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最高神の〝依代〟 〜転生後も不遇で虐げられた公爵子息の、最高神成り上がり譚〜  作者: 蒼波季京
第一部 第五章 第三の試練『悪竜のいる小国の再建』

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35.第三の試練・中編(下) ライルインを悩ませる悪とは

 重ねて言うが、その婦人は美しかった。

 もちろん――美に優劣をつけるわけではないが――人間の中で、という担し書きがつく。


 テオドアとて、男である。

 裸の美しい女性に迫られて、まったく興奮を覚えないかと言われれば、嘘になる。


 だが、それよりも、困惑が優った。


「どこに触れてもよろしいのですよ。僭越(せんえつ)ながら、わたくしが手ほどきをさせていただきますから……」


 白い手が、そっとテオドアの頬に触れる。

 冷たい。およそ、血の通っている温度ではなかった。

 視界いっぱいに広がるなめらかな肌。視線をずらすと、扉の前に転がされた少女が、精一杯に自らの身をよじらせ、叫ぶばかりに呻いている。


 少女の足は拘束されていないはずなのに、ぴくりとも動いていない。

 魔法か魔術を掛けられているのだろう。


「どこを見ていらっしゃるの?」

「う……」


 さらに近づいてきた女性が、蠱惑的に囁く。

 決して、抱きついてきたりはしない。奥ゆかしさを見え隠れさせつつ、こちらが()()()()()くるのを待っている。

 テオドアは――ゆっくりと、右手を上げた。


 女性の首筋に、優しく触れる。彼女は目を細め、なにかを言おうと、口を開きかけた。

 声が発せられることはなかった。

 


「――ごめんなさいっ!」



 テオドアは叫び、なんとか魔力を操って、指先からごく微量の電気を流した。

 バチッ、と小さな閃光が首筋を跳ね、女性の身体が崩れ落ちる。

 それを受け止め、肌の柔らかさを気にしないように努めつつ、自分の外套を巻いて寝台に寝かせる。

 念の為に手をかざして息を確認したが、気を失っているだけのようだった。


「今、縄をほどきます」


 テオドアは、少女に駆け寄って、手の縄と口の猿轡(さるぐつわ)を外してやった。

 少女はゆっくりと身を起こし、自分の手が動くことを確認してから、テオドアを見た。


「失礼ながら、……その。手を貸していただけませんこと?」

「手を?」

「ええ。私、あそこにいる母に、足を痺れさせられてしまったのです。あと一時間はまともに立てませんわ」

「分かりました」


 やはり、彼女たちは親子だった。母親が、自分と娘をテオドアに「献上」するために、娘が抵抗できないよう魔法を掛けたのだろう。

 テオドアは、部屋の隅にあった椅子を持ってきて、少女を抱え、そこへ座らせた。

 あまり触れてほしくないだろう、と思ってそうしたが、正解だっただろうか。


 少女は、心なしかテオドアと目を合わせないまま、口を開いた。


「このような形でお目見えすることを、心底残念に思いますわ、候補者さま。私、ライルイン伯爵が娘、フィナリラ・ルータ・ライルインと申します」


 足が動かず、椅子に座ったままであるにも関わらず、フィナリラは優雅に礼の形をとった。

 小国だと侮るなかれ、と、挑戦的な雰囲気も垣間見えるが、丁寧な教育を受けたのが分かる仕草だった。

 テオドアも居住まいを正して、名乗り上げた。

 

「アルカノスティアから参りました、テオドア・ヴィンテリオです。……その、お母さまは……」

「父も母も、乱心しているのです。憎きロムエラの手によって」


 フィナリラは静かに言い切った。

 表情は平静を保っているが、膝の上に乗せた手が、ぐっと握り込まれたのが見えた。


「この家は――いいえ。この国は、今や、ロムエラの手の内にあります。助けを求めても無駄なこと。この国には、知らず知らずのうちに精神を支配された、哀れな者しかおりません」

