第11話(1) 兄弟姉妹
金曜日の一時限目は優子ちゃんがいないので、いつも榊さんと二人で講義を受ける。
とはいえ、今はまだ講義の開始時間になっていないため、絶賛雑談中だが。
「最近、妹が冷たいのよ」
「そうなんだ。というか榊さん、妹さんいたんだ」
「あれ? みどりさんに私、言ってなかったっけ? いるよ。三つ下の妹が」
三つ下……。つまり、高校一年生か。だとしたら、家族に対して冷たく当たるのも、別段珍しくないような……。
「で、その妹さんが、最近冷たいと」
「そう。家にいてもすぐ自分の部屋に篭っちゃうし、私が話し掛けても素っ気なくて」
「うーん。それは、思春期なら誰しも通る道なのでは?」
かくいう私も、身に覚えがある。汚い言葉を遣ったり無視をしたりした事はないが、素っ気ない態度やイライラした態度はしょっちゅうだった。
「後、部活に入ってるわけじゃないのに、週に何度か帰りが遅い時があって……」
「図書室で勉強してるとか」
「だったら逆に、毎日やってこない?」
「そこはちょっと、分からないけど……」
毎日やる程の気力がないのか、他に理由があるのか……。なんにせよ、それだけで心配するのは私にはさすがに早計に思えるが、果たして……。
「榊さんってもしかして、シス――心配性?」
「可愛い年頃の妹を心配するのは、姉として当然の義務であり権利じゃない?」
「そう、だね……」
榊さんの圧に押され、私は苦笑と共に頷く。
私には兄弟姉妹がいないのでよく分からないが、榊さんのこれは普通の事なのだろうか。あるいは……。
「そんなに心配なら、直接妹さんに聞いてみたら?」
「聞いたよー。そしたら、『もう。うるさい。お姉ちゃんには関係ないでしょ』って突っぱねられちゃってさ」
「あー。それは確かにきついかも」
「でしょ? 少し前まで、『お姉ちゃんお姉ちゃん』って纏わりつくくらいに懐いてたのに」
「いや、高校生なんだから、むしろその方が自然なんじゃ……」
仲がいいに越した事はないが、何事にも限度というものがある。年を重ねれば、その限度も変化する。逆に変化しない方がおかしい。
「そうなんだけどさ」
榊さんもそれは、頭では理解しているのだろう。ただ感情が付いてこないだけで……。
「だったら、たまには引いてみたらどうかしら?」
「引いてみる? どうやって?」
「こっちからはガツガツ行かないで、最低限のやり取りだけにしてみるとか。ほら、向こうもあまりに構われるから、意地になってるだけかもしれないし」
色々と構われて煩わしく感じる一方、全く構われないと物寂しさを感じる。要は駆け引き、北風と太陽みたいなものだ。
「まぁ、みどりさんがそう言うなら、試してみるけど……」
「あ、完全に無視するのはダメだからね。最低限のやり取りはしっかりして、その上でブレーキを掛ける。そこら辺の塩梅は、榊さん次第という事で」
「うん。分かった。なんとかやってみる」
「頑張って。私も陰ながら、上手く行くよう応援してるから」
「ありがとう。上手く行ったら報告するよ」
そう言って榊さんは、眉を下げる。
半信半疑。成功したら儲けもの、くらいの感じなのかもしれない。
いや、その方が私も気が楽なので、助かるのだが。
「なんかアレだよね。みどりさんって、お姉さん気質というかぽいよね」
「そう?」
少なくとも妹っぽくはないと思うけど、だからと言ってお姉さんっぽいかと言われたら首を傾げずにはいられない。
「うん。優しいし面倒見いいし怒らないし、理想のお姉さんって感じ」
「それって、褒められてる?」
「当たり前じゃん。無茶苦茶褒められてるって。私の家にも欲しいもん、みどりさんみたいなお姉さん」
「そんな、便利な家電じゃないんだから……」
とはいえ、そう言われて悪い気はしない。必要とされるのはいい事だ。
「逆に優子ちゃんは、妹っぽいよねー」
「あぁ」
分かる。見た目や言動がまさにといった感じだ。
「そういう意味じゃ、みどりさんと優子ちゃんの組み合わせってがっちり噛み合ってるっていうか、理想的な感じするかも」
「あはは……。よく分からないけど、ありがとう」
「どういたしまして」
理想的か。端からそんな風に見えているとしたら、やはり嬉しい。
なんだかんだ言って大学では優子ちゃんと一緒にいる時間が一番多いし、学内においては一番仲がいい相手だと私は思っているから。
「あーあ。私もみどりさんみたいに振る舞えたら、妹ももう少し私に心を開いてくれるのかな……なんて」
冗談めかしにそう言う榊さんだったが、その表情はどこか真剣で、まるっきりの軽口というわけでもなさそうだった。
お姉さんも大変だ。