42.光の女神の暇潰し
王宮でも、大いに歓待を受けた。
今回は、国王とその家来たち、加えて神官たちが出迎えてくれた。
「まさか、わたしの代で、我が国出身の〝依代〟さまを目にすることができるとは!」
国王は、人目を憚らず感涙していた。
周囲の反応がそこまでないことを見るに、王が感極まって泣くことは、よくあることなのだろう。
国王と家来があらかた挨拶をした後に、神官がうやうやしくやって来て、長い口上と挨拶を述べる。
聞けば、今ここにいる神官たちは、王家が日々の祈りを捧げるための、王宮内にある神殿に仕えているのだとか。
「〝依代〟さまにおかれましては、『大祭』についてもご存知かと思われますが、今一度、ご説明申し上げます」
テオドアは頷いた。
山の上で聞いた情報と、齟齬がないか確認したかったからだ。
説明を願い出た神官は、心なしか額に汗を浮かべながら、静かに語りだした。
「『大祭』とは、〝依代〟さまの出身国が、神々に感謝し平穏を願い、〝依代〟さまを盛大にお祝いする祭りです。一年を通して行われますが、ずっと祭りがあるわけではなく、五つの儀式が主となります」
その儀式を経て、〝依代〟は正式に神々に認められ、天界に上がる権利を得る。一年の終わりには、〝依代〟を見送るため、国を挙げた大規模な祭りが行われる。
国民の中では、この最後の祭りを『大祭』と認識している者もいるとか。
今から一ヶ月後に、一つ目の儀式がある。
それが、ここ王宮の神殿で執り行われるのだ。
この国の候補者が神に認められました、と、王族の前で披露するためのものらしい。
「つきましては……御身に万が一がございませんよう、始めの儀式が終了するまで、我々の神殿にご滞在いただきたく思います」
「と言うと……お城の神殿に?」
「はい。外部の神殿と異なりまして、〝依代〟さま専用の滞在施設がございますから」
なるほど。王宮内の神殿ならば、誰に気兼ねすることもなく、「専用施設」も建てやすい。
まして、〝依代〟が決まったとき、儀式の間は近くに置いておくこともできる。嫌な言い方だが、動向が把握できるというわけだ。
そこまで考えて、テオドアは言葉を返した。
「分かりました。今日はこの後、僕がやらなければいけない予定はありますか?」
「いいえ、本日はこのまま、お休みいただけます。細かなことは、明日また、このような場を設けさせていただきます。そこでお伝えできればと……」
国王のほうへ視線を向けると、彼はまだ泣いていた。
それでも、話は聞いていたらしい。何度も首を振って頷いている。神官の話に間違いはないようだ。
すると、話がひと段落したのを見て取ったか、家臣の一人が進み出て、手を二度ほど打って言った。
「それでは、お部屋にご案内を」
その言葉を合図に、どこから現れたのか、美しい女性が数人、テオドアの前にやって来る。
着ている服は使用人のものだが、それにしてはきっちりと化粧をしているようだし、装身具もつけている。
爵位持ちの家の、ご令嬢たちなのだろうか?
明らかにご案内には多過ぎる人数だが、それを言い出す暇もなく、「さあ」と促される。
困惑しながらも、従って歩き出そうとするテオドアに、しかし、涼やかな声が遮った。
「お待ちください。ご案内ならば、私が務めさせていただきます」
誰あろう、精霊――に扮した、光の女神である。
彼女は、いつの間にかテオドアたちの傍に立っていた。柔らかな微笑みをたたえながら、なぜか牽制するように、女性たちをぐるりと見渡す。
「皆さまのお手を煩わせることはできません。私にも、お部屋の位置くらいは分かります」
「……命ぜられたのは私たちです。どなたか存じませんが、横から失礼ではなくて?」
女性のうちの一人が、たいそう気分を害した様子で言い放つ。声の端々に滲む刺々しさを、隠そうともしない。
あの……そのお方は、けっこう尊いお方なんです……。
とは言えず、どう収めていいかも分からず、テオドアは女性たちと女神とをおろおろと見遣った。
国王たち男性陣も、口を挟めずにいるようである。
敵意を隠さない女性たちにもまったく怯まず、女神は微笑んだまま綺麗に礼をした。
「ご挨拶が遅れました。私、下級精霊のルリネと申します。女神のご命令により、テオドアさまのお世話を仰せつかっております」
精霊、と聞いて、女性たちの顔にわずかな緊張が走った。
いくら下級とは言え、精霊は、人間より立場が上だ。辺境の地では、信仰の対象になっている精霊もいると聞く。
女性たちが二の句が告げずにいるのを、好機と見たか。女神はしっかりと畳み掛ける。
「お恥ずかしい話ですが、お付きになれたのも、女神のご厚意ですの。受肉の許可も頂きましたし……ですから、始めの儀式までは、私に譲っていただけますか?」
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「どうして、貴女さまがここに?」
渡り廊下で繋がる神殿よりも、二回りくらい大きい建物が、まるまるテオドアの滞在場所だった。
城よりは外見が無骨なものの、一人が泊まるだけにしては広い。部屋もいくつか分かれていて、なんだったら三階まである。
一階の奥には、祈りを捧げるためだろう、小さな祭壇があった。
