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最高神の〝依代〟 〜転生後も不遇で虐げられた公爵子息の、最高神成り上がり譚〜  作者: 青波希京
第一部 第三章 第一の試練『怪鳥の卵』

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19.第一の試練・中編 傷つけないはずの戦い

 崖の上に辿り着いたときには、日は落ちかけていた。

 途中、何度か落ちそうになったが、なんとか登り終えることができた。命綱なしで登ったため、流石に腕が疲れている。

 両手のひらを開いては閉じてを繰り返し、ちゃんと動くかどうかを確認する。特に問題はない。


 ここで、テオドアはようやく、周囲を見た。


 崖の下とは比べものにならないほど、巨大な木があちこちに生えていた。

 夕日の赤に照らされて、ただでさえ大きな影が地面に伸びている。

 山の中腹までと比べて、明らかに本数は少ないはずなのだが、空を覆わんばかりに枝が伸びているせいで、より暗く感じられた。


 ここが頂上かは分からないけれど、警戒心が高い怪鳥が、巣を作るのには適していそうな環境だ。


「でも、どういう形の巣かは分からないままだし……」


 さまざまな資料を漁っても、明確なことは書かれていなかった。

 もともと、屋敷に用意されている本だ。核心を突くようなものはわざと排除されているのかもしれない。

 注意深く頭上を確認しながら、テオドアはひとまず歩き始めた。


 動物や魔物の気配は、全くない。まるで、崖の下の森とこことでは、違う世界に来てしまったかのようだ。


 みんな、怪鳥を恐れて、息を潜めているのだろうか。

 それとも、食い尽くされてしまったのだろうか。


 そんなことを考えながら、探索を進めていると。


「――!」


 誰かの叫び声が聞こえた、気がした。

 残響に耳をすませ、声の方向に走る。そこらに散らばる太い木の枝につまずき、行手を阻む大きさの根を乗り越えながらも、先を目指して突き進む。


 そうして、辿り着いた。


「……」


 いくら傾いているとはいえ、まだ太陽は空にある。枝葉の隙間から、光は差し込んでくるはずだ。


 しかし――その木の下だけは、異様に暗かった。


 空に伸びているはずの枝も見えない。どころか、辛うじて幹が突き出ているために、周囲と同じ木だと判別できる有り様である。

 テオドアは、ごくりと唾を飲み込んで、それを見上げた。


「この……木、まるごと、巣なんだ」


 巨木の枝葉をまるごと覆い尽くすように、暗色のでこぼことした半円形が、木の上部に鎮座している。

 まるで別の種類の木であると錯覚しそうだが、これこそが、怪鳥ネフェクシオスの巣なのだろう。

 上に気を取られながら歩み寄って、不意になにかを蹴飛ばす。


 木の根だろうかと見下ろせば、足元に、候補者の誰かのものであろう荷物が転がっていた。




 骨砕きの樹にはコブがあるため、案外すんなりと登ることができた。

 わずかなとっかかりに足を置き、硬い巣材の周囲をぐるりと探れば、ちょうどテオドア一人が入り込めそうな穴を見つける。怪鳥は、この穴を出入りできるくらいの大きさなのだろうか。

