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最高神の〝依代〟 〜転生後も不遇で虐げられた公爵子息の、最高神成り上がり譚〜  作者: 蒼波季京
第三部 第二章 落ち着かない学院生活

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89.個別授業危うし

「だだだダメです! 個別授業なんて! き、き、きっと、頭から食べられてしまいます!」


 寝室から繋がる別空間にて。川のほとりに作られた休憩場で、ペレミアナは勢いよく首を振った。


 四方に壁はなく、冷たい石造りの柱と屋根、大理石の床に薄い布を敷いた建物は、かなり開放的だ。

 その上、照りつける陽射しを避け、わずかな風も取り込むことができる。なんとなれば、()り出した床の先に座って、足を川に浸しながらくつろぐこともできる。

 川に肉食の動物がいない、と、確信がある上での贅沢だった。


 テオドアは、思い思いにくつろぐ女神二人に、軽い気持ちで近況を伝えた。

 だが、ペレミアナは持っていた本を取り落とさんばかりに驚き、明確な拒絶反応を示した。

 どこが〝ダメ〟なのか分からないので、テオドアはただ戸惑う。

 

「個別授業は先生が行ってくださるそうなので、そこまで危険はないかと……」

「相変わらず、その方面では察しが悪いな。もちろん、()()()()()()食われるわけではない」


 床石のへりに座り、足先で川面を蹴っていたルクサリネが、笑いながら振り返る。手には冷えた果物ジュースのグラスを持っていた。


「年ごろの男女が密室で二人きりなど、外聞も悪いだろうに。それでも強行するからには、なにか訳があるんだろう」

「そうですよ! 絶対絶対、何かあります!」

「そうでしょうか……? 強行というほど強引でもなかったですし、深い意味はないと思いますけど……」


 今まで家庭学習しかしてこなかった生徒を、学院側が気遣ったのではないだろうか。マリレーヌ先生はテオドアの教室を受け持っているし、それで担当になっただけだろう。

 と、いちおうは反論してみたが、二人の反応は(かんば)しくない。


「……言っただろう。こいつにはほとんど危機感がない」

「これは深刻ですね。うっかり目を離したら、数年後には世界各国に非嫡子が五百人くらい生まれているかもしれません」

「待ってください。僕はそんなに見境なしではないです!」


 なにやら、とんでもなくだらしない男だと思われている気がする。

 テオドアは慌てて話に割り込んだ。


「は、話が飛躍し過ぎです。マリレーヌ先生も、十以上も年下の僕なんかを相手にするわけが……!」

「どうだかな。世の中には年下趣味の女もいる。用心するに越したことはない」

「とにかく、気をつけてくださいね。危ないと思ったらすぐに逃げること!」


 わたしたちを呼んでも良いですけど、それは最終手段ですからね!

 と言って、満足したのか。ペレミアナは柱の一つに寄り掛かり、再び本を読み始めた。


 一年間、地界の労働に従事していた三女神を、「監視する」という名目で引っ張り込んできたのは、他ならぬ『光の女神』だ。

 しかし、彼女たちをそのままテオドアに引き合わせるのは、やはり天界からは良く思われない。

 そこで、わざわざ苦労して別の空間を作り上げ、この中で交流できるよう取り計らった、というわけらしい。


 寝室の扉がこの空間に繋がっているのも、女神たちがテオドアと会っているのも、知られてはならないことだった。

 ゆえに、ここにいる者は基本、寝室の扉の向こうには出て来られない。

 最終手段とは、そういう意味を含めての言葉だろう。


「まあ、学院生活の愚痴くらいは聞くことができる。遠慮せずに話せ」


 ルクサリネは、自分の隣の床石をとんとんと叩いた。ここに座れ、と言いたいらしい。

 テオドアが素直に従うと、彼女はジュースをひと口飲み、「今日はどうだった?」と問うた。


「今お話ししたこと以外は、特に……いえ……」


 ふと思い出し、テオドアは溜め息をつく。


「どうした」

「勢いのある同級生一人が、やたらと僕の話を聞きたがっていました。いえ、それは良いんですが、設定にボロが出ないか心配で……あと、彼の名前が長過ぎて、覚えきれなかったのが申し訳なかったです」

