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最高神の〝依代〟 〜転生後も不遇で虐げられた公爵子息の、最高神成り上がり譚〜  作者: 青波希京
第一部 第五章 第三の試練『悪竜のいる小国の再建』

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30.雛と女神と恋愛話

「よく来たな。お前の子どもたちは預かった。返して欲しければ、大人しく私に恋愛話をしろ」

『キャー』

『タスケテー』

「……なんなんですか、これ?」


 テオドアの屋敷、その庭園。

 穏やかな流れの川のほとりに、光の女神が腰掛けている。

 両腕に抱えているのは、ずいぶんと丸くなった二羽の雛。ふわふわの羽毛を震わせて、腕から逃れようと羽をばたつかせているように見えるが――動きはどこかわざとらしい。

 いや、それよりも……。


「待ってください。雛たち、喋るようになったんですか?」

「思念を直接、相手の頭に伝達している形だがな。怪鳥ネフェクシオスが人語を話すなど、千年を遡っても類を見ない。人間の魔力で孵ったからこそ、ここまで知能が優れているのだろう」

『メガミ、なまいき!』

『メガミ、えらそう!』

「実際に偉い。生意気を言う雛は離さないからな」

『キャー!』

『アハハハハ!』


 女神にぎゅうと抱き締められて、雛たちは無邪気な笑い声を上げる。少し前までは、敵か仇かとばかりに(つつ)いていたというのに。

 女神は、雛の喉元を撫でてやりながら、「お前が倒れていたときは大変だった」と言った。


「毎日、母鳥のところに通っていたお前が、急に現れなくなった。雛は、私がお前を囲っていると思ったらしい。抗議のために毎日やって来た」

「囲、……え?」

『メガミ、ママのてき!』

『パパ、ママのもの!』

「僕は誰のものでもないよ……」


 辛うじて反論すると、女神は笑った。


「退屈はしなかった。子守りの気分を味わえたからな。おかげで、こいつらが初めて喋るときも、私が立ち会うことができた。残念だったな、パパ?」

「くっ……なんだか分からないけど、ちょっと悔しい……!」

「あはは。第一声は『パパ』だったぞ。『メガミ』でも良かったんだがな?」

『よばない! メガミ、よばない!』

『メガミ、いじわる! ボクたち、おこってる!』


 と言いつつ、女神に懐いているようなのが、子どもというか、迫力がないというか。

 女神がぱっと腕を開くと、雛たちは一直線に、テオドアのもとへ向かってきた。

 

『パパ、けが、なおった?』

「……うん。心配かけちゃったね」

『ママ、まってる! いこ! いこ!』


 飛びながら、テオドアの服の袖をぐいぐい引っ張る。

 雛に言われずとも、今から怪鳥のもとへ向かう予定だった。そこで通りかかったのが、この川辺というわけだ。

 だが、ここで女神が、おかしそうに含み笑いをしながら言う。


「お前たちを解放したのだから、パパはこれから私に恋愛の話をしなくてはならない。さっきも、そう約束しただろう? 悪いが、少し待っていてくれ」

『ア! ひきょうもの! ひきょうもの!』

『ずるい! ずるい!』

「あはははは。最後には知恵者が勝つ。覚えておくといい」


 女神の周りをバタバタピィピィ抗議して回り、しかし意外にも聞き分け良く、雛たちは飛び去っていった。母鳥のもとへ帰るのだろう。


『パパ、うわきもの!』

『ママに、いいつける!』

「う、浮気者……?」


 不名誉すぎる称号である。

 しかし、訂正しようにも、彼らは既に遠い。

 あとで母鳥に会うのが恐ろしい、と思いながら、テオドアは女神の隣に腰を下ろした。

 澄んだ川面を眺めて、言う。


「ありがとうございます、ルクサリネさま。雛たちの面倒を見ていただいていて」

「なに。退屈は(しの)げたと言っただろう、気にするな。あんなに無邪気な子どもというのも、新鮮だった」

「そう、ですか」

「ああ。天界には、例え子どもの見目でも、数百年は生きている者しかいない。可愛げがない」


 と言って、女神ルクサリネは、ふうと溜め息をついた。


「そういえば、雛に名前は付けないのか? ただ雛、と言うだけでは、どちらを指しているかが分からない。ややこしいだろう」

「……いずれは、自然に帰るので。愛着が湧いては、お互いに困るだけです」

「ふぅん? ……まあ、そこは親子で話し合え。間違っても、お前の意見だけを押し付けるなよ」

「はい」


 雛の今後は、いずれ必ず考えなければならないことだ。

 母鳥が、テオドアの魔力で、残りの卵も孵そうとしている以上――五羽の面倒を見ることになる。

 母鳥を加えれば、六羽か。

 身近にいるので忘れがちだが、彼らは人間に狙われる立場だ。悪意ある者に捕まればどうなるかも分からず、最悪は殺されることだってあり得る。

 

 無責任に連れ帰ることはできない。

 あの巨体を、将来的に六羽抱える場所も、ない。

 

 だから、雛がある程度育ったあとは、彼らには野生に戻ってもらうのがいちばん良いと思っている。

 

(そもそも、公爵家に、僕の帰る場所はあるのか……?)


