たく言った。


「まあいい。離婚したいならすればいい。だが、慰謝料は請求させてもらう。不倫の証拠は全て揃っている」


妻は蒼白になった。


「それと、時任修司は既婚者で子供もいる。お前は人の家庭を壊したんだ。その報いは受けてもらう」

「やめて」


妻は震える声で言った。


「お願い、時任さんは関係ない」

「関係大ありだ。お前の共犯者だからな」


俺は立ち上がった。


「離婚届にはサインしない。まだ時間が必要だ」

「どういうこと」

「お前にはまだ見せたいものがある。もう少し待て」


俺は書斎に戻った。その夜、真冬から連絡があった。


「壬琴さん、大変なものが見つかりました」

「何だ」

「駅の外の防犯カメラです。告訴人の女性が、事件の一時間前に時任修司と会っていました。金銭の授受もありました」


俺は静かに笑った。


「証拠は押さえたか」

「もちろんです。それと、女性の身元も判明しました。過去に同様の痴漢冤罪で示談金を得ている前科があります」

「完璧だ」

「明日、警察に提出します。これで壬琴さんの無実は完全に証明されます」

「ありがとう、真冬」

「いえ。それと、壬琴さん」

「何だ」

「時任修司の横領の件も、証拠が揃いました。彼の会社に通報しますか?」

「少し待ってくれ。タイミングを見計らう」

「分かりました」


電話を切って、俺は深く息を吐いた。全ての駒が揃った。あとは、崩壊を見届けるだけだ。


翌朝、警察から連絡があった。


「柊さん、新しい証拠が見つかりました。無実が証明されました」

「そうですか」

「告訴人の女性は、虚偽告訴罪で逮捕されました。ご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした」

「いえ」


俺は淡々と答えた。そして、妻に言った。


「璃々音、俺の無実が証明された」


妻は驚いた顔をした。


「本当に?」

「ああ。それと、告訴人の女性は時任修司に雇われた人間だった」


妻の顔から血の気が引いた。


「嘘」

「警察が防犯カメラで金銭の授受を確認している。時任修司は俺を社会的に抹殺しようとしたんだ」


妻は崩れ落ちた。


「そんな……時任さんが……」

「お前は利用されたんだよ、璃々音」


俺は冷たく言った。


「時任修司はお前以外にも複数の女性と関係を持っている。妻も子供もいる。会社の金も横領している。そんな男に、お前は家族を捨てようとしたんだ」


妻は泣き崩れた。だが、俺の心には何の感情も湧かなかった。これは終わりの始まりに過ぎない。本当の地獄は、これからだ。

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