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お砂糖を一欠片(改稿版)  作者: みゅう
第五章 不穏な空気
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第16話(2) 過去2

『それでみどりさんは、なんて返したんですか?』


 私は今、ベッドに腰を下ろし、スマホを耳に当てている。

 公園で田澤君と別れた私は、家に帰り昼食を取ると、自室に戻るなり姫紗良(きさら)さんに電話を掛けた。以前話を聞いてもらったし、一応彼女には報告しておいた方がいいだろうと思ったのだ。


「普通に断りました。気が合うとも思わないので」


 田澤君と私では価値観が違い過ぎる。発想や好みが違う分には別に問題ないのだが、価値観の相違(そうい)は仲良くする上で致命的だ。


『ですよね。安心しました』


 そう言って姫紗良さんは、ほっと息を吐いた。


『姫紗良さんにはもっとこう、素敵な人が合うと思います』

「素敵な人って……」


 私はそんな大した人間ではないし、そもそも素敵な人なんて言葉は、とにかく美味しい物が食べたいくらい漠然としており、なんだかイメージがしづらい。


()めてくれて、いざとなったら守ってくれて、時に厳しく(しか)ってくれて、たまに甘やかしてくれたりなんかもして、後はちゃんと好きって言ってくれる人がいいですね』

「それって――」


 姫紗良さんの日常なんじゃ……。


『こほん。大体、幼少期の話とはいえ、女の子の容姿を(おとし)めておいて、それを謝りもしない(やから)はダメです。ましてや、こんな美人さんを掴まえて』


 まるで我が事のように熱くなってくれる姫紗良さんの声を聞いて、私はなんだか自分が当事者である事を忘れて(うれ)しくなってしまう。


 やっぱり姫紗良さんはいい人だ。


「ありがとうございます、姫紗良さん。でも、そもそも私は、今のところ誰とも付き合う気はないんで、その心配は杞憂(きゆう)かと」


 もしかしたら、私は一生そういうものと無縁なのかもとすら最近では思い始めている。そのぐらい私の中で誰かと付き合うという事は、縁遠い行為となっていた。


『まぁ、運命の相手は探すものじゃなくて出会うものなので、焦って行動しなくてもその内、向こうから自然とやってきますよ。というか、気付いてないだけで、もう実は会っていたり?』


 からかっているのか、言いながら姫紗良さんの声が楽しそうに弾む。


「なんですか、それ」


 大体、私の周りに男性なんて……いない事はないけど。


「姫紗良さんはいつ頃気付いたんですか? 彼氏さんが好きって事に」


 話の流れで私は、今まで秘かに気になっていた事を姫紗良さんに尋ねる。


 相手は友達とかではなく従弟(いとこ)、親戚が恋人候補になるって何かきっかけでもないと有り得なさそうだが。


『中三になってすぐくらいかな。ほら、中二辺りから、周りで付き合い始める子が増え始めるじゃないですか。それで、私がもし付き合うなら、どんな人がいいだろうって考え出して。思い浮かんだのが彼だったみたいな感じですね』


 確かに私の周りでも中二に上がった途端、その手の話が急激に増えたような気がする。特に夏休み前後に、いつの間にかくっついたり離れたり……。

 まぁ、私は自分とは無関係の話と思って、本当にただただ話を聞いていただけだが。


『当時まーくんとは、年に数回親戚の集まりで会う程度だったんですけど、お盆にまーくんの家に行く機会があって、その時に話をして、あぁ、この子となら一生一緒にいてもいいかなってふと思ったんです』

「一生って……(すご)いですね」


 恋人を通り越して、結婚まで考えたという事か。


『その後は少しずつアピールしていって、最終的にはウチに住むように仕向けた感じですね』

「誘導したって事ですか?」

『えぇ、親にさり気なく提案したり本人にもそういう選択肢もあるよって話したり、その甲斐(かい)あって今はこんな感じです』


 そう言った姫紗良さんの声には、少し自嘲(じちょう)のそれが混ざっているようにも聞こえた。


『今考えるとやり過ぎだった気もしますけど、その時はとにかく、まーくんに振り向いてもらいたくて必死で。まぁ、結果オーライってやつです』

(うらや)ましいです」


 それだけ愛せる事が、それだけ愛される事が。私にはどちらの経験もまだないから。


『みどりさんにもすぐ出来ますよ、そんな相手が』

「そう、ですかね……」


 今の段階では全然想像が付かない。というか、本当に現れるのだろうか。


『きっと来ます』


 姫紗良さんの発したその言葉は、根拠らしい根拠なんてないはずなのに、不思議と私の心にすっと染み込んでいった。


『それはそれとして――』


 と、姫紗良さんがふいに声のトーンを変えて言う。


『いくら昼中の往来とはいえ、親しくもない男性に一人でのこのこ付いてくのは危険です。絶対に止めましょう』

「え? あ、はい。すみません」


 確かに、私の行動は少々不用意だったかもしれないが、小学生じゃあるまいしそこまで過剰(かじょう)にならなくても……。


『いいですね!』


 私の声色から思考を読み取ったのか、姫紗良さんがそう念押ししてくる。


「……はい」


 私はそれに対し、神妙(しんみょう)な態度で(うなず)く事しか出来なかった。

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