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最高神の〝依代〟 〜転生後も不遇で虐げられた公爵子息の、最高神成り上がり譚〜  作者: 青波希京
第一部 第三章 第一の試練『怪鳥の卵』

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22.押しかけ女房(鳥)

 巨大な巣の中で、テオドアは、怪鳥が卵を温めるさまを眺めていた。


 既に、外は暗い。夜になっている。

 けれど、その中にあって、二羽の雛たちはとびきり元気だった。


 巣の床に腰を下ろすテオドアの周りを、ピィピィチィチィさえずりながら飛び回っている。普通の鳥とは違い、怪鳥ネフェクシオスの雛は、生まれた瞬間から飛ぶことを知っているようだった。


 雛は思い思いにテオドアに向かって鳴き――鳥の言葉は分からないのだけど――母親のもとに飛んではじゃれつき、くるくると二羽だけで遊び、またこちらへと戻ってくる。

 テオドアも、肩に留まったのを撫でたり、膝に噛みつくのをやんわりいなしながら、適度に構っていた。


 しかし、ここに至るまでは、怒涛(どとう)の十日間だった。と、テオドアはしみじみ振り返る。


 実は、ここは、ヴェルタ王国の山ではない。

 テオドアに与えられた屋敷の、庭園である。




 二つの卵を意図せず孵してしまったあと。テオドアは卵を返すため、ルチアノとともに怪鳥の背に乗って、山の上に戻った。


 だが、いざ袋から卵を出そうとすると、なぜか、母鳥自身がそれを阻止する。


 どころか、くちばしでテオドアの背をぐいぐい押して、残った二つの卵も持たせようとした。

 言葉はなかったが、テオドアが慎重に卵を抱え上げるまで、じっとこちらを見下ろして圧を掛けていた。

 仕方なく、袋に入った卵はルチアノに預けたまま、二人と一羽は仲良く山を降りたのだった。


 事情を話すと、女神は美しく微笑んだまま言った。

 

 「なんと素晴らしい。種族を超えた愛だな」


 だが、曲がりなりにも交流を重ねていたテオドアには、彼女がこの状況を心底楽しんでいることが、手に取るように分かった。


 こうして、ネフェクシオスとその子どもたちは、テオドアの屋敷にまとめて引っ越してきたのである。

 

 屋敷の庭園には、例の『骨砕きの樹』が一本、移植された。「ここも高い山の上だ、適した環境ではあるだろう」と女神が許可を出し、屋敷の使用人たちが異様に張り切ってしまった結果だ。

 ちなみに、どうやって移植したか、詳しいことは分からない。

 テオドアが怪鳥とともに屋敷へ帰還し、女神と精霊がなにやら話していたことは知っているが。

 夕食を終えて外に出ると、庭園には既に、『骨砕きの樹』がそびえ立っていた。

 

 ネフェクシオスは、そこに一晩で巣を作った。

 そうして、毎晩、テオドアと雛の交流の場を提供している。


 拒絶など、できようはずがない。雛たちが毎日律儀に飛んできて、テオドアの服の裾を引っ張って連れていこうとするからだ。

 断ると雛たちがうるさく鳴くので、テオドアは一日も欠かさず、夕食後に巣を訪れていた。


 


 こんな生活が始まって――つまり第一の試練が終わって、十日になる。


 テオドアは、両肩に留まってピィピィお喋りをする雛たちの声を聞きながら、卵を温めるネフェクシオスを見上げた。

 彼女は、目を閉じて、巣の中央にうずくまっている。


「お腹、空かない? なにか持ってこようか」


 ネフェクシオスは瞼を上げ、こちらへ少し顔を向ける。

 それから、ゆっくりくちばしを寄せてきて、テオドアの頭をちょんと突いた。


「うわ」


 彼女なりに優しく触れたつもりなのだろうが、体格が段違いだ。テオドアは衝撃に耐え切れずに、後ろへひっくり返った。

 肩に乗っていた雛は、揃って驚いて空中に逃げ、抗議するように高く鳴いた。


「ごめん、ごめんって」


 慌てて起き上がると、雛たちはまた、テオドアの肩に収まった。

 地味に重いのだが、まあ、好きにさせてあげよう。

 再び、母鳥を見上げる。彼女は元の体勢に戻って、自らの羽毛に顔を埋めていた。


(ご飯は大丈夫、ってことなのかな……? 卵を抱えている時期は、なにも食べないらしいって、ルチアノから聞いたけど……)

 

 ルチアノは、本人の言っていた通り、怪鳥に関する詳細な資料を持っていた。

 なんでも、数十年ほど前のヴェルタ王国に、ネフェクシオスに異様な執着を見せた研究者がいるらしく。その資料がつい最近、発見されたのだとか。

 

