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お砂糖を一欠片(改稿版)  作者: みゅう
第五章 不穏な空気
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第18話(1) 門限

 それからの二週間は、特に何事もなく過ぎ去っていった。


 平日のバイト帰りに気配を感じる事もなく、私の中であの日の事はやはり私の気のせいだったという事になりつつあった。


 たまたま同じ方向に向かっていたとか、きっとそういうのだろう。その時間がいつもより少し長かっただけ、多分それだけの話。だから、この話はおしまい。警戒は必要だけど、警戒し過ぎるのは良くない。


「みどりさん、聞いてくださいよー」


 挨拶(あいさつ)を交わすなり、隣に座った私に優子(ゆうこ)ちゃんがいきなりそんな事を言ってきた。


「何かあったの?」

「最近ちょっとこの辺りも物騒じゃないですかー」

「まぁ、そうね」


 この前も県内で通り魔事件があったばかりだ。犯人は捕まったが、事件があったという事実に変わりはなく、母も何やら小言(こごと)を言っていた。(いわ)く、夜道の一人歩きは物騒だとかなんとか。


「そのせいで、一時的に門限が早まっちゃったんですよ」

「あら、それは災難ね」

「八時には帰ってこいって。完全に私の事子供扱いしてるんですよ、お父さんもお母さんも」

「それだけ優子ちゃんの事が心配って事よ」

「分かりますけど……」


 とはいえ、確かに八時は早過ぎる気もする。八時といえば、平日夜の私のバイトが終わる時間だ。そこから帰るとどうしても半近くになってしまう。

 更に言えば、六時限目が終わる時間が七時四十分なので、その時間の授業に出たらそもそも門限より前に家に着く事は不可能。完全に詰みだ。そういう意味では、学校と家が近い優子ちゃんならではの門限と言えなくもない。


「まぁ、夏休みになる頃には、ご両親も元に戻してくれるでしょ」

「だといいんですが」


 大学生にもなると、例え女子でも門限がない家が多いという。高校を卒業したのだから、その辺りは自己責任という事だろうか。そういう意味では、門限がある私や優子ちゃんの家はどちらかというと、少数派なのかもしれない。


 ちなみに、ウチの門限は夜の十時だ。しかし、特殊な事情がある場合は、連絡さえ入れればその限りではない。まぁ、私はそもそも夜出歩くタイプではないので、時間についてはあまり気にしていないが。


「というか、優子ちゃんって一人暮らしよね。どうやって親御(おやご)さんは、優子ちゃんの帰宅時間を確かめてるの? 家電(いえでん)に電話が来るとか?」


 厳密には家電は、スマホに転送が出来るので家にいる証明にはならないのだが、優子ちゃんがそんなこずるい手段を取るとは思えないし、それで充分だろう。


「え? 普通にスマホのGPSで……」

「GPSってあのGPS?」


 衛星によって位置情報を取得出来る……。


「はい。家族で共有してるので。してますよね、みどりさんも」

「ウチはしてないかな……」


 わざわざ聞いたわけではないが、周りでも共有しているという話を聞いた事はない。


「そうなんですか!? みんなしてるものだとばかり思ってました」

余所(よそ)は分からないけど、少なくともウチはしてないわね」

「そうですか……」


 私の返答を聞いて、優子ちゃんが分かりやすく肩を落とす。


「でもほら、ウチが少数派の可能性もあるし」


 確かめたわけではないので、


「じゃあ、(さかき)さんにも聞いてみます」

「え? あ、うん」


 別にそこまでしなくてもと思わないでもないが、優子ちゃんからしてみたら自分の常識が今まさに揺らぎ掛けているのだから、悠長(ゆうちょう)な事は言っていられないのかもしれない。


 答えがすぐ帰ってくるとは限らないし、気長に待つとしよう。


 ――と思っていたら、秒で優子ちゃんのスマホが震える。


 まさか……。


「榊さんの家もしてないって」

「そう……」


 さすがに早過ぎないか? しかも、質問が質問だ。もう少し悩むか意図を聞いてくるか、どちらかのアクションがありそうなものだが……。


「で、なんの話って聞いてきました」

「そりゃ、ねぇ」


 榊さんは、とりあえず答えてから聞くタイプだったか。


「アンケートとでも言っておけば?」


 詳しい説明はまた今度、会った時にでもゆっくりさせてもらおう。


「なんか、納得したみたいです」

「そっか……」


 納得したというよりかは、よく分からないからスルーしたといった感じだろう。多分、私でもそうする。


「やっぱり、普通の家庭では、家族でGPSを共有しないんですね」

「というより、優子ちゃんの家はお金持ちだから、誘拐対策なんじゃない?」


 言い方は少しアレだが、小学生の端末にGPSを仕込むのと同じ感覚なのではないだろうか。


「でも、よくそんな状況で親御さん、優子ちゃんの一人暮らしを許したわね」

「ダメ元で頼んでみたら、一人暮らしもいい社会勉強だってもう二つ返事でした。私としては根気強く説得するつもりでいたので、喜ぶより先にあぜんとしちゃって」


 そう言って優子ちゃんは、苦笑を浮かべる。


「ただ、住む所はお父さんが勝手に決めてしまったので、そこだけは不服というかなんというか。まぁ、特に希望があったわけじゃないんですけどね。せめて、相談くらいして欲しかったなって」

「あー……」


 気持ちは分からないでもない。例え結果は同じだとしても、そこに(いた)る過程が自身の納得出来るものでなければ、少なからず不満は残るし文句の一つや二つ言いたくもなる。


「でもあそこ、(すご)くいい物件よね」


 優子ちゃんの気持ちは分かる。がしかし、それはそれとして、彼女が今住んでいる所がいい物件なのもこれまた事実だった。


 学校から徒歩二分、最寄り駅から徒歩四分という好立地に加え、バス・トイレは別、カメラ付きインターホンが設置されており、完全オートロック、女性入居者限定と好条件がこれでもかと並ぶ。家賃は大学生の一人暮らしには若干お高めだが、手が出せない程ではない。まさに優良物件である。


「なら、みどりさんもどうです? 同じマンションに住めば、いつでも会いたい放題ですよ」

「うーん。私はまだ一人暮らしはいいかな。お金もないし」

「そうですか……」


 残念がっている優子ちゃんには申し訳ないが、金銭面が仮にクリア出来ても私は当分の間一人暮らしをする気はなかった。もう(しばら)くは親の庇護下(ひごか)にいたい。甘えと言われればそれまでだが、後数年もしたら嫌でもそこを巣立つわけで、あえてそのタイミングを早める必要はない。

 まぁ結局、全て言い訳なんだけど。

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