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お砂糖を一欠片(改稿版)  作者: みゅう
第三章 お泊り
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第8話(2) ようこそ、我が家へ。

「――お、お邪魔しやっす!」


 我が家の敷居(しきい)をまたぐなり、優子ちゃんは第一声を盛大(せいだい)()んだ。それはもうとても綺麗(きれい)に。


「うー」


 (ほお)を赤らめ、恥ずかしそうに(うつむ)く優子ちゃん。


 まぁ、あれだけ完璧に噛めば、大抵の人はこうなる。一部の例外を除いて……。


 (くつ)()ぎ、段差を登る。


「どうぞ」

「お邪魔します」


 先程と同じ台詞(せりふ)を今度は噛まずにしっかりとそう言うと、優子ちゃんも私に続き、靴を脱いでフローリングに上がる。


  とはいえ、緊張が()けたわけではないようで、その様子はどこかそわそわとしていた。

 まぁ、気持ちは分からないでもない。初めての場所は私でも緊張する。慣れるまでもう少し時間が必要なのだろう。


「あら」


 音と気配で(さっ)したのだろう、母がリビングからひょっこり顔を(のぞ)かせる。


「もしかして、あなたが……」


 そして、優子ちゃんをその視界に(とら)えた。


「あの、私、大橋(おおはし)優子って言います。みどりさんにはいつもお世話になりっぱなしで……」

「ホントに? この子、あなたに迷惑掛けてない?」

「……」


 なんて事を言うんだとツッコミたかったが、私がそれを口にするのはなんだか違う気がして結局言葉を()み込む。


「この子、しっかりものに見えて、どこか抜けてるのよねー。誰に似たんだか」


 もし仮に私が抜けているのだとしたら、間違いなくそれは母親からの遺伝だろう。

 少なくとも、父ではない事は確かだ。


「いえいえ、そんな。抜けてるのはむしろ私の方で、みどりさんにはいつもフォローしてもらいっぱなしで……」

「へー」


 優子ちゃんの言葉を受け、私に意味深な視線を向ける母。


 なんだ、その表情は。

 いや、言いたい事は分かる。ほとんどの人が、その場所場所でそれぞれ違う顔を持っている。もちろん、私も……。


 とりあえず、挨拶(あいさつ)は済ませた。ここにはもう用はない。


「行こ、優子ちゃん。私の部屋二階だから」

「あ、はい」

「ごゆっくりー」


 能天気な母の声に見送られ、私と優子ちゃんは階段を登り二階に向かう。

 登り切った場所から見て右の二つ目、一番端にある扉が、私の部屋のそれだった。


「ここよ、私の部屋」


 部屋の前で立ち止まり、優子ちゃんにそう紹介をする。


「いよいよ、みどりさんのお部屋に」

「そんな大層なものじゃないから……。どうぞ」


 苦笑を浮かべた後私は、扉を開け優子ちゃんを室内に(まね)き入れる。


「お邪魔します」


 (おそ)(おそ)る、中の様子を(うかが)うように優子ちゃんが、私の部屋に足を踏み入れる。


「奥のクッションに座って」

「はい……」


 落ち着かない様子のまま、優子ちゃんは私の言う通り部屋の奥に進み、クッションの上に腰を下ろす。

 それを見届けると、私も手前のもう一つのクッションに座る。


「特に面白みのない普通の部屋でしょ」

「いえ、そんな……」


 口ではそう言うものの、優子ちゃん気を遣っているのは声と表情からして明らかだった。


 基本的に私には、趣味や収集(へき)というものがない。娯楽はおろか服や装飾にも然程(さほど)頓着(とんちゃく)がなく、本当に必要最低限の物があるだけだ。


「本もあまり置いてないんですね」

「高校入るまでは結構読んでたんだけどね。当時はほら、図書館や図書室で借りてたから」


 中学の時は自由に使えるお金が今とは比べ物にならない程少なく、とてもではないが月に何冊も本を買う余裕はなかった。高校生になりお小遣(こづか)いは増えたものの、その頃には本を読む回数は減り、また行動範囲が広がった事もあってやはり本にそんなにはお金を掛けなかった。

 とはいえ、私の部屋に本はそれなりに置いてあり、読まない人間に言わせると充分ある状態らしいので、(よう)は優子ちゃんが想像していたよりかは少ないという話だろう。


 なぜだか知らないが、大抵の人は私の事を読書家だと勘違(かんちが)いしている。(ひま)な時に文庫本を開くような真似(まね)は中学生以来一切していないのに、本当に不思議だ。


 ふいに、誰かがこちらにやってくる音と気配がした。そして、外側から扉がノックされる。


「はーい」


 立ち上がり扉に近付くと、私はドアノブを回しそれを引いた。


「お待ちどおさま」


 そこには、お(ぼん)を手にした母が立っていた。ニヤニヤと妙な笑いをその顔に浮かべた母が。


「ありがとう」


 お礼を口にし、私はお盆を受け取る。


 あえて、母の顔付きについては触れない。この場合、触れたら余計に面倒な展開になる事を私は今までの経験則(けいけんそく)から理解しているからだ。


「なんの話してたの?」

「別に、なんでもいいでしょ」


 母に背を向けテーブルの方に向かうと、私はお盆をその上に置く。


「えー。気になるー」

「はいはい」


 用が済んだのに全然帰ろうとしない母を、私は扉を閉める事で物理的に遮断(しゃだん)する。


「え? ちょっ――」


 さすがの母も扉を開けてまでやり取りを続ける事はせず、程なくして足音が階段の方へ遠ざかって行った。


「明るいお母様ですね」

「騒がしいの間違いじゃなくて?」


 そう言って私は振り返る。


「元気な証拠ですよ」

「物は言いようね」


 苦笑を浮かべると私は、テーブルに近付き手前のクッションに腰を下ろす。


 お盆の上のカップとお皿を、それぞれの前に移動させる。カップの中身はコーヒー、お皿に乗っているのはショートケーキだった。後は、フォークとフレッシュが一つずつ。


「優子ちゃん、(いただ)きましょ」

「はい。あっ」


 フォークに手を伸ばした優子ちゃんが、途中で何かに気付いたようにその動きを止める。


「どうかしたの?」

「お土産(みやげ)渡すの、忘れてました……」

「食器を返しに行く時に、私から渡しておくわ」

「お願いします」


 まぁ、あれだけ緊張していれば、忘れるのも無理はない。

 今もまだ緊張しているみたいだし、早くこの場に慣れるために私の方から何かアプロ―チをしてみるか。


 とはいえ、一体何がいいんだろう?

 うーん……。こういう時に打ってつけの物……。あっ。


「ねぇ、優子ちゃん」

「……はひ?」


 ちょうどケーキを口に入れたタイミングで私が話し掛けたせいで、優子ちゃんの返事はひどく可愛(かわい)らしいものとなってしまった。


「それ食べ終わったら、ゲームやらない?」

「え? ゲーム、ですか?」


 ゲームは国境を()えると私の幼なじみも言っていたし、コミュニケーションツールとしてこれ程優れた物はなかなかないだろう。……多分。

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