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最高神の〝依代〟 〜転生後も不遇で虐げられた公爵子息の、最高神成り上がり譚〜  作者: 蒼波季京
第二部 第五章 父との衝突

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72.それは愛ではなく

 先に動いたのは公爵だ。

 無造作に振るった剣から、炎の球がいくつも飛ぶ。それをしゃがんで避け、テオドアは立ち上がる勢いのまま駆け出した。

 甲高い音とともに、二つの剣が刃を合わせる。

 拮抗――いや、体格のために、公爵の方が優勢だ。

 ここで無理に競り合っても意味がない。わざと力を抜いて受け流し、わずかな隙を縫ってすれ違う。

 振り向きざまに剣を薙ぐが、首には一歩届かず。公爵は無駄のない動きで間合いから抜け出していた。


「実の父親を殺す気か」


 と、公爵は、さして気にしていなさそうな口振りで言う。

 テオドアは迷わず首肯した。


「貴方を殺さないと、公爵家の膿は除かれませんから」

「ひどいな」

「ええ。僕は血も涙もない男ですよ。それに、公爵としてなら、貴方よりもツィロのほうがよほど向いています」

「そうか」


 言いながら、公爵は剣を立て、自身の目の前にまで刃を引き寄せて構えた。

 その堂々たる立ち姿は、長年に渡って紛争に駆り出されていた者の風格を感じさせる。


「少し、本気を出す」


 瞬間。

 神殿全体が呼応するように揺れ始め、建材のひとつひとつがひとりでに分解されては浮き上がる。

 警戒しながら辺りを見渡すと、神殿が完全に分解され、また新たな形で組み上がっていくのが分かった。


「テオドアくんは、乗り越えたんだろう。『試練』」


 先の神殿とは似ても似つかない、無機質な真四角の建物。

 最後の板が天井に嵌まり、完全なる暗闇に落ちる――と思いきや、俄かに明かりが灯された。

 壁に居並ぶは松明。心なしか、床も壁もじめじめとした質感に変わっているように見える。


「もう一度、乗り越えて見せろ。――降参してもいいぞ」

「まさか。公爵の方こそ、死ぬ覚悟をしておいてください」


 テオドアは肩をすくめた。そして、息を整え、剣を構えて突進する。


 ――そこへ、複数の槍が降ってきた。


 容赦なく降り注ぐ槍の雨を、時に躱し、時に弾きながらも突き進む。だが、どこまで駆けても、公爵の元へは一向に辿り着かなかった。

 テオドアの目には、すぐそこに居るように見えるのだが。


(認識阻害――いや錯覚か? そんな小細工も使うのか)


 おそらく、錯覚か幻覚で、距離そのものを誤認させられている。あるいは、この建物自体に、妙な仕掛けが施されているかだ。

 テオドアは、走っている足を急に減速させて立ち止まる。そして降ってくる槍のひとつを掴み、公爵に向かって力一杯に投げた。

 槍は過たず飛んでいく。が、届ききる前に、失速して落ちた。

 ならば、()()()()()()()()()()


 瞬時に判断を下し、方向を変え、壁に向かって走る。

 公爵の意思によって建物が動くのであれば、予測できない動きをすれば(かえ)って公爵へ近づける。

 と、思ったのだが、目論見が甘かった。


「!」


 壁を蹴り付けて登ろうとした刹那。図ったかのように壁に大穴が開いた。

 咄嗟に身を翻したものの、体勢を崩す。左の足先がほんの少し投げ出されたが、穴の先の闇に触れた途端――まるで焼き切れたかのようにすっぱりと、靴ごと足の指が消し飛ばされた。

