47.復讐を「していない」理由、そして
「どうして、あんな条件をつけた?」
王弟の屋敷の庭園には、見事なまでに花が咲き乱れている。
その庭園の隅で、テオドアと公爵は相対していた。
問われた意味が分からず、テオドアは目の前の公爵を見上げる。
相変わらず、表情からは、感情がさっぱり読み取れなかった。
「お前にとって――ローゼルとパウロは、良い家族ではなかったようだが」
「……公爵も、復讐しろと言うんですか?」
「そうじゃない。が、わざわざアイツらを気遣う必要もないだろ。お前は、特に」
「ああ……」
自分と話した後、彼らとも話す時間を設けて欲しい。
テオドアがそう言った意図を、図りかねているようだ。
「許してるのか?」
「――いいえ。それだけは、絶対にないです」
物心ついたときから、彼らにはさんざん酷い目に遭わされた。
第一夫人とツィロからは侮蔑を、パウロからは加えて、魔法や殴る蹴るなどの暴力も。
おそらく、テオドアが真に「テオドア・ヴィンテリオ」として生まれていれば、今ごろは極端に卑屈か怒りっぽい少年になっていたと思う。
――前世の記憶があってこそ、今の状況と、自分の恨みを、切り分けることができたと言おうか。
「さっきは、僕だけ貴方に優遇されると、後が面倒だと思っただけです。あの人たちのことは、嫌いです。恨んでいます。おそらくは、一生許しません」
「なら、どうして」
「……復讐の方法が思いつかないのが、本音です」
テオドアは、良い人間ではない。
すべての罪を慈愛で許す心など、持ち合わせていない。
だが、仮に復讐をするとして、どうすればいいのか?
同じように侮辱するのか? 完膚なきまでに痛めつけるのか? 王家に真実を打ち明けて罰してもらうのか? 洗脳して自意識を奪うのか?
それとも、許可を得て殺してしまうのか。
ダメだ。
どれもこれも、一瞬でカタがついてしまう。積年の恨みは晴らせない。
どころか、やり方を間違えれば、〝依代〟としての自分に泥を塗ることにもなりかねない。
「本当は、僕の手でやり返したいんですけど。僕はもう、一個人の感情で動いてはいけない身分になりました。……その自覚はあります。だから、今のところは、復讐のことを、あまり考えられていないです」
「そうか」
公爵は、じっとこちらを見下ろしたまま、頷いた。
「優しいな、お前は」
「……話を聞いていましたか?」
「ああ。テオく……テオドアくんは、立派な人間に育ったんだな」
「あの、呼び方、どっちもあまり変わらないですよ」
〝テオくん〟という呼び方を嫌がっている――ように見えたのだろう――から、〝テオドアくん〟と呼ぶ。
気遣いが少しズレている。今も、テオドアの指摘に首を傾げているし。
「……まあ良いです。それで、なんのご用ですか?」
「そうだった。俺がいない間の、リーザの様子を聞かせてくれ」
リーザ? と考えて、思い至る。
第二夫人――テオドアの母の名前だ。
身の回りで、彼女のことを名で呼ぶ人はおらず、テオドアも「母さん」とだけ呼んでいたので、忘れかけていた。
「それこそ、合間を縫って会いに来れば良かったじゃないですか」
「悪い。仕事が立て込んでいて、まともに帰れなかった。手紙は送ってたんだが、返事がなくてな」
十中八九、第一夫人の仕業だろう。
母が手紙を受け取っているところを見たことがない。あのボロ小屋にも、それらしきものは見当たらなかった。
第一夫人か、その勢力下の者が、手紙を勝手に差し止めて、処分していたに違いない。
「……豊かな暮らしではありませんでしたし、変わり映えもしない毎日でしたから、面白いことは言えませんよ」
「それでいい」
テオドアは、一度溜め息をついてから、母との思い出をかいつまんで話した。
幼少期のころから、ごく最近の話まで。自分の視点から見た、気丈に振る舞う母を――ひどい境遇に押し込められても、気遣いと笑顔を忘れなかった母を。
仕事をしているときや家事をしているとき、笑ったり叱ったりしているときのことを。
時系列もなにもなく、思いついた順に聞かせた。
――母とテオドアをいびっていた第一夫人たちの所業を、少し話の中に織り交ぜたが。許される範疇だろう。
公爵は、話を聞き終えると、「ありがとう」と言った。
「話が聞けて良かった。俺は、リーザのことを放っておいてしまったから。無理を言って妻に迎えておいて、結局は我慢を強いてしまった」
「……」
今度は、テオドアが、彼をじっと見る番だった。
今の口振りからして、公爵は、「自分と同程度の魔力持ちが生まれないことが嫌になって」帰ってこなくなったわけではないようだ。
どころか、魔力や魔法などに、まったく頓着していないように見える。
テオドアは、思い切って、口を開いた。
「公爵」
「なんだ?」
「僕に、魔力が無いと言われていたとき。貴方は、どう思っていたんですか?」
それは、もう一度生を受けてから、彼にいちばん問い掛けたかったことだ。
自分が魔力を潤沢に持っていたのなら、母はここまで酷い目に遭わなかったのではないかと、ずっと考えていた。
結果、魔力は「あった」のだが。
公爵が、魔力の無い自分をどう思っていたのか。本当に、母の苦難は自分のせいではなかったのか。
それが知りたい。
問われた公爵は、目を少しだけ見開いた。
そうして、口を開く――
「ヴィンテリオ公爵!! 〝依代〟さま!! どちらにおいでですか!!」
彼が答えるより早く、若い男性の声が、庭園に響き渡った。
だが、こちらを呼んでいるのに、姿が見えない。
テオドアが声のほうを振り返り、辺りを見渡していると、公爵が事もなげに指を鳴らした。
いきなり、二人の目の前に、神官服を着た男性が現れた。
彼は、体勢を崩して地面に突っ込み、公爵の足元に転がる。
――公爵が、遠くにいた彼を引き寄せたのだろう。今のは、魔法を使う気配すら感じ取れなかった。
「なにがあったんだ」
公爵が、青年神官を見下ろす。
蒼白の顔色をした神官は、土埃にまみれながらも、震える唇をなんとか動かして言った。
「よ――〝依代〟さまの、ご――ご、ご母堂が――」
「リーザが?」
「――な、何者かの手によって、攫われてしまいました!!」
知らせに来てくれた神官、曰く。
その時、『最高神の母神』の神殿にいた神官は、全員気絶。
いち早く意識を取り戻した者の証言では、犯人は女。
神殿内の、関係者以外は立ち入りを禁じられている区域を、悠々と歩いていたらしい。
見掛けない姿だ、と拘束しようとしたところ、目の前がものすごく眩しくなって、そのまま気絶してしまったのだとか。
また、ある者は言う。
「この世の者とは思えないほど、美しい女性だった」
――と。
「一度でも、例えすれ違っただけでも、絶対に忘れられない姿だった。あれは、人間にはあり得ない美貌だ。それに、存在そのものも、ひれ伏したくなる威容と、圧倒的な神気に溢れていた」
ある者は、ためらいつつも、こう断言した。
あのお方は、畏れ多くも、女神であらせられたのではないか――と。