「精神を支配……?」

「候補者さまは、この国で出された食べ物を、お召し上がりになりまして?」


 テオドアが頷くと、フィナリラはこちらをまじまじと見て、「大丈夫そうですわね」と、ほっと息を吐いた。


「稀に、『洗脳』の効かない人間がおります。私はその一人です。候補者さまも――そういったものには掛かりにくいのでしょう」


 食事のときのことを思い返す。

 なにかを食べるたび、頭に響いていたあの音は――やはり、精神を支配して操ろうとしていた術を、弾き飛ばしていた証なのだろう。


 少しずつ、現状が分かっていく。テオドアは、ごくりと喉を鳴らし、静かに尋ねた。


「この国の食事に、なにか、細工が施されているのですか?」

「食事に、と言うと、少し違いますわね。厳密には――」


 フィナリラは言葉を切り、わずかにためらうように、視線を泳がせた。

 だが、それも一瞬のこと。すぐに視線を戻し、感情を排した声で続ける。


「この国の生命をまかなう水、『湖』に。おぞましい呪いが掛けられているのです」




 フィナリラは、一からすべてを話して聞かせてくれた。


 五十年ほど前――自分の祖父が当主だった時分に、ライルインは、聖ロムエラ公国の庇護下となった。

 ライルインは、一応の独立が認められた「自治領」となる。当時は国王の座をいただいていた祖父は、ロムエラに認められた「伯爵」となった。


 そこから、聖ロムエラ公国からの干渉が、始まった。


 初めはまだ良かった。一定の距離を保てていたように思う。『儀式』の秘匿は守られ、大国の庇護の元で支援も受けられる。

 王家ではなくなったものの。「民の安心が第一」と、伯爵家の者は皆、そう思っていた。


 転機は、十年前である。

 聖ロムエラ公国から申し出があった。


「貴方がたが千年も守り通しておられた『儀式』は、後世にも残さねばならぬ素晴らしいものです」

「そのご支援ができないかと思い、優秀な人材を取り揃えました」

「どうぞ、使えると思ったら使い、使えなければ聖ロムエラ公国(こちら)に送り返してください」


 その時には、伯爵は、フィナリラの父に代わっていた。

 伯爵は、いきなりの申し出に、もちろん断った。万が一にも、『儀式』のことが漏れてはならない、と考えたのである。

 しかし、ロムエラは、こういうところが目敏(めざと)かった。


「『儀式』の秘匿を破るつもりはありません。なんなら、下働きでこき使っても構いません。()()()()()()()()()()()、湖には近寄りません。約束します」


 そこまで言うのならと、人の好い伯爵は、ロムエラからの人材を迎え入れた。


 彼らは良く働いた。ある者は屋敷で下働きをし、ある者は下級兵士として上官によく仕えた。市民に溶け込んで、一から生活を始める者もいた。

 その姿をよく見て、伯爵夫妻は、「彼らに邪気はない」と判断を下した。

 それから徐々に、彼らを取り立て、重要な仕事を任せるようになった。




「それが、過ちでしたわ」


 フィナリラは、ほう、と溜め息をついた。


「――ロムエラの者たちは、私の父、伯爵に取り入りました。そして、少しずつ、洗脳していったのです」

「それは……魔法で?」

「いいえ。それでは、母に勘付かれてしまいます。母は、人を操る『精神魔法』をひどく恐れていました。なぜかは存じませんが、過去にそのようなもので被害を(こうむ)った経験があるのでしょう」


 洗脳のやり方は、簡単だが、効き目が薄いもの。

 ――薬である。


 初めは、伯爵夫妻の食事に混ぜた。

 劇的に効き目がある薬では、洗脳の掛かりが甘い時に、違和感を抱かれかねない。だからこそ、彼らは根気よく、伯爵夫妻を薬で洗脳していった。

 自分たちに信頼を置くようにし、疑心を完全に無くし、言うことを聞くように仕向けたのである。


「……貴女は、よくご無事で」

「ええ……。皮肉なことに、私は、母が熱心に教え込んだ『反精神魔法』を、よく会得しておりましたから。もともと、素質はあったのかもしれませんが」


 彼女は、家族の中でただ一人、洗脳に抗えた人間だった。

 しかし子どもの、しかも娘の身分では、なにもできない。「私が男児であったら違ったかもしれません」と、フィナリラはわずかに眉をひそめた。


「……父は、ロムエラの者たちに、『湖』へ立ち入ることを許可いたしました。彼らは、湖に()()()呪いを掛け、今度は国民を洗脳しにかかりました。そして、数年が経って――」

「ロムエラの目論見は達成された……国民はなにも疑わず、日々を暮らしている……」


 テオドアは小さく呟いた。


 すべての違和感に、答えを出された気分だった。

 誰かの意思が介在していそうな国民たちと、屋敷でずっとテオドアたちを()()していた使用人たち。

 十年もの年月を使って、少しずつ、意にそぐわないものを排除していったのだろう。「洗脳の掛かりが甘い者」などを、突然死に見せかけて殺したりして。


 使用人だって、ロムエラの息が掛かっていない者を、少しずつ減らしていったのかもしれない。

 今や、この屋敷に、ロムエラの目から隠れる場所がない、とすれば――


 目の前の少女は、数年間、孤独な戦いを強いられていたことになる。


「……では、湖に悪竜が、というのも、ロムエラの嘘なのですね? 呪いを掛けた湖に、誰も近寄らせないために……」


 すると、フィナリラは、言いにくそうに黙った。

 何度か、言おうとしてはためらい、声を出そうとして詰まる。

 よほど言えない事情があるのだろう。


「あの、無理に答えていただかなくても……」

「……いえ。言いますわ。言わせてくださいまし」


 フィナリラは、きりりとした表情を作り、テオドアを見上げた。今度はしっかりと目が合っている。

 覚悟を決めた瞳だった。


「これは、私たちの『儀式』にまつわる重要な機密です。どうぞ、他言無用でお願いいたします」

「はい」

「……湖には、『豊穣の女神』さまがお産みになられた、『尊いお方』がいらっしゃいます。私たちライルイン家は、代々、そのお方に忠誠を誓い、『豊穣の女神』さまを奉じます」