 驚愕するテオドアに、背後から公爵の声が投げかけられた。


「ここは、単なる闘技場ではない。ある意味では、現実とは別の空間だな」

「別の、空間――」

「この空間すべて、床の石ひとつに至るまでが、お前の敵。だが、外へ脱出することもできない。――囲うのはすべてを無に帰す『闇』だ」


 がらがらと音を立てて崩れる壁や天井。瓦礫を振り払い、顔を上げても、空や外景はどこにも見えない。

 ただ、すべてを吸い込みそうな暗闇が広がるばかりだ。

 床だけは残っているが、これだって、公爵の匙加減でいかようにも変化させられるのだろう。

 壁も松明も消えたというのに、辺りが明るいのは、せめてもの慈悲か。


「外側の『闇』に触れれば、触れた部分は跡形もなく消し飛ぶ。……死ぬぞ」

「……そうですか」


 だが、テオドアは足の指を靴ごと治し、立ち上がる。

 まだ戦う意志を示したからだろう。公爵がため息をつく気配がした。


「ギリギリまで折れないか。誰に似たんだ」

「少なくとも、貴方ではないですね。愛する女(母さん)を大切にも出来ず、押し付けられた仕事にかこつけて()()()()()()()貴方には!」

「――!」


 テオドアの足元が沈んだ。

 床を沈めて下に落とすつもりか。――想定内だ。

 寸でのところで床材を飛び移る。そこも沈むので、別のところへ。何度も繰り返すと、まるで水の上に浮かぶ葉っぱを踏んでいるような気分になってきた。


「俺がいつ逃げた?」


 公爵は相変わらず、もとの場所に佇んでいる――ように見える。

 だが、声は少しだけ、怒気を孕んでいた。


「分からないんですか? 最強と謳われているんだったら、すぐに仕事を終わらせて、家に帰ってくることだって出来たでしょう。あんなに、これ見よがしに、『空間移動』を使っておいて。まさか一度も思い付かなかった、なんてことは無いですよね?」

「違う、俺は――」

「何が違うんですか? 言ってみてくださいよ!」


 テオドアが沈む床石から、再び別のところへ移ろうとしたとき。

 左の『闇』から、不意を突く形で巨大な蛇が飛び込んできた。

 公爵の動揺の表れか。飛んできただけで噛みつきもしなかったので、空中で容赦なく斬り飛ばす。

 短い悲鳴を上げて、黒い蛇はあっという間に塵となった。


「貴方は怖かったんです。母さんと一緒に住むと、失望されるんじゃないかと思って。本当は分かっていたんでしょう? 貴方の行いが、力任せにごり押すだけで、周りのことなんて何も考えていなくて、すべての人を傷つけていることが!」

「違う――」

「貴方はなんでもできるし、不可能なんて無いから、勘違いしてしまうんですよね? 自分のことだけ考えて、やりたいことを優先させて、踏み潰したものは知らん振り。全能感に浸って、自分には他者を踏みつける権利があると思い上がって!」

「違う!」


 床下から、頭上から、左から、右から。

 ありとあらゆる形の黒い化け物が襲い掛かる。害意を持っているものもいれば、先ほどの蛇のように突っ込んでくるだけのものもいる。

 それらすべてを捌きながら、テオドアは叫んだ。

 真っ直ぐ、向こうにいる公爵だけを睨みつけて。


「――()()が母さんを不幸にしたんだ! お前の弱さが! あの人には平民らしい幸せがあったはずだ! 慣れない社交界に踏み入ったのも、子どもを諦めざるを得なかったのも、第一夫人たちに迫害されたのも、全部――お前のせいだ!!」

「黙れ、お前に何が分かる!!」

「分かってたまるか!! 愛してるからなんなんだ、愛した女は手前勝手に不幸にして良いのか!? 所詮、お前は――」


 テオドアは、一拍だけ置いて言った。


「お前は、誰も愛していない。()()()()()()()()()()()()()()()()()

「――っ黙れぇぇぇぇぇっっっ!!!!!」


 絶叫が響く。

 呼応するように、見覚えのある不定形の化け物が、テオドアの目の前に這い上がってきた。

 大きく〝口〟を開け、丸呑みしようと襲ってくる。喰われれば、第一夫人の死体のように、ただでは済まないのだろう。

 

 テオドアは、右手の剣を――

 離した。


「え」


 どこからか、間抜けな声が聞こえた。が、知ったことではない。

 美しい剣が、床に落ちるか否かの刹那。テオドアは無抵抗で化け物に喰われた。

 咀嚼音がする。骨が砕けるような不快な音が。


「あ――あ、あ」


 公爵は、初めて表情を動かした。

 目を見開き、呆然と唇を戦慄(わなな)かせ、その場にへたり込む。

 それでも、なんとか駆け寄ろうとしているのか。這うように手を伸ばす。


「そ、そんな――つもり――は、」


 喰い終えた化け物は、そのまま形を崩し、床に溶け消えた。

 後には何も残っていない。

 骨のひと欠片も、髪の一筋さえ。


 

「あ、ああ――ああああああああ!!!」


 

 この人も絶望とかするんだな。

 

 と、()()()()()()()()


 無防備になった公爵の背後に回り、『()()()()()

 そうして、鋭い『風』を纏わせた手刀で、ひと息のうちに公爵の首を落とした。

 

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