 それによると、怪鳥のメスは、気に入ったオスが来訪するまで、卵を〝孵化に最適な温度〟に高めようとする。別に温めなくても孵るときは孵るが、温めていたほうが確率が高いらしい。

 

 ここに来た当初、怪鳥は執拗に、テオドアを卵へ触れさせようとしていた。

 おそらく、他の三つも同じ魔力で孵化させたかったのだろう。

 だが、それはできなかった。

 テオドアは、魔力の使い方、魔法のコツを、さっぱり掴めていなかったのだ。

 

 あのときは普通に使えていたというのに、改めて使おうとしても使えない。あのときは魔法を使ったと言うより、魔法に魔力を使()()()()()()ような気さえする。


 恐る恐る怪鳥にその旨を伝えると、彼女は無闇に卵に触れさせるのを辞め、今度は大事に卵を温め始めた。

 諦めたのではなく、テオドアが魔力を自由に扱えるようになるのを待っているのだろう。


 ひとつ、魔力を「使えるようにしなければならない」理由ができてしまった。


(いくら彼女が丈夫だとはいえ、ずっと卵を抱えるとなると……彼女の身体にも毒だろうし、卵も危ういし……)

 

 どうしたらいいものか、と、考え込んでいると。

 

 両肩の雛が、不意に飛び立ち、巣の出入り口のほうへ向かっていった。

 怪鳥も、顔を上げてそちらを睨むので、つられてテオドアも顔を向けた。

 

 日の落ちた暗闇の向こう。薄く光をまとった女神が、こちらを覗き込んでいる。


「女神さま……?」

「一家団欒を邪魔してすまないが、少し――」


 と、雛の一羽が女神の顔にぶつかった。

 その隙に、もう一羽が女神の肩に留まり、銀の髪をぐいぐい引っ張る。


「わーっ、待って、ダメだよ!」


 急いで駆け寄って、二羽まとめて抱きかかえる。腕に閉じ込められた雛たちは、やはりピィピィ抗議してきたが、テオドアは構わず頭を下げた。


「申し訳ありません! あの、お怪我は?」

「構わない。子どものやることだ、可愛い嫉妬じゃないか」


 女神はくすくす笑いながら、手櫛で髪を整えた。

 それから、テオドアの後ろに向かって、少し大きな声で呼びかける。


「ネフェクシオス、お前の夫を借りてもいいか?」


 夫じゃありませんって、と小さく抗議する。

 試練が終わってから、時々こうしてからかわれる。人間が怪鳥の卵を孵したなんて、女神からすれば面白くて仕方ない話なのだろう。

 女神は、こちらをちらりと見下ろした。


「では、雛たちの父親か」

「父親、かもしれませんが、そもそも不可抗力で――」

「分かった分かった。薄情なパパだな」

 

 ひらひら手を振りながら、女神はテオドアを軽くなだめる。

 そうして再び、ネフェクシオスへ視線を向けた。


「どうだ、不都合はあるか?」

 

 すると、怪鳥は「勝手にしろ」とばかり、ふいと顔を逸らした。


「聞き分けの良い妻だな。それに甘んじてつけ上がると、痛い目を見るだろう。気を付けるといい」

「どういう意図の忠告なんでしょうか、それは……」

「ただでさえ、お前は女に()()()()()()()()性分をしている。無駄な揉めごとを抱えるのは得策ではないだろう?」


 なんだかよく分からないことを言いながら、女神はテオドアを、巣の外へ連れ出した。

 当然のように着いてこようとした雛は、こんこんと言い聞かせて、なんとか巣に留めさせた。既にこちらの言語が分かっているようなので、相当賢いようである。



 

 柔らかく夜風が吹く、庭園の一角。

 巣のある木から降り、森の中を二人で歩調を揃えて歩きながら、女神はふと口を開いた。

 

「聞かん坊に言い聞かせるとは、すっかり父親じゃないか。あの鳥が、あとの卵も同じ魔力で孵化させたがるのも頷ける」

「またからかっているんですか……?」

「真面目に言っているぞ。ははは」

「……違う魔力で孵化させると、雛が混乱するからでしょう。別の魔力で生まれた雛を、邪険にするオスもいるかもしれませんし」

 

 だから同じ魔力で孵化させようとしている、他意はないのだろう。

 と、テオドアが言うと、女神はなぜか、呆れたように溜め息をついた。

 

「ここまで女心が分からないとは、いっそ才能だな。思い込みの力が激しいとも言えるが」

 

