第2話(1) 完璧星人の恋
授業が終わり、教室が一気にざわめき始める。次が昼休みという事で、その音や勢いはいつものそれより強い、ような気がする。
あくまでも体感の話なので、当然実際に比べたわけではないのだけど。
「うーん。やっと終わったー」
隣の席の優子ちゃんが、そう言って大きく伸びをする。
「こらこら、優子ちゃんはまだ午後からの授業が一つ残ってるでしょ?」
さも今日の全日程が終わったかのように全身を弛緩させる優子ちゃんに、私は思わずツッコミを入れる。
今終わった授業は二時限目のもので、まだ優子ちゃんには四時限目の授業が残っていた。
ちなみに私は、今受けたもので今日の授業はおしまい。後は帰るだけだ。とはいえ、昼食は優子ちゃんと取ってから帰るので、すぐさま帰宅する事はしないが。
「みどりさん、今日はどうします?」
机の上の物を鞄にしまいながら、優子ちゃんがそんな事を聞いてくる。
二人共お弁当は持参していないため、どこかで昼食を調達しないといけないわけだが、別にお決まりの場所があるわけではないので、いつもその場のノリや気分で調達先を変えている。
選択肢は大きく分けて三つ。購買で買ってどこかで食べるか、学食もしくは学内の飲食店で食べるか、外で食べるか。
「とりあえず教室を出ましょうか。喉乾いたし」
「ですね。まずは自販機にレッツゴー、です」
二時限目の授業を終えすっかり元気に戻った優子ちゃんと共に、私は教室を後にする。
B棟の廊下には幾つか休憩スペースが設けられており、それぞれテーブルと二脚の椅子が五セットずつ、そして自動販売機が設置されている。なので、自動販売機は然程探さなくてもすぐに発見出来た。
「何にしようかなー」
自動販売機から少し距離を取り、優子ちゃんが楽しげに悩んだ声を出す。
「あ……」
その背後に、音もなく忍び寄る影が一つ。
止める間はとてもなかった。
「私のお勧めは、ミルクティーかな」
「ひゃっ!」
背後から耳元で囁かれ、優子ちゃんがその場で文字通り跳び上がる。
「葵さん、優子ちゃんをからかうのは止めてください」
無駄だと分かっていながら、私はそう葵さんに苦言を呈す。
「悪い悪い。ついな」
口では謝罪の言葉を口にしながらも、葵さんに悪びれた様子はまるでなく、むしろ楽しそうですらあった。
この人は御堂葵さん、私の高校時代からの先輩だ。
基本は面倒見がよく気さくないい人だが、こうして時より人をからかって遊ぶ悪い癖がある。
本当に困った人だ。
背は私より遥かに高い百八十センチ。スタイルは良く、いつも長く茶色い紙を後ろで一つに縛っている。百合さんやあの常連さんとはタイプは大分違うが、美人な事に変わりはない。
「葵さん、今日はどうしたんですか?」
私の記憶が確かなら、葵さんは木曜日に授業を取っておらず、この時間は家の手伝いをしているはずだ。
「ちょっと担当教諭に用があってな。折角来たし、優子のやつをからかってやろうとちょうど捜してたんだ」
「そんなー」
葵さんの冗談を真に受け、優子ちゃんが情けない声を出す。
二人は私を介して知り合ったのだが、どうやら葵さんの方は優子ちゃんをえらく気に入ったらしく、顔を合わす度によくこうしてからかっている。葵さんも一応最低限の節度は守っており、優子ちゃんも本気で嫌がっているわけではなさそうなので、今のところ私も本気で止めにはいっていない。精々さっきみたいに注意をする程度だ。
「冗談冗談。本当はお前達と飯でも食おうと思ってな。これからだろ?」
「えぇ」
さすがに授業が終わって数分で食事を済ますような、生き急いだ生活はしていない。
「で、どこで食べるつもりなんだ?」
「それもまだ……」
決め兼ねているところだ。
無難なのは学食だが、折角時間に余裕があるのだから外に食べに行きたい気持ちもある。しかし、どこか具体的な店名が思い浮かんでいるわけではないし……。
「じゃあ、行くか」
と葵さんが踵を返す。
「え? どこに? 行き先はまだ……」
決まっていない。
「どこって、私の行き着けに決まってるだろ」
そう言って葵さんが、私達にウィンクをしてくる。
ひどく男――格好いいそれで、葵さんは何人何十人もの女の子達のハートを射止めてきた。
まったく、罪作りな人だ。
それにしても、葵さんの行き着けってどんな所だろう?
激辛店や見た事もない創作料理を出す店みたいな、癖の強い所でないといいんだけど……。