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再現された女優

作者: 豪陽

遂に成功した。

あの往年の名女優Kの若い頃を、完璧に再現することに成功したのだ。

彼女に会いたいという私の長年の渇望が遂に実現した。


目の前の彼女は、まさに黄金時代のKそのものだった。しなやかな指先の動き、知的で優しい微笑み、気品ある姿勢。映画の中でしか見たことのなかった彼女が、今ここに、僕の目の前にいる。


僕たちはホテルのスイートルームのソファーに座り、向かい合っていた。彼女は少し不安げな表情を浮かべ、ゆっくりと口を開く。


「失礼ですが、あなた様はどちら様でしたか? そして、なぜ私たちはここでお話をしているのでしょう? 電話をかけさせていただいてもよろしいでしょうか?」


彼女の声は、思い描いていた通りの静かで落ち着いた響きを持っていた。しかし、そのかすかな震えに僕は居たたまれなくなった。彼女は困惑し、怯えている。


こんなことを、始めるべきではなかった。


「すみません。こんな状況に巻き込んでしまって。どうか驚かないで聞いてください。私は202X年の人間です。」


Kは怪訝そうな顔をした。


「202X年?」


「はい。そして、決してご迷惑はおかけしません。けれど、少しだけお話を聞いていただけますか?」


彼女はわずかに眉を寄せたが、警戒しながらも黙って頷いた。



---


「未来では、電子計算機、コンピュータが発達し、その端末を誰もが持てるようになります。そして、その演算能力は驚異的に向上し、映像や写真を簡単に処理できるようになります。映画も、かつてのフィルムを必要とせず、コンピュータ上で自由に再生・編集するのが普通になります。」


「映画が?」


「ええ。それだけではありません。立体視が可能な装置を使えば、観客は映画の中に没入することすらできるようになります。そして――」


僕は息をのむ。ここからが本題だ。


「電子計算機を用いれば、過去の映像からデータを収集し、存在しなかった映画を新たに作ることもできるのです。もはや、どこにも存在しないものですら、再現できる時代になったのです。」


そこまで話したとき、Kが突然、顔をこわばらせた。


「つまり、私は映画の中の存在だと、そう仰るのですか?」


彼女の声が、わずかに震えていた。


「そんな馬鹿なことが、あなた、小説でもお書きになったらよろしいわ。私は生きています。私には、幼い頃に友達と遊んだ記憶があり、学校で教科書を読んだ記憶があります。バイオリンを練習した記憶、初めてバレエの舞台に上がった記憶、初夏の白樺の森を歩いた記憶、その時、私は確かに生きていました。それが、映画の中の存在? そんな馬鹿な話があるものですか!」


彼女はハンドバッグを掴み、立ち上がった。そして、部屋を横切ってドアを開けた。


しかし、その先には、ただ灰色の固体があるだけだった。



---


「何?」


Kは呆然と立ち尽くした。目の前には、硬いコンクリートの壁のような灰色の面が広がっている。彼女は震える手で壁を叩いた。しかし、それはびくともしない。それは停滞した時空、あるいは無の拒絶だった。


「これは、何なの?」


彼女は電話機を取る。しかし、それも音を発しない。彼女の手が小さく震える。


「こういう状況です。だから、もう少しだけお話を聞いてください。」


Kは動かなくなった。やがて、彼女は何も言わずにソファーへと戻り、力なく腰を下ろした。その表情は、先ほどまでとはまるで違っていた。


僕はまたしても、いたたまれなくなる。



---


「この部屋も、あなたも、すべてが電子計算機の演算の産物です。」


Kはゆっくりと顔を上げた。


「私は、私は何なの?」


僕は深く息を吸い、説明を続ける。


「私は、あなたの映像や写真、記録された音声、雑誌の記事など、膨大なデータを収集し、それを基に電子計算機にあなたを再現するよう命じました。そして、あなたがこのホテルのスイートルームに座っているように調整し、今、この瞬間にあなたを出現させたのです。」


「私は、実在しない?」


「情報の集合体に過ぎません。」


「情報の集合体?私の意志も?私の感情も!?」


「冷酷に聞こえたなら許して下さい。しかし電子計算機の演算により更新されていく情報があなたであると言わざるを得ません。」


Kは、しばらく無言だった。自分の手を見つめ、ぎゅっと握りしめる。


「では、私はどうなるの?」


「あなたは、このまま存在し続けます。時間の流れは固定されたままです。あなたは、刹那の中に閉じ込められる。」


「私の意識は?」


「それも、ある瞬間で停止します。」


Kは僕をまっすぐに見た。その瞳には、怒りと悲しみの混ざった複雑な感情が浮かんでいる。


「そんなの、酷いではありませんか。」


僕は何も言えなかった。



---


しばらく沈黙が続いた後、Kはふっと笑った。


「でも、未来は素晴らしいものなのね。」


僕は驚いたように彼女を見た。彼女は静かに微笑んでいた。


「ねえ、どうせなら、もっと未来のことを聞かせてくれませんか? 私も、未来が見たいわ。」


その言葉に、僕は胸がいっぱいになった。何と優しく、知的で、儚げな女性なのだろう。


「わかりました。」


僕は、彼女に未来の歴史を語り始めた。


時間は、静かに流れていった。



[終わり]



スタニスワフ・レムやフィリップ・K・ディックの影響は明らかですが、特に「ソラリス」の衝撃は非常に大きかったという事です。

ある女優を仮想空間の中でどれだけ精密に再現できるかを思考実験して、その残酷さに気がつきました。

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