 穴を覗き込み、直近の危険がなさそうなことを確認してから、慎重に潜っていく。


 そうして、視界の開けた先に。

 腕がおかしな方向に曲がっている、ネイが倒れていた。


「……えっ」

「貴様ら!! それが候補者のすることかッッ!!!」


 生きた木の枝を梁とし、広い空間を支える巣の隅に。

 血だらけになって動かないネイと、そのそばで必死になって彼を手当てするルチアノがいた。


「ルチアノ?」

「テオドアか!! 悪いが彼の身体を押さえておいてくれ! 回復魔法で応急処置をするッ!!」


 言われるがまま、しゃがみ込んでネイの肩を押さえる。

 どうやら、か細いながらまだ息はあるらしい。しかし、それも段々と消えかけている。流した血の量を見ずとも、死にかけているのは明らかだった。


 ルチアノは素早く呪文を唱え、両手をネイに向けてかざした。その途端、暖かな色の光が、ネイの身体を薄く包み込む。青ざめていた彼の頬に、ほんのりと血の気が戻ってきた。

 しかし、ルチアノの表情は硬い。


「ここまで血を失っていると、回復魔法では間に合わん!! 今すぐ下山して、きちんとした設備のもとで治療しなければ、このままッ――」

「――良いんじゃない? 失格者が増えるのは、こっちも大歓迎だよ」


 嘲笑を含んだ声が、少し遠くから聞こえてくる。


 振り向くと、まず、巨大な鳥が目に飛び込んできた。

 美しい鳥だった。薄灰色の体色に、金の尾を持っている。巣の床を削る鋭いかぎ爪。巣の端から端までを突き回せそうな長い首。

 巨大な巣の中にあって、天井に頭をぶつけそうなほどに大きい。尾と同じ金色のくちばしは、大の男を三人くらいなら一度に丸呑みできるだろう。

 なにより印象的なのは、虹色の大きな瞳だ。


 彼女は、侵入者をまとめて排するつもりなのだろう。巨大な翼を広げて、地が震えんばかりに高く鳴いた。


 その鳥の前に、彼――セブラシトとデヴァティカは、臆することなく立っていた。

 セブラシトは、ネイの周りにいる二人へ、小馬鹿にするように肩をすくめる。


「そんな奴なんて、ほっとけば良いのに。弱いのが悪いんでしょ。【防護】も一瞬で破壊されちゃってさあ。使()()()()()()()()()()()

「黙れッ!! 貴様がわざとネイを突き飛ばしたんだろう!!! あの鳥への目眩しにするために!!!」

「ぼーっと立ってるのが悪いんだよ。それに、ほら――強かったら、それくらいのピンチも、普通に乗り越えられるものだし」


 こんなのが候補者とはねえ、世も末だよまったく。

 と、セブラシトは心の底からおかしそうに笑い、怪鳥ネフェクシオスに向き直った。もうこちらへの興味は失せたようだ。

 隣のデヴァティカは、すらりと剣を抜き放ち、隙なく構える。

 そこに、怪鳥のかぎ爪が、横薙(よこな)ぎに叩き込まれた。


「……ネフェクシオスに少しでも傷をつければ、その時点で失格のはずだけど……」


 ネイの身体を押さえながら、テオドアは戦いの様子を見て呟く。

 真正面から戦って、傷をつけずに立ち回ることはできるのだろうか。できたとしても、相当な苦戦を強いられるのでは。

 そう思ったがゆえの発言だったが、ルチアノは首を横に振った。


「母鳥を突破できなければ、まず卵には近づけまい。と、いうより――卵には、母鳥が強力な障壁魔法を施し続けているからな。少なくとも、気を逸らす必要がある」


 風が吹いても割れる、というのは、与太話でもないようだ。

 ルチアノは、ネイから顔も手も逸らさぬまま、そう言った。


「……やっぱり、君の国の鳥だから、詳しいんだね」

「付け焼き刃の知識だ。父……ヴェルタの国王が気を利かせて、国中から集めた資料を送りつけてきた。それを覚えていたまでのこと」


 回復魔法を掛け続けているせいか、ルチアノの額には脂汗が浮かんでいる。

 しかし、自身の疲労などにはまるで気にせず、彼は悔しそうに唇を噛んだ。


「……これほど己の力不足を呪った日はない。魔力をいくら持とうが、瀕死の人間一人治せんようでは……ッ」

「ルチアノ」

「私は、正々堂々と勝負をしたかったのだ! 候補者が死ぬかもしれないことは百も承知、だが! こんな卑怯な手で命を失わせるなど、あってはならない!! 絶対に!!」


 力不足。

 ルチアノの嘆きの言葉は、しかし、テオドアの心にも深く突き刺さった。


 自分には力がない。それは嫌というほど承知している。

 だが、もしも――今、自分が、魔法の扱いに長けていたら?

 回復の手は二倍になる。なんとなれば、テオドアが回復を一手に引き受けて、ルチアノがあの二人に挑みかかることだってできたかもしれない。

 自分はこれで良い、と、弱いことに胡座をかき、(はな)から技術を習得するのを諦めていたのでは――?


