183.異常発生源の目星
三日ほどかけてヴェルタ国内を見て回り、テオドアたちは王都の宿に帰り着いた。
恐ろしいことに、上等な宿をまるまる借り切っている。宿泊客もいたが、彼らに金を握らせて、更に宿にも三倍の金を積んで黙らせた形だ。
テオドアもペレミアナも、旅路で宝石などを売って得たそこそこの金しかない。費用はすべてセブラシト持ち。いちおう、「目立つことは控えたほうが良いのでは」と進言してみたが、鼻で笑って一蹴された。
「あっちには『最高神』と女神がついてるんだから、僕たちがどこにどう隠れようが見つけ出せるだろ。なら、変に隠れるより堂々としてたほうが良いに決まってる」
一理ある気がする。テオドアは素直に引っ込んだ。「ただ高級宿を借り切りたかっただけなのでは」と喉まで出かかったが、口にすることはない。
金を出してくれる人間の機嫌は、取っておくに限るのだ。
「おかえりなさい。どうでしたか? 目ぼしいものは見つかりましたか?」
宿では、留守を守っていたペレミアナが出迎えた。
貸し切りのため、三人はそれぞれ別の部屋で休んでいる。誰かの部屋に集まるのも障りがあるということで、休憩室に行って話をするのが定番となっていた。
ペレミアナが扉を開き、二人を招き入れる。魔獣の耳は、頭から被った布で雑に隠していた。
ここに泊まって十日以上。宿の者には、必要最低限の世話だけで良いと言い置いているため、異形の彼女もくつろぐことができたようだ。
「はい。僭越ながら申し上げます、女神よ」
意外なことに、セブラシトはペレミアナに対しては粗雑な態度を取らない。神官なら当たり前なのかもしれないが、『試練』のときに『光の女神』に詰め寄っていた姿しか知らないので、違和感があった。
彼はうやうやしく礼を取り、口を開く。
「三人の女神さま方が囚われていると思わしき場所は、あらかた調べ終えました。どの施設も、尊きお方を捕まえておくような場所ではございませんでした」
「それは……妙な場所はなかった、ということですね?」
「はい。力をほとんど失っているとはいえ、神を閉じ込めておくには、相当な労力がかかると愚考いたします」
セブラシトの考察はこうだ。
権能と神気を奪われたとは言え、神は神。人間の膂力では抑えきれない力を持っている。
それが三人――テオドアたちが知らないだけで、もっといるかもしれず。それだけの神を収容しておく施設は、堅牢かつ魔術や魔法を何度も重ね掛けするものでなくてはならないはずだ。
今のルチアノに、それを維持し続ける魔力はあるだろうか? ただでさえ、『最高神』は弱っているというのに。
『秩序の女神』、あるいは他の協力者の力を借りるにしても、完全な隠蔽は難しいだろう。
「別の国……例えばロムエラやノクスハヴンに封じてる、ってこともあり得なくはないけど、『最高神』が戦利品を手放すかな……」
テオドアが呟くと、セブラシトは頷き、「まあ、そういう手合いは自分のとこで保管しておきたがるよね」と言う。
「そもそも、『この世界は俺がいなくても成り立ってるから嫌だ、壊して造り直す』って駄々捏ねてるヤツだよ。そこまで知恵が回んないんじゃない?」
「いちおう、君が信仰してる神さまだよね?」
「僕が信仰してるのは教義の上での『最高神』であって、我がまま拗らせ駄々捏ね野郎そのものじゃないし」
そんなものなのか、とテオドアは思う。信仰心とは複雑だ。ほんの少し、セブラシトが『最高神』に失望したら悪いな、と思っていたが、まったく変わらないようで安心した。
セブラシトは、近くのソファへ座り込み、ふっと溜め息を吐く。
「厄介なのは『秩序の女神』だね。一度お会いしたことあったけど、ぜんぜんこっちの話が通じなかった。自分の決めたことだけしか見えてない感じ」
「まあ、ひとつの魂を復活させるために、千年も注げるお方だからね……」
テオドアは、先ほどまでペレミアナが読んでいたであろう本を、床から拾い集めながら答えた。王都の調査を一日終えるごとに買い込んでいるためか、休憩室と言うよりも図書室になりかけている。
