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最高神の〝依代〟 〜転生後も不遇で虐げられた公爵子息の、最高神成り上がり譚〜  作者: 青波希京
第一部 第三章 第一の試練『怪鳥の卵』

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20.第一の試練・後編 〝言語を解さぬ怪物〟

 怪鳥は、最早、ここが自分の巣であることも忘れているようだった。

 大きな翼が床に叩きつけられ、爆風が巻き起こる。テオドアは咄嗟に腕で顔を守った。


「ルチアノ! ネイを連れて逃げられる!?」

「無理だ! 私は回復魔法を掛け続けていなければならない! もう一人、彼を運ぶ者がいなければ……!」

「っ……分かった! とにかく、君は回復魔法に専念してて!」


 テオドアは二人の前に飛び出し、暴れ狂う怪鳥の爪を、鞘を掲げて受け止めようとした。

 当然、剣でもない鞘は、その一撃で脆く壊れる。鋭い爪の先が掠り、テオドアの腕をたやすく切り裂いた。


「――!」


 痛い。だが、我慢できないほどではない。

 テオドアが鞘を捨てると、背後から、「使ってくれ!」の声とともに、立派な装飾の剣が投げ出された。

 ルチアノのものなのだろう。テオドアはためらいなく拾い上げ、剣を引き抜いた。


「それは本来、鳴き声を攻撃手段とする鳥だ! 今まで卵に気遣って使っていなかったようだが、今は」


 次の瞬間、ぐるりと視界が回るような錯覚が襲う。

 それが怪鳥の攻撃だと気がついたのは、耐えきれずに片膝をついたときだった。


 平衡感覚がおかしくなるような。先ほどとは違う、不快感を引きずりだすような鳴き声が、ざらざらと耳の底に響き続けている。


(音……から耳を、防御するのは……!)


 もちろん、魔法でなければ難しいだろう。感覚を狂わされたこちらと違い、怪鳥は当たり前に動き、翼や爪などの攻撃も加えてくる。

 今はなんとか喰らい付いてはいるが、このまま続けても、押し切られてしまうのは分かりきっていた。


(考えろ、なにか、切り抜ける方法を!)


 可能性を探る。情報を洗い出す。

 剣を振って攻撃をいなし続けながら、思考に深く潜っていく。

 卵。貴重。金。人間。死ぬ。死んだ。怪我人。生き残り。魔力無し――


 ――彼らはどうして生き残った?


 そもそも、怪鳥が襲う人間を()()()()()()のは、なぜだ?

 邪な心を感じ取ったから? ――いや、もっと単純に――


 巣の外にいる人間の話し声を、()()()()()()のだとしたら?


 怪鳥は、今にもテオドアを踏み潰さんと、片足を大きく振り上げた。


 一か八かを、賭ける価値はある。

 テオドアは、持っていた剣を投げ捨て、腕を広げて大声で叫んだ。


「僕たちを殺すのは、いつでもできます!! どうか話を聞いてください!!!」



 ――果たして。


 ネフェクシオスは、振り下ろしかけた足を、テオドアの頭のすれすれで止めた。

 三又の細いあしゆびの隙間から、虹色の瞳が、こちらを鋭く睨み据えている。

 テオドアは、息つく間もなく声を張り上げる。


「僕たちは、あの人間二人とは()()()()! 試練のために貴女の卵を必要としていますが、傷つけずにすぐお返しする()()()でした! 貴女に言葉が通じないと思い込んで、大切な卵を奪おうとしたことをお許しください!」


 嘘をつけ。ここに来るまでは、卵を奪って逃げる算段を立てていたじゃないか。

 頭の片隅で、冷静な自分がそう囁く。

 自分はあの二人となにが違う? 嘘をつくなど卑怯者のすることだ。こんな場しのぎの言葉が、信用に足るはずがない。


 ――だとしても。今ここで、もろとも全滅するよりはマシだ!


 テオドアは、端的に、『試練』の内容を話した。どこまで理解しているかは分からないが、怪鳥は身じろぎせず、ただこちらの言葉に耳を傾けてくれていた。


「――僕たちも『試練』に勝ちたい。その気持ちはあります。ですから、どうか卵を〝一時的に〟貸していただけませんか。もちろん、傷ひとつつけないとお約束します。あの二人が持って行った卵も、奪い返してきちんとお返しします。もし、約束を破ったときには――」