 テオドアは、怪鳥に乗りながら聞いた、神話のことを思い出す。


 『豊穣の女神』が人間の男と夫婦になり、十三人の子を産んだ。

 いちばん初めに生まれた娘は、人の姿をしていながら、水の中でしか生きられなかった。

 ゆえに、彼女は湖に住んだ。

 彼女は、人ならざる長寿をも得ていた。


 なるほど、あの神話は、そうやって今に繋がっていたのか。


「ロムエラの――目的は、おそらく、『儀式』の際に『尊いお方』がお授けくださる魔石です。厳密には、魔石ではなく、『豊穣の女神』さまの加護を、形としたものなのですけれど」


 その『加護』のおかげで、ライルインは小国でありながら、豊かさを保ってきたのだという。

 『加護』を手に入れて、ロムエラがどのように使おうとしているのかは、分からないようだが。


「その……そのお方を、()()()()は……っ!」


 フィナリラの表情が、初めて、怒りで歪んだ。

 いや、これは……泣きそうなのを、我慢しているのかもしれない。

 彼女は、血を吐くように、続ける。


「強い呪いで、醜い竜に変えて……っ! あ、あの湖に、封じ込めたんです! りゅ、竜になったあのお方から、ひどい呪いを撒き散らすように、細工もして! それが、湖の水を汚染してて、だ、だからっ……!」

「……竜に仕立てて、本当に呪いを撒き散らさせれば、悪竜がすべての元凶に見える。それを討伐させて、表向きにも解決をすれば、ますます問題は見えづらくなる。そういうことですね?」

「――!」


 フィナリラは、とうとう、大きな瞳から涙をこぼした。

 後から後から止まらず、しゃくり上げて泣き始める。

 その姿は、テオドアとそう年の変わらない、ただの少女にしか見えなかった。




 ――さて。どうしたら良いだろう。


 テオドアは、その場で跪くと、大泣きする少女を見上げながら考える。


 これは、正直、テオドアの手に余る問題だ。

 思い返せば、『第三の試練』では、「悪竜を倒せ」とは言われていない。「悪竜に悩む東方の小国を()()()()」だ。

 つまり、『試練』は、あくまでも「ライルインを建て直す」ことに重きを置かれている。


 ――建て直せるのか? なんの権力もない自分が?


 聖ロムエラ公国の暴挙を、暴くことはできるだろう。

 しかし、地界ではなんのコネもツテもないテオドアの言うことなど、無視されるか、しらばっくれられるに決まっている。

 仮に、それを認めさせたとしても、根本的な解決にはならない。

 今度のロムエラは、もっと、バレないように、上手くやるだけだ。


 解決の糸口は、ないでもないけど――


「……」


 迷いは一瞬だった。

 こちらの気持ちや、()()()()()()()()()()()()()()()、など、大した問題ではない。


 今は、彼女たちを救うことが先決だ。


 テオドアは、少女が落ち着いてきた頃合いを見て、穏やかに切り出した。


「事情は分かりました。必ず、お助けします。貴女も、伯爵夫妻も、国民も、――その、『尊いお方』も」


 その上で、いくつか、お伺いしても良いですか?

 そう聞くと、フィナリラは、黙って頷いた。


「『洗脳』とは、具体的に、どのように人を操るのでしょうか?」

「……その人間の〝思い込み〟を、少しずつ強化していきます」

 

 例えば、誰かを「良い人だ」と、ほんのわずかでも思っていれば、だんだん好意が増していって、その人のことしか信じられなくなる。

 ……厄介な洗脳だ。

 ならば、「悪竜が元凶だ」と思い込んでいたルチアノは、夕食によって、その認識を増したことだろう。

 だが、入り込む余地は、まだある。


「貴女が、洗脳に掛からず正気であることを、誰かに悟られていますか?」

「……いいえ。普段は、洗脳されたふりで、ロムエラの者たちに良きように振る舞っていますわ。私すら洗脳に呑まれてしまったら、本当におしまいだと思いまして」


 でも、今夜は、貴方さまに侍るようにと、母から強制されて。

 咄嗟に拒否してしまって、拘束されておりましたの。


 と、フィナリラは、沈んだ調子で付け加えた。


 おそらく、ロムエラの面々は、ルチアノにこそ『試練』を突破して欲しいのだろう。

 何故かは、分からない。自国の候補者が棄権したからかもしれない。

 そして、邪魔なテオドアには伯爵夫人と娘を当てがって、肉欲に溺れさせ、『試練』に向かわせないようにした。


 ……もし、自分も『洗脳』されていたら、どんなにひどいことになっていただろう。

 考えただけでぞっとする。


「『洗脳』の内容は、洗脳する側の匙加減で、変えられるものなのですね?」

「ええ、そのようです」

「分かりました。では――最後に。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「あの……、なにをなさるおつもりですの?」


 フィナリラが、不安そうに問う。

 テオドアは、安心させるように笑った。



「ご心配なく。誰も傷つけません。――少し、芝居を打とうと思いまして」

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