92.襲撃犯は何処へ
干からびた死体が見つかった時とは異なり、今度は学院中で騒ぎになった。
と言うのも、書店裏で被害を受けた少年二人が、魔術学院に通う二年生だと判明したからである。
「なんとか一命は取り留めたようだ。応急処置が良かったのだろう」
ジュディッタは、そう言って腕を組んだ。
入学前の面接を受けた部屋は、実は彼女の研究室でもあるらしい。事件から数日後、目撃者の一人として呼び出されたテオドアは、彼女に事の一部始終を聴取されていた。
とは言え、テオドアが話せる情報は、さほど多くない。
店の奥から異様な物音がしたので、店主を追って飛び込んだこと。その後に見た悲惨な現場のこと――それぐらいである。
「きみは回復魔法が得意だそうだな。マリレーヌから聞いたぞ」
「はい。……えっと、ジュディッタ先生は、マリレーヌ先生と……」
「実は幼馴染だ。家同士で交流していたし、ここの姉妹校である女学院も共に卒業した」
あの子の研究室は、酷い有様だっただろう? あれは昔から変わっていない。
ジュディッタはわずかに苦笑した。
「この話は後に回そう。――申告通り、きみの回復魔法は完璧だった。ほぼ無傷まで戻っている。だが、瀕死にまで追い込まれたがゆえか、未だ昏睡状態に陥っている」
「これ以上はどうすることもできませんか」
「できない。少なくとも、最高峰の医術師の手を借りたとて、叩き起こすことはできないだろう。きみが更なる奥の手を隠し持っているなら別だがね」
もちろん、そんなものは無い。
ある程度、回復魔法を使ってきて分かったことだが――この魔法は、肉体の傷は治せても、それ以外の蓄積したダメージを回復することはできない。
一度でも瀕死に追い込まれているなら、なおさら、怪我を治したときに身体へ掛かる負担も大きい。
だからこそ昏睡しているのだ。
早く覚醒できるかどうかは、結局、本人たちの治癒力にかかっている。
「じゃあ、やっぱり、被害者の証言は当てにできませんね」
「地道に探っていくしかあるまいよ。早期に決着を着けなければ、学院に出資している貴族各位が黙っていないだろうがな」
「ああ……」
この学院は、ヴェルタの王家が多額の出資をしていると聞く。
しかし、他の貴族だって当然、金を出しているだろう。当主が卒業生だとか、後進を育ててほしい思惑があるとか、そのような理由で。単純に我が子を預けているから、と言うのもあるかもしれない。
その学院で、生徒に直接被害が及ぶ事件が起こった。黙ってはいられないだろう。
テオドアは、ちょっと考えてから、声の調子を落として言った。
「本当はダメだと思いますけど……事件をある程度隠蔽すれば、貴族からの反発も起こりにくいのでは?」
「そうしたいのは山々だが、最大の出資者を忘れてはいけない」
「王家――にはさすがに、嘘をついたらまずいですよね」
「なんらかの罪に問われるのは間違いない」
これは、早急に事件を解決しなければ、学院の名誉と存続が危うい。
テオドアは、編入前に一度紹介された学院長を思い浮かべ、その苦労を偲んだ。
「王宮に届け出たところ、ルチアノ王子に視察として来訪いただくこととなった。きみの推薦者でもあるだろう。一度くらいはお目通りが叶うかもしれない」
「分かりました」
どんな時に会えるかは分からないが、人目を気にせずに進捗を報告し合える機会かもしれない。
テオドアは、頭の中で情報を整理しつつ、ジュディッタとの会話を続けていった。
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「それで、犯人は見つかりそうなの?」
ところ変わって、オアシス。
大河のそばにある巨木の根元に座り、『夢と眠りの女神』は問うた。
テオドアのそばに寄り添う彼女は、神らしい古代風の服ではなく、地界の中流階級らしい婦人服を着ている。肩に掛けたショールが、はたはたと風に吹かれていた。
「それが、まったく。気絶していた店主さんも、犯人の顔を見ていないようで……」
テオドアは膝を抱え、ジュディッタの話を思い出す。
書店の店主は、事件のあとすぐに目を覚ました。顎を擦りむいたくらいで軽傷だったので、すぐに事情聴取をしたと言うが――裏口の扉を開けた瞬間に襲われたとかで、まったくなにも覚えていないのだとか。
「でも、その人間は裏口の外に倒れていたんでしょう? 犯人がわざわざ運び出したのかしら」
「だとすると、トドメを刺すためか――もしくは、発見を遅らせたかったか、ですね」
個人的には後者だと思う。
あんな惨状を作り出した人間なら、魔力の無い店主を不意打ちで殺すのは簡単だ。しかし、実際は気絶させるだけで留めている。
犯人は、魔術学院の生徒二人を、確実に殺したかったのではないだろうか。
「恨みがあるのかしら。その二人、素行が悪かったとか?」
「いえ、二人とも、真面目で優秀な生徒だったらしいです。裏でなにかやっていたのかもしれませんけど、今のところはそんな情報は上がっていないと」
「そう……次から次へと問題が湧き出てくるのね。貴方といられる時間が減ってしまうわ」
レネーヴは、自然な動きでテオドアにしなだれかかった。
不意打ちの接触に身を固くするが、さすがにもう慌てふためいたりはしない。テオドアは平静を装いつつ、話を続けた。
「……僕は、今のままでも充分、良くしていただいていると思っています」
「つれないのね。私たちのことは嫌い?」
「いえ、……」
「冗談よ。分かっているわ、私たち三人に、そんなことを言う権利はないもの」
テオドアは、何も返せずに押し黙り、彼女の顔をじっと見つめた。
彼女たちのやったことは、もちろん罪だ。しかし、テオドアにだって負い目がある。
前世の――彼女たちが愛した男の記憶があることを、教えていないのだから。
レネーヴは、ふと優しげに目を細めた。
「貴方の仕事を、肩代わりすることはできないけれど……話を聞いて協力することはできる。私も、ペレミアナも、ティアディケも。なんでも相談してね」
「あ、りがとうございます……」
「でも、根を詰め過ぎるのも疲れるでしょう。これを」
言うなり、彼女は質素なショールを脱ぎ、表面に軽く口付けた。そうして、そのままテオドアに手渡す。
「このショールが風に飛ばされたら、追い掛けてみると良いわ。きっと良いことがあって、疲れも吹き飛ぶでしょうから」
「飛ばされたら……?」
よく分からないが、そういう魔法を掛けたのだろう。テオドアの腕の中に収まったショールは、先ほどまでとは違い、ほのかに銀色に染まっていた。
首を傾げるテオドアに、レネーヴは邪気のない微笑みで頷く。
「ええ。――もし気分が乗ったら、混ざっても良いのよ?」