 試練の先、地界に戻ったときのことにまで、考えが及びかける。

 それを、女神の声が遮った。


「ずいぶんと男前になったじゃないか。『第二の試練』前とは別人のようだな」


 驚いて、女神のほうを見る。彼女は、三角座りの膝に頭を乗せ、こちらに顔を向けて見返した。


「覚悟が決まった目をしている。自分の行く道を定めたか」

「――はい」

「それは良い。魔法を使えるようにもなったんだろう? 『試練』を終えても、お前は自分の力で立って生きていける」


 それから彼女は、ふっと目を閉じた。

 涼やかなせせらぎと、穏やかな陽気。女神の銀の髪が、いっそうきらめいていた。


「……お前は、前も今も、〝女神〟に振り回される人生だな」

「それは……」

「恨んではいないのか? 私のことも――三女神のことも」


 急に三女神のことを挙げられて、どきりとする。


 前世のテオドアが死んだあと、彼女たちは共通の夫を迎え、楽しくやっている。――と聞いた。

 百年も経てば、普通の人間なら死に近しくなるだろうが、『知恵と魔法の女神』が工夫をしているのかもしれない。


 求婚した自分を差し置いて、別の男と契った。同時進行で求婚を受けていた疑惑もある。

 それを、虚しく思わなかったわけではない。

 だが。


「前世の僕は、もう死んでいるので」

「……」

「女神さまたちが、死んだ人間に(かかずら)う理由は、ないはずです。本当に夫婦になっていたのなら、ともかく……僕に義理立てをするはずがない」

「神獣に噛み殺されたのは……どうだ? 気まぐれで殺されたのかもしれないだろう」


 テオドアは、唇の端に軽く笑みを乗せた。

 自嘲のつもりはないが、そう見えるかもしれない。

 

「そもそも……初め、僕は、求婚したつもりはなかったんです」

「そうなのか?」

「はい。ただ、女神さまを一度に三柱も拝見できて、舞い上がって……お三方と死ぬまで一緒にいられたら、素敵だろうなって思ってしまいました」


 それを、『夢と眠りの女神』が、〝それは求婚か〟と問うてきて。

 ――そうなのかもしれない、と思って、頷いた。

 恋も愛も、友情すら知らない、愚かで孤独な男の運命が、決まった瞬間だった。


「それから、一日の試練を乗り越えるたびに、お三方と話をする権利を得ました。そのうちに、だんだんと、お三方のことを知っていって……とても愛おしく思えてきたんです」

「三人を、か?」

「はい。そのすべてが。それは、今でも変わりません」


 これが愛なのか恋なのか。それとも、親愛なのか。

 種類は分からないけれど、テオドアは確かに、彼女たちを愛していた。

 例え、三柱の女神から、どうとも思われていなかったとしても。むしろ、嫌われていたって。

 幸せを願えるくらいには、愛してしまっていた。


「……と、格好をつけてみたんですが、これに気がついたのはすごく最近なんです。死にかけてみて、初めて、この気持ちに整理がつきました」


 テオドアが照れて笑うと、ルクサリネは、緩く瞼を持ち上げた。

 美しく緑がかった瞳が――気のせいだろうか、わずかに揺れているようにも見えた。


「熱烈だな。聞いているこちらが恥ずかしくなってくる。……お前のような良い男を逃して、三女神は本当に惜しいことをした」

「はは、ルクサリネさまにそう言っていただけるなんて、光栄です」

「……私は……」

「ん?」

「私のことは……恨んで――」


 そこで、女神は口ごもった。

 唇を引き結び、視線を落として、なにかを考えていたかと思うと。次の瞬間には、もういつも通りの笑みが戻っていた。


「いや、楽しませてもらったよ、お前の恋愛話。なかなかどうして、一途じゃないか」


 今の様子は、触れないほうがいいだろう。

 テオドアは、なにも気づかないふりで、明るく切り返した。

 

「三柱を同時に(めと)ろうとした男が、一途というのもおかしな話ですね」

「自分で言うのか? まあ……その通りだが。平等に愛して、全員が納得ずくなら、良いんじゃないか」

「納得どころか、殺されてしまいました!」

「ははは。それをネタにするのは止めろ。笑えないだろう」

「今、笑っていましたよね?」


 そうして、どちらからともなく、笑い合う。

 気分の上がったテオドアは、「そうだ」と、思いついて言った。


「僕の話もしたんです。ルクサリネさまも、ひとつ、恋愛のお話を聞かせてください」

「私の?」

「はい。初恋でも、片想いでも、もちろん両想いでも」

「……」


 すると、女神は黙って身を起こした。

 真っ直ぐに前を見つめる。川の向こうの、森の奥を。

 その横顔は――笑みをたたえていても、どこか、寂しげだった。


「さあな、千年も生きているんだ。――もう忘れてしまったよ」

 

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