 まあいい、と、女神は話題を切り替えた。

 

「ジダ=パノミドの候補者が目を覚ましたぞ。ヴェルタの候補者がお前を探していた」

「本当ですか!?」


 前回の『試練』で、不本意にも囮にされて大怪我を負ったネイは、今までずっと昏睡状態にあった。

 怪我自体は、彼の屋敷にいる使用人が総出で治したそうだが、意識が戻るかは別の問題なのだろう。

 最悪の場合、目覚めずにすべての『試練』が終わり、自動的に失格――というのも、あり得る未来だったのだ。


 驚いたテオドアに、女神は軽く頷き返した。

 

「ああ。あれほどの傷を受けておきながら、これほど早く、よく目覚めたものだ。さすがは候補者といったところか」

 

 気が向いたときに行ってやれ、と言い置いて、彼女はつと歩みを早める。

 勘違いでなければ、この場を去ろうとしているようだ。

 

「あ、あの、ご用件は……」


 声を掛けると、彼女は足を止めて振り返った。

 

「これだけだが。暇だったものでな。お前のいる場所は目星がついていたし、まあ良いか、と」

「そうですか……」

 

 ここまでお手を煩わせてしまっていいのか。若干気が引ける気持ちで、テオドアは視線を落とした。

 

 ご足労をかけたのに、これで終わりっていうのもなあ。

 でも、あまり引き留めるのも悪いし……。

 ネイが起きたのを伝えてくださったのも、ただの――

 

 ――ネイ?


 テオドアは、勢いよく顔を上げた。

 

「ルクサリネさま。もしお暇でしたら、一緒にネイのお見舞いに行きませんか。その……彼も喜ぶと思います」

 

 前に、女神さまについて小一時間語られたことを思い出す。心酔しているネイが、女神の見舞いを喜ばないはずがない。

 卒倒する可能性もあるが、それはそれ。回復も早くなるかもしれない。

 女神さまに、お見舞いをお付き合いいただく形になるが、面倒だったら断ってくださるだろう。

 

 すると、女神は首を傾げ、少し不思議そうに言った。

 

「……私がか? 構わないが、なぜ?」

「あ、ええっと、その。女神さまに来ていただけたら、彼も喜ぶんじゃないかと思いまして」


 しまった。

 理由も考えておけば良かった。


 まさか、「ネイは貴女に恋をしているんです!」と言うわけにもいかない。曖昧に、ふわっとした言葉で濁す。

 女神は少し考えるように、目線を上に向けていたが、やがて、「分かった」と頷いた。

 

「ただし、私は一人で行こう」

「えっ」

「当たり前だろう。私は、なにもヴェルタの候補者に頼まれたわけではない。暇だったから、勝手にお前を探していただけだ。私がなんの脈絡もなく、お前とともに現れてみろ。必ず理由を聞かれるだろう」

 

 確かに、それはまずい。

 テオドアと光の女神ルクサリネは、表向きはほとんど接点がない。

 もちろん、後ろ暗い関係などでは決してないが――女神が特定の候補者に肩入れしているとなると、外聞が非常に悪い。

 それは、お見舞いに行くにしても、別々のほうが良いだろう。

 

 考えなしだったなあ、と少し落ち込んだテオドアに、なにを思ったか、女神はふと近寄った。


 そうして、触れ合えるほど近くで立ち止まると、黙ったままテオドアの顔を覗き込んだ。

 だんだんと距離が縮まってくる。女神が、自ら、近づいてきているのだ。

 彼女は、長い睫毛(まつげ)に彩られた瞳を、すうっと細める。


 完璧に整った尊顔が、すぐ目の前にあった。

 なんなら、花とも香水ともつかない、甘い匂いもする。

 テオドアの頬が、見る間に熱くなった。

 

 ルクサリネは、唇が触れ合うぎりぎりで顔を横にずらした。

 耳もとに口を寄せ、悪戯っぽく囁く。

 

「――恋の仲立ちのつもりなら、もっと上手くやれ。ジダ=パノミドの候補者がどう思うかを、きちんと考えろ」

 

 お前は分かりやすすぎる、と笑って顔を離し、今度こそ女神は姿を消した。

 歩いて、ではない。瞬間移動する魔法かなにかだろう。その場から一瞬でいなくなった。

 

 後に残されたテオドアは、しばし女神の消えたあとを眺めて、呆然と立ち尽くしていた。


 しばらく経って我に帰ると、夜空を仰いで、はあ、と息を吐く。

 

「千年も生きている女神さまには、お見通しだったか……」

 

 慣れないことをするものではないな、と思った。

 空には、満天の星が輝いていた。

 

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