第19話(2) 正体
コンビニの光が見えてくると、私の中に少なからず安心感が生まれる。
もちろん、まだ油断は出来ない。けど、気持ちは幾分か楽になった。後は私の立ち回り次第。そして、最悪何かあったら、店内に逃げ込もう。
私が足を止めると、少女も釣られて足を止めた。店先で私達は向かい合う。
「……」
「……」
少女から何かが発せられる気配はない。やはりここは私から――
「まず聞きたいんだけど、私をつけてきたという認識でいいのかしら?」
「いえ、その……はい。そうです」
そう言って少女は、観念したかのように肩を落とす。
「もしかして、今日が初めてじゃない?」
「……はい。ちょうど二週間前にも後をつけました」
その言葉を聞き私は、少し胸が軽くなった。
少女がつけていた事は事実だが、正体不明のおじさんとかにつけられていたというよりかは、そちらの方が何十倍もマシというか……。
「でも、どうして?」
私はいよいよ核心に触れた。
答えはなんとなく分かっている。しかし、少女の口から聞くまでは、まだそれは私の想像に過ぎない。だからこそこうして、話す機会を設けたのだ。
「あの!」
少女の視線が意を決したみたいに、クッと強く私を見つめる。
「彼氏がいるならそう怜に言って欲しいんです」
「……はい?」
動揺のあまり、思わず変な聞き返しをしてしまった。
とはいえ、とはいえだ。私に彼氏? なんでそんな話に?
「私見ちゃったんです。あなたがこの場所で、男性と仲良さそうに話してるの」
仲良さそう……。あー。雅秋さんの事か。
「違う違う。あの人はただの知り合いというか、知り合いの彼氏だから」
「浮気ですか!?」
「なぜそうなる」
頭が痛くなってきた。思春期の女の子というのは、みんなこうなのだろうか? いや、全員が全員そうではない事は、私自身がよく知っているではないか。
「いい? 私だって人間なんだから、男の人と話す事くらいあるって。それが特別な関係じゃなくてもね」
というか、そんな事は説明するまでもなく分かっている事だろう。それか、私のような陰キャは、彼氏でもない男の人とはまともに話せないとでも思われているとか? さすがにそれは心外だ。いやまぁ、積極的に関わりを持とうとは思わないけど。だからと言って、仲良さそうに話していた=付き合っているはさすがに暴論が過ぎるというものだ。
「じゃあ、あの人とは付き合っていないって言うんですか?」
「えぇ、神に誓って」
ウチは仏教だけど、そこはまぁいいだろう。
「というか、仮に私が誰かと付き合ってたとして、その事をなんでその怜君? に言わないといけないの?」
話の流れからして、おそらく怜君とはこの子の幼なじみである彼の事だ。だとして、どうしてそんな話に?