テオドアは荷物を置くのもそこそこに、女神に詰め寄った。
つい先ほどまで、静々と大人しくテオドアを先導していた女神・ルクサリネは、意地悪く笑う。
「どうして、とは? 精霊が地界にいるのがそんなにおかしいか?」
「精霊じゃないでしょう」
「神気で身体を作っているのなら、同じことだ。受肉しなければ、神も精霊も、地界で姿を保つことは難しい」
やってやれないことはないがな、非効率だ。
と、ルクサリネは、祭壇の上に腰掛けた。
不敬な行いだが、女神本人でもあるので、まったく気兼ねした素振りがない。
「あの山の上は、ほとんど天界に近い場所だからな。受肉していない者も、長時間活動ができる」
「それは分かりましたけど……それと、ルクサリネさまがいらっしゃるのと、なんの関係が?」
「分からないか? 受肉は、かなり労力を使う」
そう言われて、テオドアは、女神が受肉した時のことを思い返した。
彼女を一柱、呼び出すだけで、大掛かりな儀式を行なっていた。詳しい事情は推測するしかないが、相当、人手もお金も掛かっているだろう。
ルクサリネは、優雅に足を組み、「精霊も神も、かかる労力は同じだ」と言う。
「ならば、ここに既に受肉した神がいるじゃないか。これを使わない手はない」
「だからと言って……」
「なにか問題が? 私が良いと言っているというのに?」
「横暴ですよ」
「神が横暴でなくてどうする」
ルクサリネは楽しげに笑い声を立てた。
そうだ、ここでいくら文句を言っても、神の決定に逆らえるはずがない。
テオドアは諦めて、深く溜め息をついた。
「……分かりました。でも、案内の女性たちから、仕事を奪ったのはやり過ぎです」
「なにを言う。私は、お前を守ってやったんだからな」
今度は、女神が、呆れたように息を吐いた。
「気付いていたかは知らないが、あの女たちは王宮側の仕込みだ。あんなに着飾る使用人がいるものか。隙を見てお前を襲うつもりだったんだろう」
襲う、という物騒な単語が飛び出てきたので、テオドアは身を強張らせた。
〝依代〟に選ばれたものの、テオドア自身は、自分が強いとはまったく思っていない。魔法は初歩の初歩しかできないし、魔術の理論がさっぱりなのも変わらない。体術や剣術は言わずもがな。
刺客に襲われた時、咄嗟に切り抜けることができただろうか――と考えたところで、女神が首を振っているのが目に入った。
「……だいたい考えていることは分かるが、違う。あの女たちは、お前の子を孕むために当てがわれていた」
「孕、――」
「良い加減、自分が重要な存在になったことを自覚しろ。〝依代〟の血を継ぐ子は、それだけで権勢の道具になる。野心のある家臣や傍流の王族、果ては自分が王となりたい貴族などにとって、自分の娘の貞操を差し出してでも欲しがる価値があるものだ」
――娘たちの方も、あの様子を見るに、無理に駆り出されたわけではないのだろうな。女として、お前に侍る気が満々だった。
血の気を無くして棒立ちするテオドアに、ルクサリネは続けた。
「あのまま流されていれば、あの女たちは世話係も買って出て、まあ……今晩か明晩には、お前の童貞は失われていただろう。それが良かったか? 胤を搾り取られる二週間が良いなら、今からでも――」
「いえ大丈夫です本当に助けてくださってありがとうございます」
テオドアはひと息で言い切った。
子種を搾り取られる――つまり、多くの女性と愛を交わすということ。
男の夢を体現した生活なのだろうが、性行為とは体力を使うものだと聞くし、一晩で数人の女性を相手して、平等に「愛し切る」自信がない。
子を孕むというのも、すべてが計画通りに行くとも限らない。しかも、二週間の短期間だ。
全員が子を授からない可能性がある以上、テオドアとしてはどうしても、乗り気になれないものがあった。
(あの女性たちの意思を、無碍にするわけではないけど……)
もし目的が達せられなければ、テオドアは、ただ無闇に女性の貞操を食い荒らした人間になってしまう。
あと、普通に、『大祭』に集中したい。
そういうわけで、危ないところを救ってくれた女神には、感謝しかないのだった。
すると、ルクサリネは、なぜか不服そうに眉を寄せた。
「……前から思っていたが、お前、女に興味は無いのか?」
「あ、あるにはありますよ。でも、いきなり迫られるのはちょっと。どうして良いか分からなくなりますし、こういうのは段階を踏んでするものかと……」
「ふうん。つまり、段階を踏んで迫れば一考の余地があるのか」
「念を押さないでください。怖いです」
なにやら妙なことを企みそうである。
女神は、「私の本領が試されるな。どんな女を見繕おうか。暇潰しにはぴったりだ」と、意気込んでいる様子。
本領もなにも、貴女は『光』の女神さまでは? あと、やっぱり暇潰しなんですね? と思ったが、賢明なテオドアは、口を挟まずにいた。
「いろいろと言ったが、ここでは私は『光の女神』ではない。精霊のルリネだ。お前もそのように扱うように」
「はあ……分かりました」
上機嫌な女神に、釈然としないながらも、テオドアは頷いた。
『大祭』の一年を無事に終えられるのか、少し不安になってきていた。




