第20話(2) 判明
扉が開いた気配を察し、空いたテーブルをちょうど拭き終えた私は振り返る。
程なくして、来客を告げる鈴の音が店内に響き渡り一人の少女が姿を現す。週に何度か見掛ける常連さんだ。
「いらっしゃいませ」
カウンターの前まで行き、私は少女を出迎える。
「空いてる席にどうぞ」
頭を軽く下げ、制服姿の少女が私の前を通り過ぎる。
不思議なもので、真実を知ってから見たらもう男の子には見えなかった。思い込みというやつは本当に怖い。
お盆の上にお絞りとお冷を乗せ、少女の座る席へと向かう。
少女の前にその二つを置いて、私は口を開く。
「ご注文はお決まりですか?」
「あっ。じゃあ、ブレンドを……お願いします」
メニューを見る事なく、少女は注文をした。いわゆる、いつものやつだった。
「畏まりました。少々お待ちください」
私は頭を軽く下げ、カウンターに戻る。
注文を百合さんに伝えると、私はその場で待機。その間、少女の方をなんともなしに見る。
少女はお冷を飲んでいた。しかも、チビチビと何度も。
手持ち無沙汰なのだろうか。あるいは緊張しているとか? 私の前では比較的いつも緊張している様子だが、あそこまでのは初めて見た。
何かあった? 鈴ちゃん絡み? それとも、榊さんが何かを話した? うーん。分からん。
「みどりちゃん、顔」
「え?」
百合さんに言われて触れてみるが、特に何も付いていなかった。付いているのは精々鼻や口くらい……。いや、なんでもない。
「そうじゃなくて、眉間に皺が寄ってる。何か考えるのはいいけど、顔には出さないでね」
「はい。気を付けます」
いけないいけない。仕事中なんだから、いつもスマイルとまでは行かなくても愛想のいい表情は心掛けておかないと。
「後、これ。ブレンドお願い」
「はい。すぐ持ってきます」
カウンターに置かれたカップをお盆に乗せると、私は少女の元へ向かう。
「お待たせしました。こちらブレンドとなります」
そしてそれを少女の前に置く。
「あの……」
「はい。なんでしょう?」
少女の方から話し掛けてくるなんて珍しい。というか、初めてじゃないか。
決して大げさな話等ではなく、このお店で私は少女の口から挨拶と返答、後はお礼以外の言葉を聞いた事がなかった。
「……」
次の言葉を待つ。
五秒、十秒、十五秒といったところでようやく少女が口を開く。
「ここのコーヒー美味しいですよね」
「え? あー。ありがとうございます」
反射的にお礼を口にしてしまったが、まさかそんな事を言うために引き止めたのか? いや、さすがに違うだろう。だって、少女の顔には、現在進行形で反省の色がありありと浮かんでいるのだから。
「何か言いたい事、あるんでしょ?」
出来るだけ優しい口調に聞こえるように心掛けながら、私はそう少女に声を掛ける。
「いや、その……」
当たり前だが、鈴ちゃんと話していた時はまるで別人だ。人見知りなのか、単に私の前だからなのか、もしくはその両方か。なんにせよ、私達が普通に話せるようになるのは、当分先の事になりそうだ。
「私、榊涼の妹で」
「あー。うん。知ってる」
と言っても、昨日知ったばかりだが。
「いえ、だからってわけではないんですけど、私も名前で呼んでもいいですか?」
「え?」
そんな事……。いや、違うか。彼女にとってそれは、なかなか言い出せないくらいの大ごとであり、それでも勇気を出して口にした大事な事、なのだろう。
「いいよ」
私の返事を聞いた、少女の顔がぱっと華やぐ。
「代わりにと言ったらなんだけど、私も名前で呼んでもいい?」
「はい。もちろん。あ、私、怜って言います。榊怜です」
「じゃあ、怜ちゃん」
「――ッ」
まるで凄く美味しいスイーツを口にした時のように、少女――怜ちゃんの顔に気色が溢れる。
これだけ喜ばれると、なんだかこちらまで嬉しい気分になってくる。
あの後、榊さんに怜ちゃんの事を少しだけ詳しく聞いた。
どうやら怜ちゃんは女性らしい格好をするのが苦手なだけで、別に男性になりたかったり男性の心を持って生まれたりしたわけではないようだ。なので、普通に接してあげて欲しい――と、榊さんが言っていた。ならばその通りにさせてもらおう。
……そろそろ仕事に戻るか。お客さんのいる時間だし、あまり一人に付きっ切りになるわけにはいかない。
私は気持ちを切り替え、
「では、ごゆっくりどうぞ」
そう言って怜ちゃんに向かって頭を下げる。
「あ、はい。お仕事頑張ってください。……みどりさん」
頬を微かに赤らめ、上目遣い気味に私の名前を呼ぶ怜ちゃん。そんな彼女に私は最後に微笑み掛け、その場を後にする。
「何話してたの?」
カウンターに戻った私に、百合さんがそう尋ねてきた。
「どうやら友達の妹だったらしくて、その事で少し」
嘘ではない。本当でもないけど。
「へー。そうなのね。世間は狭いというか……ん? 妹? 誰が?」
「だから、今話してた……」
あ、そうだった。百合さんは、怜ちゃんの事をまだ知らないんだっけ。すっかり忘れていた。
「え? もしかして、そういう事?」
怜ちゃんと私を交互に見やり、百合さんが驚きの声をあげる。
「はい。そういう事です」
それに対し私は、微笑と共にそう答えるのだった。
第六章 思い込み <完>