「はっきり言ってやって欲しいんです。あんなガキ、大人のお姉さんの眼中にないって」
「ガキって……」
高校一年生なんて、私からしたら確かに子供だけど……。いや、その辺りは人によるか。雅秋さんはとても子供とは言えないくらいしっかりしているし、年上の私から見ても大人の男性だと思う。そして、逆もまた然りだ。年齢だけで、大人や子供を決められるものではない。
「だってそうじゃないですか。お姉さん、大人で美人だから、怜になんか興味ないはずです。だったら、変な期待なんて持たせず、バッサリいってくださいよ」
「……」
ここで私の容姿に関する評価を訂正するとなんだか話が更にややこしくなりそうなので、出掛かった言葉を寸でのところで呑み込む。
とりあえず、話を整理しよう。
「つまり、こういう事? あなたは怜君の事が好き、だけど怜君は私の事が好き。だから私に怜君をフって欲しいと」
簡単にまとめると、まぁそういう事だろう。
「べ、別に、私は怜の事なんて、これっぽっちも好きじゃないですけど」
分かりやすい動揺だった。
その言動で彼女の気持ちは確定したわけだが、こんな状況になってしまっている以上そこは曖昧なままではダメだ。はっきり言葉にしてもらわなければ。
「好きなのよね?」
私は心を鬼にして、少女に迫る。
「……はい。好き、です」
「よく言えました」
俯き絞り出すように言葉を口にした少女に、私は微笑みそう言った。
さてこれで私の予想の答え合わせは済んだわけだけど、根本的な解決にはもちろんまだ至っていない。ある意味、本番はこれからだ。
「あなたが言うように、私は怜君の事はなんとも思ってないわ」
「だったら――」
「けれど、告白されたわけでもないのにフる事は出来ない。だって、おかしいでしょ。急に私が眼中にありませんって言ったら」
「それは、そうかもしれないけど……」
どうやらそこは、彼女自身思っていた事のようだ。
……仕方ない。あまりこういうやり方は好きではないんだけど、背に腹は代えられない。
「私はあなたの恋を応援するわ」
「え?」
「だって、あなたと怜君本当にお似合いなんだもん」
「ホントに?」
「えぇ。だから、自信を持って。大丈夫。あなたなら出来る」
何がだ。
言葉が薄っぺら過ぎて、自分でも嫌気がしてくる。だけど――
「私頑張ります。お姉さんにそう言ってもらって、なんか勇気出てきました」
こういう子は、意外とこの手の手法に弱い。なんだか騙しているようで心が痛むが、私も我が身が可愛い。無用なトラブルは避けるに限る。
「あの、お姉さん」
「ん?」
「これからも相談に乗ってもらえますか?」
「……え?」
罪悪感と安堵の狭間で揺らめいていた私の思考が、今の言葉で一気に警戒モードに変わる。
相談? これから? というか、さっきまでのは相談だったのか。むしろ、説得や説教に近かったような気がするのだが……。
なんにせよ、ここからは一つのミスが命取りになる。気を付けて発言しなければ。
「えーっと、仕事中に少しお話する程度なら」
頭をフル回転させた結果、私はそう口にしていた。
連絡先の交換やプライベートな時間での対応を、私としては今ので牽制したつもり、なのだが、果たして……。
「ありがとうございます、お姉さん。いいえ、お姉様」
「……は?」
この子は何を言っているんだ。そんなの、一部の女の園でしか使われない呼称だろうに。
しかし残念ながら、目の前の少女に冗談を言っている様子はなく、むしろ目を爛々と輝かせこちらを見ていた。
「あの……あれ? 名前なんだっけ?」
そこで初めて私は、目の前の少女の名前を知らない事に気付く。
「鈴です。涼風鈴」
「えーっと、涼風さん」
「鈴」
どうやら、下の名前で呼べという事らしい。
まぁ、それくらいなら。
「鈴、ちゃん」
「はい」
名前を呼ばれた少女――鈴ちゃんは本当に嬉しそうで、私は益々困惑の色を強める。
まさか今のやり取りで、ここまで懐かれるとは……。誤算も誤算。大誤算だ。とはいえ、戸惑ってばかりもいられない。言うべき事はちゃんと言わなければ。
「お姉様という呼び方はちょっと……」
さすがに恥ずかしいし、何よりおかしい。
「では、なんと呼べば?」
「今まで通りお姉さんでいいんじゃない?」
実際、ほんのついさっきまでは、そう呼んでいたわけだし。
「はい……。じゃあ」
渋々、仕方なくといった感じで、鈴ちゃんが私の申し出を了承する。
「ところでお姉さん、連絡先の交換なんて……」
「あ、私、スマホ持ってないから」
満面の笑みで私は、バレバレの嘘を吐く。
「え? でも、さっき……」
「持ってないから」
先程よりも更に強い調子で、私は同じ言葉を口にする。
こういう時重要なのは、正しさより勢いや圧だ。押し通すという強い意志さえあれば、鈴ちゃんみたいな子は意外となんとかなる。そして実際、なんとかなった。