ペレミアナも、はにかみながらしゃがみ込み、同じ大きさの本に分けて積み上げ始めた。
それから、ふと、顔をセブラシトのほうに向ける。
「そういえば、セブラシトさん。あなたは『秩序の女神』がどうやって『最高神』を復活させたか、ご存知なんですよね?」
「はい。とは言え、詳細を知るのは『大司教』ただ一人。こちらには大まかなことしか知らされていませんでしたが……」
セブラシトは、ソファの上で居住まいを正し、記憶を探りながら答えた。
「確か、『最高神はすべての生命の祖』というのを逆手に取り、無作為に選び出した人間の魂を抜き取って、なんらかの増幅魔術で『最高神』になり得る欠片を抽出したとか……なんとか……」
それを聞いて、ペレミアナの表情が見る間に強張った。抱えようとしていた本の表紙に目を落とし、しばらく何事かをじっと考え込む。
テオドアたちが見守る中で、彼女は沈黙ののち、顔を上げて問うた。
「では……使われた魂の〝残り〟は、どうなったかご存知ですか?」
「いいえ、はっきりとは。しかし、廃棄したという話は聞いていません」
「だとしたら――やっぱり、再利用しているのかもしれませんね」
彼女はおもむろに立ち上がると、本の山に隠れていた自分の荷物を引っ張り出した。袋の中から、折り畳んだ紙を取り出し、テーブルの上に広げる。
テオドアとセブラシトは、揃って覗き込んだ。
それは、王都全域を描いた地図だった。市販のものなのだろうが、ところどころに手書きでバツ印が書き込まれている。
「お二人が郊外に行ってから、王都で聞き込みをしていたときに、妙な話を聞いたんです」
曰く。王都では、数ヶ月前から、夜になると獣の唸り声が聞こえるようになった。
外を出歩いている人間ははっきりと聞き取り、家にいた人間は「どこかで飼っている動物の鳴き声か」と思うのだとか。
唸り声を聞いたことのある人間は、一人や二人ではなかった。ペレミアナが話をしただけで十数人。老若男女、健康状態もバラバラ。聞き間違いや精神異常の幻聴、という線は薄いだろう。
でも、と、ペレミアナは印をつけた箇所を指でなぞっていく。
「唸り声が聞こえていた場所は、いずれも〝王城の周辺〟です。印を繋げていくと、だいたい、城を取り囲むように円が描けます」
「では、その……やっぱり王城に何かがあるのでしょうか?」
テオドアが控えめに尋ねると、ペレミアナは首を振って否定した。
「わたしが見た限りでは、王城自体に何かしら仕掛けが施されているとは考えにくいです。内部は、さすがに忍び込めないので分かりませんけど」
「では、どういう?」
「……ずっと、疑問だったんです。ヴェルタを初めとする国々の国境に、どうやってたくさんの魔物を連れてきたんだろうって」
確かに、アルカノスティアでもジダ=パノミドでもロムエラでも、壁が壊されて周辺地域が甚大な被害に遭った――という話は聞いた。
ノクスハヴンは行っていないので分からないが、おそらく、同じような事件は起きているだろう。
しかし、ヴェルタだけならばともかく、他の国にも同様の魔物を送り込むなど、相当な労力がかかる。帝国や公国の力を借りても、その国の民に気付かれずに魔物を運ぶのは、不可能に近い。
だが――もし、国境を気にせずに運ぶ方法があったとしたら?
「『死の精霊』に回収されず、地上を彷徨い続けた魂は、いずれ魔物になります。それを、余った魂の欠片で意図的に作り出せたなら――」
魔物の問題は解決する。数も、質も、強さも、いくらでも調整がきくはずだ。自分たちで作り出しているのだから。
すると、セブラシトが地図を眺めながら、口を挟んだ。
「まさか、地下でしょうか。魔物を地下施設に収容しているために、唸り声が聞こえたと?」
「その可能性が高いと見ています。地下には国境の壁がありませんから、掘り抜くことさえできれば、移動は容易です」
ペレミアナは暫し、次の言葉を選んでいる様子だった。
そうして、深呼吸を一つして、言う。
「おそらく、弱った女神を完全に無力化するのにも、役立つでしょう」