第16話(3) 過去2
月曜日。私は駅を降りると直接家に帰らず、三島商店へと向かった。
店内のカウンターには予想通りくみやんがいて、そこにうつ伏せになりダレていた。
「ちわー」
「ハロハロ」
私の適当な挨拶に、くみやんはこれまた適当な挨拶で応える。
カウンターから体こそ起こしたものの、その態度はまだまだ客を迎えるものには程遠く、私でなければ怒られそうだ。
「そんな風にだらけてていいの? バレたらまたおじさんに叱られるんじゃない?」
「私はね、みどちゃん。今の今まで怒涛のガキんちょラッシュに合ってたわけよ。だから、客のいない間ぐらいダラけさせておくれよ」
現在の時刻は午後五時を少し回ったところ。
この辺りの小学校は午後五時を門限にしており、学校終わりからその時間までが小学生の書き入れ時となっている。というわけで、間の数時間は日頃閑古鳥が鳴いている三島商店もそれなりに混雑する。しかも相手は小学生。応対する店員の苦労は、想像に難くない。
「お客さんが来たら、ちゃんとシャンとするの?」
故に私も、ついついくみやんに甘い対応をしてしまう。
「そりゃもう、背筋ピーンの目ピカーンよ」
「ならいいけど」
私とくみやんの仲だ。客扱いされていない事については目を瞑ろう。
レジ横に置かれた小さな冷蔵庫からラムネの入った瓶を一つ取り出し、代わりにお金をカウンターに置く。
「これ、貰うわね」
「まいど」
断りを入れてから、ビー玉を瓶の中に落とす。そして、瓶を口に持っていく。
「そう言えば、あれからどう?」
「何が?」
「田澤君に会ったって言ってたじゃない」
「あぁ……」
この前会った時に、そんな話もしたっけ。姫紗良さんと違って、くみやんは良くも悪くも空気みたいな存在なので素で忘れていた。
「実は、昨日もいたんだ、彼」
「え? 待ち伏せされてたって事? もうガチじゃん」
私の返答にくみやんが姿勢を正し、本格的に話を聞く態勢を取る。
「それで?」
「話があるって言うから、近くの公園に一緒に行って」
「うん」
「小学生の時の事を謝ってきた」
「今更? 謝るタイミングなんて、今までいくらでもあっただろうに」
くみやんの言う通りだ。小中とずっと同じ学校に通っていたのだから、謝ろうと思えばいつでも謝れたはずだ。
「で、みどちゃんはなんて答えたの?」
「昔の事だしもう気にしてないって」
「まぁ、そう言うしかないか。変にもめるのも面倒だもんね」
そこで恨み言を口にしたところで、私の気はおそらく晴れない。ならば、穏便にその場をやり過ごした方が断然マシだ。
「じゃあ、とりあえずこの件はこれでおしまい?」
「だといいけど」
連絡先を聞かれた辺り、向こうは私と接点を持ちたがっているようだったが、こちらにその意思はない。出来ればこのまま、何事もなく終わって欲しいのだが……。
誰かがやってきたのを気配で感じ、私は半ば反射条件気味に出入り口の方に目を向ける。
見慣れた制服を着た男女が、お店に入ってくるところだった。
「いらっしゃいませー」
それを見て、くみやんがそう二人に声を掛ける。
「あっ」
男子生徒の顔を目にした瞬間、思わず声が出た。見覚えのある顔だったからだ。
「あっ」
相手もこちらに気付き、同じく声を上げる。
「こんにちは」
「どうも」
私の挨拶に対し、男子生徒がいつものようにぺこりと頭を下げる。
「誰?」
「バイト先によく来る常連さん」
くみやんの問い掛けに、私はそう答える。
向こうでも同じようなやり取りが行われていて、女子生徒に尋ねられた男子生徒が「行き着けの喫茶店の店員さん」と答えていた。
「彼女はその幼なじみで」
「そうですか。仲いいんですね」
同じ高校に通い、こうして放課後に一緒に行動しているなんて。
「あぅ……」
私としては至って普通の事を口にしたつもりだったが、男子生徒はなぜかダメージを受けたように俯いてしまう。
一体どうしたのだろう? おかしな事は言っていないはずだけど……。
「今のはみどちゃんが悪い」
「え? 何が?」
理由は分からないが、とにかく私が悪いらしい。
後でこっそり、くみやんに聞いてみるか。……自分で考えろって言われそう。というか、絶対言われる。だって、くみやんだもん。こういう時、素直に答えてくれるはずがない。
「あれ?」
なんて事を考えていたら、隣からふいにそんな声が聞こえてきた。
「どうかした?」
「ううん。なんでもない」
「そう?」
声の感じからして何かに気付いたようだったけど、本人がなんでもないというならこれ以上詮索するのはよそう。お店に関する、私が聞いたらまずい話かもしれないし。




