83.面接と試験予告と、波乱の幕開け
次の日、入学試験の受付をするために、会場を訪れた。
とは言え学院内部ではなく、少し離れた街外れに建つ、どこぞの貴族の屋敷のような建物だ。近くには、おそらく人工的に木を植えたのだろう、綺麗に木々の並んだ「森」があった。
「テオ・カヴァルロさまですね。どうぞこちらへ」
入り口で推薦状を見せると、男性の使用人が案内をしてくれて、風景画や肖像画などが飾られた豪華な一室に通される。
同じように屋敷にやってきた十数人の少年たちは、揃って別の部屋に誘導されていたので、これは推薦状の主の名前が強すぎるためだろう、と推測する。
一人で部屋に入ると、既に、厳格な顔つきの女性が待っていた。
「きみが、第二王子が推薦したという少年か」
歳のころは、多く見積もっても三十代の半ばだろうか。鈍色の髪をきりりと結い上げ、女性には大変珍しく、簡素かつ動き易そうな男性用のズボンを履いている。上着も男物だ。
彼女は、色付きの眼鏡を押し上げて、持っている紙とテオドアを身比べた。
そして書斎机の前に置かれた椅子を示し、「座りたまえ」と促す。
「わたしはジュディッタ・マイェル。魔術担当講師であり、少々厄介な生徒を受け持つ担当でもある。故に、きみのような入学希望者を押しつけられたというわけだ」
「わざわざ、お時間を割いてくださってありがとうございます。――テオ・カヴァルロと申します。アルカノスティア王国から参りました」
テオ、という名前を口にするたび、少し肝が冷える。
〝依代〟たる少年は「テオドア」。その〝依代〟は、神々による異例の措置で、さまざまな国にやって来る可能性がある。元候補者の第二王子が推薦しているし、勘の良い人には気付かれてしまうのでは? と。
もちろん、その疑念は事前に『設定担当』にぶつけたが、彼女はにやりと笑って言った。
「ほとんどの人間は、〝依代〟の本名など覚えてはいない」――だそうだ。
それが当たっていることを祈りつつ、テオドアは表面上は平静を保って、椅子に腰掛けた。
ジュディッタは、特に名前について触れることもなく、自らも机の前に座って指を組む。
「勝手ながら、きみの身辺について調べさせてもらった」
「……いつの間に」
「我が学院が擁する私兵は、並の兵士よりも優秀なのだよ。だが、安心してくれ。きみにはなんの瑕疵も認められなかった。カヴァルロという男爵家も存在し、きみの父母も実在していた。きみが屋敷で生活しているところも確認された」
ここへ来る前に、一ヶ月ほどアルカノスティアの僻地で生活させられたが、この調査のためだったのか。
両親役は、テオドアに顔立ちの似た男性精霊と女性精霊が買って出てくれたのだけど、「父さん」「母さん」と呼ぶのが気恥ずかしいなあ、という気持ちしかなかった。
改めて、架空の身分の作り込みと女神たちの努力に、深く感謝する。
「きみの父親――カヴァルロ男爵は、社交界に滅多に顔を出していなかったようだが?」
「ああ……父は、母以外のことがわりとどうでも良いみたいなので」
「そうか。きみがわざわざ留学を選んだ理由が分かる気がするな」
なにやら妙な気づきを与えてしまったが、おおむね、印象は良いようである。
ジュディッタは目を細め、持っていた紙を机に投げ出した。
「王家の遠縁と言うからには、どんな曲者が来るかと思ったが。なかなかどうして平凡じゃないか」
「遠縁と言っても、本当に遠いので……ほぼ他人です。ルチアノさまが推薦状を書いてくださったことが奇跡ですよ」
「交流くらいはあったんだろう? 奇跡ではないさ」
そうして彼女は、ふむ、と考える素振りで、天井を見上げた。
「……王族直々の推薦だからな。本来は、きみに入学試験を課すのは不敬罪にもなりかねない。だが、どうだ。記念に、特別枠で実技試験だけでもやっていくか?」
「えっ。王族の推薦だと、試験って無いんですか?」
ルチアノは、手紙で当たり前のように入学試験のことを書き送ってきていた。これは自国の学院だが、アルカノスティアの国王も、何度も試験に落ちていたと聞く。
学院は、身分関係なく実力を見て生徒を取る、と思っていたので、拍子抜けした気分だった。
「王族に連なるものは、普通、確実に入学させるぞ。当たり前だろう」
「じゃあ、ルチアノさまは……」
「アレは特殊だ。自分の出自は一切関係なく、ただのルチアノとして接せられることを望んでいた。実力を見てくれ、とな。だから、アイツが七年で卒業できたのは、アイツが本当に実力がある証拠だよ」
「そうなんですね……」
ルチアノらしい、と思う。あの暑苦しさと勢いで、勝手に便宜を図ろうとする学院側に直談判しに行った様子が、目に見えるようだ。
加えて、アルカノスティアの国王へも、見方が少し変わった。世界最高峰の学院でさえこうなのだから、故郷の学院にも、血筋で入学させる風潮はあるだろう。
それを突っぱね続け、何度落ちても試験に挑み続けたのだとしたら――国王は、あの穏やかそうな見た目に似合わず、熱い男なのかもしれない。
「分かりました。それなら、僕も試験を受けさせてください。ダメだったら、潔く国に帰ります」
「そうか。では、そのように通達しておこう。わたしの見立てでは、ほぼ確実に合格するだろうがな」
ジュディッタは、机の引き出しから紙を一枚引っ張り出し、ペンを手に取ってさらさらと一筆書きつけた。
それから立ち上がり、机の上に置いてあった冊子を、テオドアに投げ渡す。
「別の学院に入学したことが無いのなら、一年生として入学させるのが筋だ。しかし、どうせなら実技試験で、きみの実力を測らせてもらおう。わたしが判断し、適切な学年に編入させる」
「あの、これは……?」
「一年生から七年生までの、授業一覧だ。目を通しておくと良い」
彼女はそう言い、サインした紙を持って、部屋を出て行こうとする。
しかし、ジュディッタの手が扉の取手に掛かった、その時――
すぐ近くで、誰かの悲鳴が響き渡った。
悪ふざけではない、真に迫った叫び声だ。
「!」
さすがは学院の講師、無駄のない動きで振り返り、扉とは正反対にある窓に駆け寄った。
一瞬遅れ、テオドアも窓に寄って、外を見る。
この部屋の窓は、件の人工の森に面しているようだ。
完璧に手入れされた木々の近くで、数人の少年たちが騒いでいる。そのうちの三人は、テオドアにも見覚えがあった。昨日の、不良少年三人組だ。
その集団から少し離れたところで、体格の小さな少年が、どこか一点を見つめて腰を抜かしていた。
その視線の先に――
干からびた人間の死体が転がっていた。




