第21話(1) 様子
ここ数日、優子ちゃんの様子がどこかおかしい。
ぼっとする事が増え、何か考えているようにも悩んでいるようにも見えた。その事を本人に尋ねてもはぐらかされてしまい、結局理由は分からずじまい。テストか近いからかとも思ったが、どうもそういうわけでもらしい。
「はぁー……」
一難去ってまた一難ではないが、次から次へと問題が発生し私の頭を悩ませる。それらが偶発的に起きているのかあるいは連鎖的に起きているのかは分からないが、とにかく割と短い期間に連続して起きている事だけは確かだった。
なんだか、平穏な日々が懐かしい気さえする。
私の日常は、一体どこへ行ってしまったのだろう。波風の立たない、穏やかな海が一番だと言うのに。
「だーれだ?」
なんて事を考えながら、図書館に向かって歩いていると、突然視界が背後から何者かによって塞がれた。
仕方がないので立ち止まる。
犯人は声で判断するまでもない。こんな事をする人は――
「澄玲さん、ですよね」
「正解。さすが私のソウルメイト」
目の前から異物が排除され、私の視界に数秒ぶりに光が差し込む。
振り返り、澄玲さんの方を向く。
「ソウルメイトになった覚えはありませんが」
「なら、自然とそうなったのね。私達もしかして、赤い糸で結ばれてる?」
「……」
もう訳が分からない。
これは相手にするだけ無駄というやつだ。とりあえず、スルーする事にしよう。
「澄玲さんも今から図書館ですか?」
「そのつもりだったけど、折角みどりちゃんに出会えたんだから、どこかでお話するのもいいかなって」
「いや、私は……」
考える。
本当はこれから図書館でテストに向けて授業の復習をしようと思っていたのだが、別にそれは家に帰ってからでも出来る。だったら――
「分かりました。付き合います」
澄玲さんとのお喋りを優先した方が賢明な判断かもしれない。
「じゃあ、喫茶店でお茶でもしない? この時間なら空いてるだろうし」
「そう、ですね。なら、そこで」
私としても、喫茶店の方が何かと都合がいい。何せ、姫城澄玲は目立つ。構内では人目を引いて、とてもじゃないが長話なんて出来そうにない。
ちなみに、今も行き交う人々の視線が私達に注がれている。姫城澄玲とその他Tに。
「行きましょ」
そう言って歩き始めた澄玲さんの隣に、私は「はい」と返事をし並ぶ。
「みどりちゃんは、喫茶店でバイトしてるんだっけ」
澄玲さんにバイトの話をした事はないので、おそらく誰かから聞いたのだろう。葵さん、優子ちゃん、静香ちゃん。候補としてはその辺りか。大穴、対抗、本命って感じかな。まぁ、正直誰でもいいけど。
坂を下り、構内を出る。そこから数十メートル行った先に、目的地はあった。
【アマ―ロ】
レトロな雰囲気のTHE喫茶という趣のそのお店は、雰囲気だけでなく実際に古くからこの場所に存在しているらしい。今の店主が何代目なのかは知らないが、受け継がれていくという事はそれだけの何かがあるのだろう。
澄玲さんに続き、店内に足を踏み入れる。
客入りは決していいとは言えない。BOX席に学生然とした男女が、それぞれ一人ずつ座っているだけ。お店にとってはなんとも寂しい光景だが、私にとってはむしろこの状況は有り難かった。
「いらっしゃい。空いてる席へどうぞ」
愛想とは無縁の店主の渋く低い声が、私達を出迎える。
その声に誘われるように、澄玲さんが近くのBOX席に進み、私もそれに倣う。
澄玲さんとテーブルを挟んで向かい合って座ると、私は手にしたメニューに目を通す。
ホットかアイスか、コーヒーかそれ以外か。
「決まった?」
「はい」
外は暑いが、店内は程良く冷房が効いており心地がいい。今日はホットの気分だ。そして、やっぱり喫茶店と言えばコーヒーだろう。
「すみませーん」
手を上げ、澄玲さんが店主を呼ぶ。
程なくして店主がやってきて、「ご注文ですか?」と尋ねてきた。
「私はブレンドを」と澄玲さんが言い、
「私はウィンナーコーヒーを」と私が続く。
日頃は頼まないが、今日はなんとなく目に付いた。先程までフル回転していた脳が、無意識に糖分を欲しているのかもしれない。
「……畏まりました。少々お待ちください」
一礼の後、店主が去っていく。
よし。今の内に――
「私、お冷取ってきますね」
メニューを片付け、私はそう言って立ち上がる。
「うん。お願い」
カウンター近くの冷水機まで行くと私は、二つのコップに水を注ぐ。そして、それを手に澄玲さんの元へ戻る。
「どうぞ」
一つを澄玲さんの前に置き、私はソファーに腰を下ろす。
「ありがとう」
「どういたしまして」
テーブルの上に置く前に、コップを口に運ぶ。
うん。よく冷えていて美味しい。
「で?」
「はい?」
脈絡がなさ過ぎて、さすがになんの事だかさっぱり分からない。
「何か悩み事があるんでしょ?」
「……」
初めからそれが狙いだったのか。
まぁ、話をするという意味では同じ事なので騙されたわけではないが、近いものはある。
「別に、大した事ではないんですけど――」
そう前置きをした上で私は、優子ちゃんの様子がここ数日おかしい事を具体的な状況と共に澄玲さんに話す。
「なるほど。それは……恋ね」
「恋、ですか?」
榊さんとのやり取りもあったため、その可能性は充分頭にあった。なので、特に反応らしい反応はしない。
「でもそうなると、相手は誰かしら?」
「誰なんでしょうね」
いや、まったく検討も付かない。あんなに可愛らしい優子ちゃんのハートを射止めた不届き者は、一体全体どこのどいつなのだろう。
澄玲さんと目が合う。更に、にこりと微笑まれてしまった。
これは、全部分かっている顔だな。
「理由をお伺いしても?」
その発想に行き着いた根拠があれば、今後のためにも是非教えてもらいたい。
「見てれば分かるわよ。節穴じゃなければね」
「……」
指摘されるまで気付かなかった私は、節穴という事か。あるいは、当事者故の盲点的な? 後は、自己評価の低さと同性同士の恋愛に言う程明るくないのも、気付けなかった要因、なのかもしれない。
「青春ね」
「他人事だと思って」
百合さんにしても澄玲さんにしても、どうしてこう私の近くのお姉さんは他人の恋路を楽しむ傾向にあるのだろうか。
「なんで? 好かれる分には何も問題ないじゃない?」
「そうですけど……」
そうじゃないというか。
「別に、応える必要はないのよ。ただ、向き合ってあげれば」
「……」
確かに澄玲さんの言う通りだ。だけど……。
「お待たせしました」
会話が止まったタイミグを見計らったように、店主が飲み物を持ってやってきた。
それぞれを私達の前に置く。そして――
「ごゆっくりどうぞ」
頭を軽く下げ、店主はカンターへと戻っていった。
置かれたウィンナーコーヒーに目を落とす。その後、おもむろにカップに手を伸ばした。
クリームがまず先に唇に触れ、送れて熱い液体が口内へと到達する。
常温と高温、甘さと苦味とが外と中とで混ざり合う。相対する二つの事象が、美味しさを引き立たせる。
口からコップを離し、ほぅっと息を吐く。
「ですね」
たっぷり数十秒の時間を掛けて私は、澄玲さんの言葉に答えを返す。
想いと向き合う。それはとても大事な事だ。