「どれくらい長い?」

「軽く五分くらいは名乗り上げられました」

「おお……」


 本当に驚いた。急に居住まいを正したかと思えば、朗々と省略無しの名前(フルネーム)を告げられたのだから。

 もしかすると、興奮で名乗るのを忘れたと言うより、これまで誰も名前を聞いて来なかったがゆえの失念だったのかもしれない。

 彼はヴェルタ出身のようだし。彼の名前の長さが、周囲に知れ渡っていてもおかしくはない。


「聞き取れた部分くらいはあるだろう?」

「ありますけど、それで呼んで良いのかはちょっと。……今度があれば、なんて呼べば良いか聞いてみます」

「それがいい。すれ違いを生まないためには、対話がいちばんだ」


 ルクサリネは、飲みかけのグラスを、何の気無しにこちらへ寄越した。

 そうして近くに置いてあった盆を引き寄せ、色とりどりの中から別のグラスを掴み上げる。色からして、また別の果物ジュースのようだった。


「例の死体について、進捗は?」

「さっぱりです。貴族学校にも、まだ接触できていません」


 干からびた死体についても、既に女神たちに相談していた。なにか有力な意見が得られるかと思ったのだが、彼女たちでも、この情報だけでは何とも言えないという。

 だからこそ、情報を集めるのが急務になっていた。


「ルチアノから続報もありませんし、ここは地道に、学院に馴染むことを優先します。今の僕にはなにも権力がありませんから」

「……あの、そのことなんですけど」


 ペレミアナが、控え目に声を上げた。見れば、先ほどとは違い、ひどく自信無さげな様子だった。


「わたし、ちょっと調べてみました。もしかしたら、()()()()()が死因かもしれません」

「魔力の枯渇……?」


 聞き馴染みがない言葉だ。隣のルクサリネを窺っても、思い当たる節がなさそうな顔をしている。

 テオドアたちは、黙ってペレミアナの話を聞くことにした。


「魔力は、たくさん使っても、また体内で生成できます。俗に言う『魔力切れ』が、深刻じゃない理由ですね。でも仮に、すべて搾り取って、わずかすら残さなかったとしたら……人間ならばとても生きていられないでしょう」


 実際に、これを死刑の方法として取り入れていた古代の国があるらしい。文字を持たない国だったので、具体的な方法は失伝していたが、国賓として滞在していた外国人が記した資料は残されていたと言う。

 ペレミアナは、本を抱えたまま(そら)んじた。


「『その者たち、罪人を縛り上げ、妖しげな儀式を行いたり。罪人、たちまち血の気失せ、腕と足が枯れ木の如く痩せ衰えり』――」

「ま、待ってください。それは魔力がある人のための刑罰ですよね? 魔力が少しだったり無かったりする人には、やっても意味がないんじゃ……」

「不可解なのがそこなんです。魔力が無い人間からいくら吸い取ったって、得られるものはわずかです。わざわざそれをやる必要がない」


 三人は揃って考え込んだ。

 枯れ木のごとく痩せ衰える、という記述は、いかにも例の死体を指しているように思えた。だが、それを当て嵌めてしまうと、ますます意味が分からなくなる。

 しばらく考え込んだのち、ルクサリネが苦笑して言った。


「もしかすると、無から有を創り出す方法があるのかもしれないが――今の私には皆目見当もつかないな」




-------




 イリュソリヤ魔術学院の講師は、みな、国家所属の学者としての顔を持つらしい。

 なんでも、学院に講師として務めれば、国から特別に多額のお金を「研究費」としてもらえるそうだ。だからこそ講師になりたい者の競争率も上がり、授業の質も担保できているのだとか。


 ゆえに、講師それぞれに、設備の充実した研究室が充てがわれていた。


「ここか……」


 手元のメモと見比べながら、テオドアは研究室の扉の前に立つ。

 マリレーヌの個別授業は、彼女の研究室で行われる。寮に届いた手紙には、そう記されていた。同封のメモに詳しい地図も書いてあったため、道中でも迷わなかった。


 メモをしまってノックをしようと手を上げ、不意に、女神たちの言葉を思い出す。


 ――確かに、子どもならばともかく、結婚もできる年ごろの男女が二人きりだなんて。自分はともかく、彼女の名に傷がつきかねないのではないか?

 ――それでも個別に授業をしてくれるなんて、何か理由が……?


(……いやいや。大丈夫、そんなに深い意味はないし、この学院では普通のことなんだ)


 きっと、おそらく、たぶん。

 妙な思考を振り払いつつ、鈍りかけた右手を律してノックをする。

 間髪入れずに、「はあい」と緩やかな返事があった。


「テオ・カヴァルロです。本日はよろしくお願いします」

「カヴァルロさんですねえ、お待ちし――きゃあああああっ!!」

「えっ!?」


 明らかに、何かがあった叫び声だ。

 テオドアは急いで扉を開いた。礼儀などは、今は気にしていられない。

 しかし、目に飛び込んできた――いや、()()()()()()()()()()()()()()は。


「うわああああっ!!?」


 ものすごい勢いと衝撃に押され、テオドアは廊下にひっくり返った。

 痛みを堪えつつ、周囲を見渡す。辺りに散らばっていたのは、おびただしい数の紙や本や壺や石ころや布や細々とした小物――要するにガラクタばかりだった。

 それが、マリレーヌの研究室から、一気に溢れ出てきたのである。


「ごめんなさい、ちょっと片付けたんですけど、山が崩れちゃって〜」


 マリレーヌは、初日に見た通りの風貌だ。薄汚れたところもない。まるで淑女のような振る舞いで、おっとりと困ったように頬に手を当てる。


 だが、その部屋は……擁護できないほど物に溢れて、散らかり切っていた。

 

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