第21話(2) 様子
「あの! みどりさん。この後、少しお時間よろしいでしょうか?」
本日最後の授業が終わり後は帰るだけとなった私を、同じ状況の優子ちゃんがひどく丁寧な言い回しでそう呼び止める。
今日は水曜日なのでバイトはお休み。その他の予定も今のところ入ってはいない。なので、優子ちゃんに付き合うのは、全然やぶさかではないのだが……。
「何? どこか行きたい所でもあるの?」
いつもと感じの違う優子ちゃんに対し私は、あえていつも通りに接する。
よく分からないが、とりあえず様子を見た方が良さそうだ。
「付いてきてもらってもいいですか?」
立ち上がり、優子ちゃんがそんな事を言う。
「別にいいけど……」
行き先は秘密、という事らしい。一体私は、どこに連れて行かれるのだろうか。
校舎を出て歩く事数十秒。校舎裏のなんでもない場所で、前を行く優子ちゃんの足がふいに止まる。それに釣られ、私の足も止まる。
ここまでの間、会話はなかった。
優子ちゃんはまるで旧時代のロボットのように動きがガチガチでこちらを振り返る素振りも見せなかったし、私の方から話し掛けるのもなんだか違う気がした。
この辺りはベンチが置かれているので、日が高い位置にある時間帯はそれなりに人が訪れる。しかし、夕方に近付くにつれどんどん人が寄り付かなくなり、十六時を過ぎる頃にはすっかり人気がなくなってしまう。現在の時刻は十八時過ぎ。今がまさにその状態だ。
優子ちゃんが振り向き、私と向かい合う。
建物の影に隠れその表情は窺い知れないが、雰囲気からなんとなく緊張している事だけは分かった。
気持ちを落ち着かせるように、優子ちゃんが深呼吸を二度三度繰り返す。そして――
「本日はお日柄もよく――」
「お見合いか」
場の空気的に本当はツッコまない方がいいんだろうけど、あまりにも打ち頃のホームランボールが来たため思わず手が出てしまった。条件反射って、ホント怖い。
くみやんというボケ役と長らく一緒にいるせいで、悲しいかな、私の体はすっかりツッコミ体質に変化しているらしい。
まぁ、ボケとツッコミどちらか一方を選べと言われれば、確実に後者を選ぶわけだが。
「ちょっ、ちょっと待ってください」
こちらに手の平を見せ、タイムを要求する優子ちゃん。
どうやら、仕切り直すようだ。
スーッと大きく息を吸い、同じように大きく吐く。そして――
「初めて会った時、電気が走ったみたいに何かがビビッと来ました。それがなんなのか最近までずっと分からずにいたんですけど、榊さんの妹さんの話を聞いてようやく気付いたんです。私の本当の気持ちに」
二つの瞳が真っ直ぐ私を捉える。
熱に浮かされたそれのように、優子ちゃんの頬は赤く紅潮し瞳は微かに潤み揺れていた。
「みどりさん、私はあなたの事が好きです。人として、一人の女性として、両方の意味で大好きなんです」
「――ッ」
その言葉に、私の胸が確かにトクンと高鳴った。
あまりに小さな高鳴りだったけれど、私にとってそれはとても大きな出来事だった。
正直不安だった。告白を受けても心が動かないんじゃないかって。
しかし、私の心は優子ちゃんの告白に、しっかり反応を示した。その事に私は、ひどく安堵していた。
「あ、だからどうっていう話ではないんです。付き合いたいとか答えが欲しいとかそういう事ではなくて。私の想いをみどりさんに伝えたかっただけで……」
私が何も言わなかったからか、優子ちゃんがそうまくし立てるように言う。
いけない。何か勘違いをさせてしまったようだ。
「うん。分かったから落ち着いて。別に、反応に困ってたわけじゃないの。ただ、確かめてたというかなんというか……」
自分の心の動きを、そしてその先の答えを。
「とりあえず、今の私の率直な気持ちを伝えるわね」
考えを整理する意味も込めて、まずはそこから始める。
そうしないと、要領を得ない訳の分からない事を口走ってしまいそうだ。
「優子ちゃんから好きって言われてとても嬉しいし、同時にありがとうとも思ってる」
「はい……」
私の言葉に、優子ちゃんが身を縮こめる。その姿はまるで、審判の刻を待つ被告人のようだ。
この感じ、きっと悪い想像をしているのだろう。無理もない。口にしている私でさえ、そう感じているのだから。
気分はまさに、主文を後回しにする裁判官。
言われる方からすれば早くしてくれと思うかもしれないが、こちらにも事情がある。心の準備や段取りといった事情が。
優子ちゃんを倣うわけではないけれど、私も大きく深呼吸をする。
よし。
「優子ちゃん、あのね――」
そう言って私は話し始める。自分の今の正直な思いを。優子ちゃんへの想いを。
エピプロローグ <完> & 高梨みどりは自信がない ―お砂糖をひとかけら― <完>




