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お砂糖を一欠片(改稿版)  作者: みゅう
第三章 お泊り
33/66

ep.3 呼び方

「優子ちゃんは、今まであだ名で呼ばれた事ってあるの?」


 三島商店を出て家へと戻る道すがら、私は優子ちゃんにふと気になった事を聞いてみた。


「あだ名ですか? ありますよ」

「どういう?」

「うーん。優っち、優っぴ、優ちん、優子っち。後、優子りんなんてのもありました」

「結構あるんだね」


 あっても精々(せいぜい)、二つか三つだと思っていた。

 この数を多いと感じるか少ないと感じるかは、その人の考え方次第だが。


「みどりさんは?」

「私はあまりないかな。大体、そのまま名前か苗字(みょうじ)にさん付けかちゃん付けって感じで」


 別に、私自身があだ名で呼ばれるのを嫌がっているというわけではない。単にそういうキャラではないと、周りから思われているのだろう。


「優子ちゃんが私にあだ名を付けるとしたら、どんなの付ける?」

「え? 私がですか? えーっと……」


 話の流れというか軽い気持ちで言っただけなのに、思いの(ほか)、優子ちゃんの事を悩ませてしまったようだ。


「アレだったら全然、流してもらっていいから。そんな、無理にって話でもないし」

「いえ、もうそこまで出掛かってるので」


 出掛かる? それは何かを思い出す時に遣う言葉なんじゃ……。


「……みどりんなんてどうでしょう? 親しみやすくて尚且(なおか)つ可愛らしい。みどりさんのイメージとは少し違いますけど、逆にギャップがあってそれがいいと言いますか」

「なるほど」


 確かに、新鮮でいいかもしれない。


「じゃあこれからは、優子ちゃんがそう呼んでくれるわけね」

「え? そんな、恐れ多くてとてもとても……」


 言いながら、激しく両手を振る優子ちゃん。


 この感じ、相当無理なようだ。


「ごめんごめん。冗談だから。今まで通り大丈夫だから」

「すみません。その代わり、私の方はどんな呼び方をしてもらっても構いませんので」


 どんな。そう言われてしまうと、普通の呼び方ではなんだかいけない気がしてくる。大喜利ではないが、みどりん以上にインパクトのある呼び方を求められているような……。


「なら、ゆうゆうなんてどうかしら?」

「……」


 慣れない事をして照れ笑いを浮かべる私に対し、優子ちゃんの反応は無だった。苦笑いも愛想笑いもない、完全なる無。


 まさか、自分でもここまでスべるとは思っていなかった。


 さてこの空気、どうしたものか。全然違う話題を振るかあるいはあえて続けるか、そのどちらを選んでも厳しい道のりが待っていそうだが……。


「はっ」


 そんな思考を私が働かせている間に、優子ちゃんが虚無(きょむ)の世界からこちらに帰ってきた。


「ごめんなさい。あまりの可愛らしさに、少し思考がトリップしてました」

「優子ちゃん、気を遣わなくてもいいのよ。自分でもスべった自覚はあるから」

「スべったなんてとんでもない。ド真ん中に豪速球が来て、思わず反応出来なかっただけと言いますか……」


 まぁ、優子ちゃんがそういうなら、そういう事にしておこう。

 折角(せっかく)気遣(きづか)いを無下(むげ)にするのもなんだし。


「ありがとう、ゆうゆう」

「はぅ」


 冗談めかしに告げた私の言葉に、優子ちゃんが頬を赤く染め目を見開く。


 この反応、もしかして本当に気に入っている? という事は、先程の言葉も……。


「前言撤回です。私にはまだ、そういう呼び方は早過ぎます。毎回そんな呼び方されてたら、心臓がいくつあっても足りません」

「そうね。これは封印しておきましょう」


 実のところ、私の方も限界だった。

 変わった呼び方というのは、呼ばれる側だけでなく呼ぶ側にもダメージが発生する。今回はいい勉強になった。


「優子ちゃん」

「はい。みどりさん」


 お互いの名前を呼び合い、私達は微笑(ほほえ)みを交換する。


 やはり、こちらの方がしっくりくる。


「ところで、今日は何時の電車に乗って帰る予定なの?」


 ざっくり夕方とは聞いているが、具体的な時間まではそう言えばまだ聞いていなかった。何時に帰るか、それによってこれからの予定も変わってくる。


「五時過ぎのに乗ろうかなって」

「そっか」


 現在の時刻は十四時過ぎ。残り時間は三時間足らずといったところ事か。


「ちょっと寄り道してもいいかな?」

「え? あ、はい。いいですよ」


 向かう先はどこでもいい。ただもう少し優子ちゃんと私の生まれ育った町を歩きたい、優子ちゃんに私の生まれ育った町を見てもらいたい。なんとなく今は、そんな気分だった。




第三章 お泊り <完>

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