 その言葉を言うのを、一瞬だけためらう。

 生に縋ろうとする本能を振り切って、口を開いた。


「――そのときは、僕を殺しても構いません。そのくらいは覚悟しています」

「テオドア!」

「大丈夫。卵を壊さずに、山の麓に行って、また帰ってくれば良いんだから。それに、あの二人だって、『試練』を突破したら卵に未練はないと思うよ」


 咎めるようなルチアノの声を、低く遮る。

 まったくもって大丈夫ではない。その自信はない。けれど、テオドアは背筋を伸ばし、怪鳥と真っ直ぐ目を合わせた。


「お願いします」


 そうして、暫し、沈黙が流れた。


 怪鳥は、こちらを見つめる瞳を、ゆっくりと細めた。

 睫毛(まつげ)が長いんだな、と、テオドアはそんなことを思った。

 彼女は足を退かし、そして――


 右の翼で、テオドアを力いっぱい殴り倒した。


 テオドアの身体はたやすく吹き飛び、何度か床を跳ねたあと、巣の壁に勢いよく叩きつけられて止まった。


(やっぱり、ダメだったか……)


 頭を打ったのか、先ほどとは別の意味で、視界がぐらぐらと揺れる。

 衝撃の余韻が過ぎ去らず、怪鳥がのっそりと動き出したときも、すぐに立つことができなかった。


(せめて、死ぬなら一撃で――)


 覚悟を決めて目を閉じる。

 しかし、いつまで経っても、致命的な衝撃はやってこなかった。


「……?」


 恐る恐る瞼を上げると、怪鳥がテオドアの方など見向きもせず、別の方を向いて歩いていくのが見えた。

 その方向は、確か、彼女の卵が安置されている場所だ。


 怪鳥は、――おそらく卵のあるところを心配そうに覗き込んだ。それからこちらを振り返り、短くひと声鳴いた。

 勘違いでなければ、「取れ」と言っているらしい。


「……良いんですか?」


 その問いに、彼女は顔を逸らすことで応えた。大切な卵から少し離れ、テオドアが近づくのをじっと待っている。


「あ、ありがとうございます!」


 ふらつく頭を押さえ、テオドアは慌てて立ち上がった。

 幸い、頭から血が出ていることもなさそうだ。腕は羽が掠って切れていたが、出血は止まっている。


 怪鳥が覗いていた辺りまで行くと、床に大きな窪みがあり、ひと抱えもある大きさの卵が、三つ安置されていた。

 万が一にも擦れて割れないためだろう、下には藁のようなものが敷き詰められ、さらには卵の上にも軽く掛けられていた。


 明かりのない薄暗い巣の中でも、卵の美しさは一目で分かった。

 大きな宝石を加工し、熟練の職人が工芸品に仕立て上げた――と言っても、過言ではないほど。殻に浮かぶ緻密な模様は、美術品に疎いテオドアをして、見事だと思わせた。


 しかし、肝心の、持って行き方が分からない。

 そのことを、完全に失念していた。


 卵はたいへん割れやすい。だが、テオドアは『持ち出す卵に傷は一切つけない』と断言してしまっている。

 大見得を切ってしまった後で、これは恥ずかしい。


 困ったテオドアは、恥をしのぎ、ルチアノのもとへとって返した。


「ルチアノ、君の分の卵を先に取ってほしい。それで、もし良ければ」


 卵を安全に持ち運ぶ方法があったら教えてくれないか、と言いかけて、驚いて口を閉じる。

 ネイに回復魔法を掛け続けていたルチアノが、ふらつきながらも立ち上がっていたからだ。


「だ、大丈夫!?」


 ルチアノの疲労とネイの容体、二つのことを同時に問うてしまったが、分かってくれたらしい。ルチアノは疲れのにじむ顔で頷き、「私はまだ動ける。ネイは、」と、後ろを指し示した。


「……ネフェクシオスの厚意だ。羽を分けてくれた」

「羽を?」

「かの鳥の羽は、『今の状態を維持する』魔術に使うことができる。回復魔法を掛けたネイを、魔術で一時的に維持しているところだ」


 そちらを見ると、確かに、怪鳥がネイのそばに寄っていた。

 抜けた羽を握らされているネイは、回復魔法がなくても、小康状態を保っているようだ。それを、怪鳥はじっと見下ろしていた。

 なにか、思うところがあるのだろうか。


「ネフェクシオスを、言葉の解さぬ化け物だと思っていたからな、あの二人は。彼女も、ネイを傷つけたのは本意ではなかったのだろう。……もっとも、言語など分からないだろうと、私も思っていたからな……」


 ルチアノは怪鳥に向かい、「申し訳なかった!」と頭を下げた。

 気にするな、と言いたいのか、それとも別の意図か。怪鳥はルチアノのほうを振り向き、また短く鳴いた。


「はは。なんと言っているかは分からないが、君が優しいということは分かったぞ」


 うん、あのまま私が魔力を使い続けていたら、君の卵にも()()()があっただろうしな!

