第6話(1) 自信
もうすぐアラームが鳴る。
その事を私は気配で感じ取り、瞼を開く。
アラームを聞いて起床する事はほとんどない。体調が悪い時か夜更かしが過ぎた時くらい。その機会は、年に片手の指で数えられる程だ。
目を覚ましまずやる事は、セットされたアラームの解除。
数十秒後になる予定だったそれを取り止め、私は再びスマホを元の位置――枕元に戻した。
時刻は、六時五十九分。
平日だろうと休日だろうと、私は決まってこの時間に起床をする。これは昔からの習慣で、今ではすっかり当然の事になっていた。
少しの間、ベッドの中で取り留めのない思考を働かせた後、上半身を起こし、ベッドの上に足を伸ばした姿勢で座る。
覚醒具合は、五割といったところ。まだ頭が上手く働いていない。
ベッドから立ち上がり、まずはカーテンを開ける。
ガラス越しに差し込んだ日光が、私に否が応にも覚醒を促す。
うん。今日もいい天気だ。
窓から離れ、寝巻きから普段着に着替える。
大学生の私に制服はない。つまり、毎日思考を巡らせ、昨日とは違う服を着ていかなければならないという事だ。何を当たり前の事をと思うかもしれないが、これが意外と面倒くさい。特に去年まで制服に身を包んでいた私にとっては。
ただ、昨日とは違う服を着るだけなら然程面倒はない。しかし、現実はそう容易くなく、一昨日どころかその前、下手をしたら一週間二週間単位で違う服を着る必要がある。その上で、自分に合っていて、尚且つ仲間内やカースト上位の誰かと被らないような服を選ばなければならないわけで……。
まぁ、何も気にせずに自分が着たい服を着るという人も中にはいるが、残念ながら私にそんな勇気はなかった。誰から言われたわけではなく、自分で勝手に思ってしまうのだ。そうしなければいけない、と。
実際聞いた話によると、他人の服を細かくチェックしている人はいるようで、それを仲間内で笑いものにする事もあるとかないとか。高校でも内容は違えど似たような話を耳にした事はあるので、充分有り得る話だ。
ホント、女子というやつは……。
着替えを終えると私は、脱いだ寝巻きとスマホを手に、部屋を後にする。
階段を降り、一階に。その足で洗面所に向かう。
寝巻きを洗濯機に突っ込み、うがいと洗顔等を済まし、今度はリビングに足を向ける。
リビングには母がいて、少し離れた食卓からテレビを見ていた。
「おはよう」
部屋に入りながら、そう声を掛ける。
「あ、みどり。おはよう。今日は朝からだっけ?」
「二時限目」
母からの質問に短い答えを返すと、私は足を止めずそのまま台所に進む。
台所には、お皿に盛られた一人分の朝食が用意されていた。
父は朝早くに家を出るため、それより前に母が三人分の朝食を用意し、父と二人で食事を済ます。その後、私がやってきて一人で朝食を取る。それが我が家の、平日のお決まりのパターンだった。
食パンをオーブントースターに、スクランブルエッグとベーコンの乗ったお皿を電子レンジにそれぞれセットする。それらが温まるのを待っている間に、冷蔵庫から取り出したアイスコ―ヒーをコップに注ぎ、一口含む。
苦味とカフェインのお陰で、また少し頭が覚醒した――気がする。
何気なくテレビの方を見ると、画面にはワイドショー番組が映っていた。最近起きた事件について、コメンテーターが何やら尤もらしい発言をしている。
事件自体にはそれなりに関心はあったが、コメンテーターの発言には全くと言っていい程真新しさがなくどうしても冷めた目で見てしまう。
分かり切った事を改めて言われても、というのが私の正直な感想だった。
「アンタも気を付けなさいよ。一応、年頃の女の子なんだから」
「一応は余計」
自分が美人でない事は自覚しているが、人から、特に身内から言われるのはやはり気になる。特に、母には言われたくない。
「お店に変なお客さんとか来ないでしょうね」
「変なって?」
「イヤらしい視線送ってきたり声掛けてきたり」
「そんなのいるわけないでしょ」
まったく、人のバイト先をなんだと思っているんだか。
私のバイト先である【ルーブル】は、百合さんがおじいさんから譲り受けたお店らしくその歴史は古い。そのため常連さんも長く通い続けてくれている人が多く、お客さんも店の雰囲気も割と落ち着いている。もちろん御新規さんもそれなりにいるが、店の雰囲気故か気になるお客さんは少なくとも私のいる時間には来た試しがない。
「なら、いいけど。あ、この俳優、結婚したんだ」
テレビの中の話題が変わった事により、お店の話は終了。母の興味は、今や俳優の結婚相手へと移っていた。
その事に私は、ほっと胸を撫で下ろす。
バイト先をあれこれ言われるのは決して気分がいい事ではないし、それに反論するのはどうしても精神的な労力がいる。
心配してくれているのは分かるが、出来れば聞きたくない。後、言い方。