 いや。

 今は、そんなことを考えている場合ではない。


 テオドアは首を振って邪念を振り切り、「なにか、僕にできることはある?」と問うた。


「では、あいつらの戦いを見張っていてくれ。あいつらのことだ、こちらに怪我人がいることなど気にも留めずに戦うだろう」

「分かった。危なかったら、……なんとかしてみる」

「頼もしいな。任せる」


 彼は本気でそう言っているようだった。それだけにより一層、気持ちが引き締まる。

 テオドアはネイから手を離し、剣のなくなった鞘を腰から抜き取る。そうして再び、二人のほうへ顔を向けた。

 

 〝血を流させない〟という縛りがあるためか、セブラシトたちは防戦を強いられているようだった。

 デヴァティカがくちばしや爪を剣で弾き、翼で巻き起こる暴風から、セブラシトが魔法で守る。攻め込めないのがやり辛いのか、デヴァティカの動きはどこか精彩を欠いていた。


 一方の怪鳥も、なかなか決定打を撃ち込めないでいるようだ。背後に卵を庇っているのだろう、明らかに腰を据えたまま、場を動こうとしない。


 幾度めかの攻防の末。

 先に仕掛けたのは、怪鳥の方だった。


 ちょこまかと動き回る人間に焦れた様子で、彼女は大きく身を乗り出し、デヴァティカに剣ごと噛みつこうとする。

 そのわずかな隙を、彼らは見逃さなかった。


「待ってました――!」


 セブラシトは、あろうことか怪鳥に駆け寄り、くちばしに両手を押し付けた。


「気絶しろっ!!!」


 瞬間、彼の手のひらから雷撃が迸る。

 それはくちばしを伝わって、怪鳥の巨大な頭まで痺れさせた。

 彼女は意識を失い、ぐらりと横を向いて倒れ伏す。それに巻き込まれぬよう、噛みつかれかけていたデヴァティカは、とうの昔にその場を退いていた。

 一撃で沈んだ巨体を、デヴァティカはつまらなそうに一瞥し、剣を納めた。


「……怪物とは言っても、所詮はこんなものか。卵はどこにある」

「たぶん、あっち。母親に潰されてなきゃ良いけど」


 彼らは、怪鳥の後ろに回り込んだ。

 気絶した巨体に遮られて、あまり様子は窺えないが、セブラシトが卵らしきものを二つ抱え上げ、そのうちのひとつをぽいと投げ渡したのは見えた。


「! おい……」

「平気平気、保護魔法かけておいたし。……まあ、本当にざっとだけど。形さえ保ってれば、卵だよ」

「――既にヒビは入っているが。まあ良い。さっさと戻るぞ」

「りょうかーい」


 そうして、何事もなかったかのように帰路へつこうとする。

 二人の背中へ、顔を上げたルチアノが吠えた。


「待てッ!! せめて怪我人を連れて行け!!」

「嫌だよ、なんで僕たちが。それが死んでも、別に嬉しくも悲しくもないし」

「ッ――どこまでも性根が腐った奴らめ!!」

「はいはい、褒め言葉褒め言葉。ていうかさあ――」


 セブラシトは振り返り、「忠告しといてあげるけど」と、こちらを指差した。


「友情ごっこするのは構わないけど、そいつのことが心配なら、すぐにここ、離れたほうがいいんじゃない? 卵なんて忘れてさ」

「なん――」

()()()()()()()()()()()。じゃあね」


 軽く言い置いて、彼はさっさと穴から外へ出ていった。


 その直後に、ぐらりと、床全体が揺れる感覚。

 テオドアは咄嗟に警戒し、周囲を見渡した。


 そうして――倒れた母鳥と、()()()()()


「まずい、このままでは、私たちが次の――」


 ルチアノは言葉を飲んだ。身を起こした怪鳥ネフェクシオスが、異様な雰囲気を放っていたからだろうか。


 守っていたはずの卵を、人間に奪われた。

 それらはとうに逃げ出したが、ここにはまだ、人間が残っている。

 ならば――彼女が、怒りの矛先を向けぬはずがない。


 子を連れ去られた母鳥の叫びは、巣にあるすべてのものを、びりびりと震わせた。

 

 

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