 少し休憩して気力が回復したのか、ルチアノの声にも張りが戻ってきた。


「悪影響……?」

「む、卵はあちらか! 本物などそうそうお目にかかれない! 是非、拝見させていただこう!」


 ルチアノは、はしゃいだ様子で駆けて行き、卵を覗き込んで感嘆している。


(……あとで聞けば良いかな)


 彼の言葉の違和感を飲み下し、テオドアもそちらへ駆けつけた。

 ルチアノは自身の右手に魔法陣を浮かべ、そこからなにか、白い袋のようなものを引きずり出した。


「【収納】だ。魔術の中でもよく使うぞ」

「へえ、そんなに便利なものがあるんだ」

「ああ。……この袋は、ヴェルタの人間が、ネフェクシオスの卵を持ち出すために作ったものだ。これならば安全に卵を運べるだろう」


 卵を運ぶために、専用の袋までも作り出すとは。

 貴重なものを手に入れたい、と欲する人間たちの執念を感じる。


 「これを君に預け……いや。差し上げよう」

 「……えっ!?」


 素直に感心していたところを、急に話の矛先が向かってきたので驚く。

 いや、もとより、卵の持ち運びに関しては、彼の知恵を借りるつもりでいたのだが。


「き、君の分を運ぶ手段は別にあるの?」

「うん? いや、私はこの試練を棄権するつもりでいる」

「え……え?」


 困惑しきりのテオドアに、ルチアノは笑って答えた。


「卵を持ち帰れるように努力したのは君だ。母鳥を説得するなど、私には到底思い及ばなかった。私は、ネイを言い訳にして戦わなかった。なんの努力もしていない」

「そんな。君はネイを助けようとして……」

「ああ。だがそれも、誰も切り捨てられない私の甘さだ。実力が伴っていればまだ良かったんだが、……回復の魔法の学びを疎かにしていたことが仇となったな」


 そうして、テオドアの手に、卵専用の袋を押し付ける。

 返そうとしても頑として拒否されたため、テオドアは仕方なく、受け取ることにした。


 卵を慎重にひとつ詰め、袋の口を結ぶと、にわかに袋が青白い光を放った。

 それはすぐに消えたが、ルチアノ曰く、「強力な保護魔法がかかった印だ」とのこと。とりあえず、期待通りの使い方ができているようで、ほっとする。


「でも、これからどうしよう。今からネイを抱えて降りるのは、危険だと思うけど……」

「そうだな。外も暗くなってきている。今日はどこかで夜を越さねば……ん?」


 ふと、怪鳥がこちらに近寄ってきて、ぺたりと床に腹をつけて座った。

 テオドアたちが、その様子を黙って見ていると、怪鳥は焦れたようにこちらを向き、「早くしろ」とばかり鳴く。

 ――これは、もしや。


 テオドアとルチアノは、顔を見合わせた。




-------




「まさか、ネフェクシオスを手懐けるとはな。知恵者は武人にも(まさ)る……というわけか」


 暗闇の中にあっても、女神は美しかった。


 山の麓に戻ったときには、既に、日は沈み切っていた。

 怪鳥は山の頂上から、テオドアたちを背に降り立った。テオドアは卵を、ルチアノはネイを抱えて、彼女の背にしがみついていただけだ。

 自身の卵を早く取り戻すためではあろうが、それでも大変ありがたかった。


 二人が怪鳥から滑り降りると、狙い澄ましたかのように、光の女神とセラが現れた。

 セラの手にはランプがあるが、女神は自ら輝いているので、辺りがほんのりと明るい。


「いいえ、手懐けたのではありません。彼女には、大切な卵を貸していただいたんです」


 女神は、黙って微笑んだ。〝神らしい〟慈悲深き笑みである。

 この場でこれ以上言及するのを、避けたようだった。

 ルチアノもいることだし、妥当だろう。


 当のルチアノは、抱えていた怪我人を、セラに頭を下げて託していた。セラは頷き、女神の同意を求めるように振り向く。


「行きなさい。結果を伝えるのは私でも事足りる。怪我人を治療させてやりなさい」


 セラは黙ったまま、女神に小さなランプを託した。そうして、自分よりも大きなネイをひょいと担ぎ上げ、『空間移動魔法』でこの場を後にする。


 それと入れ替わるように、候補者の残り二人が姿を現した。


「予想以上に早かったね! 三日くらい粘って、失格……みたいになると思ったのに」


 セブラシトは笑い、大きな袋を抱えるテオドアと、何も持たずに佇むルチアノを見比べた。


「へえ。お優しい王子さまは、手柄もそこのヤツに渡してあげちゃったんだ?」

「今回、手柄を立てたのは私ではないからな」


 ルチアノは静かに言い返し、そのまま口をつぐんだ。これ以上は何を言われても聞き流す、という意思表示だろう。


 デヴァティカのほうは、こちらの背後にいる怪鳥に怪訝そうな目を向けたが、それだけだった。

 一度打ち倒したものを、もう一度倒そうとするほど、血の気が多くはないらしい。


「揃ったな。では、私が直々に、『第一の試練』の結果を伝えよう」


 女神は、四人の顔を見渡し、厳かに告げた。


「候補者五人のうち、棄権が一人。失格が()()。合格が一人。


 ――アルカノスティア王国の候補者、テオドア・ヴィンテリオ。お前が唯一の合格者だ」

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