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182.仮初の肉体を得た経緯

 時は、数週間前まで遡る。

 『知恵と魔法の女神』・ペレミアナに連れられ、『魂の女神』の家を出たテオドアは、家の裏にある庭先の、誰かの墓の前に案内された。


「『番人(あの人)』のお墓です」


 ペレミアナは、感情を交えないためだろう、淡々と語った。テオドアの隣に並び、くすみかけた白い墓石を眺める。


「前に、お話ししたことがあると思います。わたしたちが罰を受けて、女神としての地位を剥奪されたとき。保存していたあの人の亡骸を、誰も辿り着けないところへ埋めたって」

「覚えています」

「それが、ここです。お母さまに頼んで……お庭を貸していただきました」


 テオドアは、黙ってペレミアナの横顔を見た。

 彼女は、いっそ冷酷なほど落ち着いていた。凪いだ視線で墓を見据え、静かに事実を語る。その(うち)にどんな感情が渦巻いているかは、分からない。

 安易に分かったふりをしてはいけない、と思った。

 ペレミアナは、墓の前まで歩み寄ると、華奢な手を伸ばして石を撫でた。


「……死んでしまったんですね」


 当たり前のことを、まるで初めて知ったかのように言う。

 いや、彼女にとっては、初めて実感を伴って受け入れた事実なのかもしれない。


 死は不可逆だ。人も精霊も神も、動物も魔物もいつかは死ぬ。冥界で人間たちを裁く神々だって、遠い未来にいつか消えるだろう。

 最大の不幸は、『番人』が人間であり、三人が女神であったこと。

 互いに同じ種族であれば、もしくはここまで拗れなかったかもしれない。死を受け入れ、とっくに先へ進めていたかもしれない。

 生き返らせられるだけの力があった。手の届く範囲に、蘇生の手立てがあった。三女神の、他の『併せ名』とは違う優れた能力が、諦めることを忘れさせてしまった。


「テオドアさんは、……海を見たことはありますか?」

「……はい。一度だけ」

「本当は、森の中に埋めようと思ったんです。でも、生きている間はずっと森にいたから……海を見せてあげたいと思って」


 庭先からも海が見える。地上と違って、眩しくも青くもない海だが、広がる海原は開放感がある。

 どこを見ても木ばかりで、息が詰まりそうな緊張感があった『境界の森』とは、真逆だ。


 ペレミアナは、しばらく石に手を置いたままじっと考え込んでいたが、やがて顔を上げて言った。


「テオドアさん。お墓……掘り返しましょう」



 そこから先は早かった。

 二人で協力して、埋められた亡骸を掘り返した。『保存』の魔法を掛けてから埋葬されたという亡骸は、たった今死んだばかりかのように綺麗な保存状態だった。

 ペレミアナの案は、この肉体を使ってテオドアを蘇らせる――という単純なものだ。

 前世の自分とは言え、さすがに女神が大切にしていた人間の死体を使うのは気が引けて、何度かペレミアナに確認した。が、答えは変わらず。

 とどめに、「レネーヴさんたちも咎めないと思います」と言われ、テオドアが折れる形で決行された。


 『冥界の神』に許可を取り、蘇生の儀を行なってもらう。

 滞りなく『番人』の肉体で蘇ったあとは――いくばくかの魔道具の融通と、ペレミアナの養生を経て――地上へ繰り出した。

 数日ほど冥界を歩き回り、アルカノスティア王国の真下で魔術の綻びを見つけたときは、死の精霊たちと共に歓喜したものだ。

 正直、見つからないと思っていたから。


 そうして、旅人夫婦のふりをしてアルカノスティアを出る。

 旅路は……帝国を通れば一国を横断するだけでヴェルタに着くが、危険が大きいと判断されたために、「ジダ=パノミドからロムエラを経てヴェルタへ」行くことになった。


 道中で情報を集めつつ、ジダ=パノミド国を通過したあと、慎重に聖ロムエラ公国の関所をくぐる。

 ここは、『秩序の女神』に協力して『最高神』の魂を蘇らせた国だ。帝国と同じくらい警戒をすべき場所だった。

 それでも、どこにも寄らずに突っ切ることはできず。休憩のために立ち寄った町外れの神殿で、偶然にも鉢合わせたのが、セブラシト・フラメリネスだった――というわけだ。


「きみ、頭おかしいんじゃないの?」


 セブラシトを引き込むと決めたのは、神殿に勤める他の神官たちに、彼の「その後」を聞いたからである。

 もともと、彼が若くして『大司祭』の地位に上り詰められたのは、『大司教』の引き立てが多大に影響していた。

 それが、『試練』の後遺症で、往時ほど魔術も魔眼も使えなくなった。『大司教』は彼を身限り、『大司祭』の任を解いて閑職に飛ばした。今は、神殿の管理者とは名ばかりの、退屈な日々を送っている。

 

 彼がそんな状況に陥ったのは、少なからずテオドアにも責任があった。

 だから、と思って、秘密裡に話を持ち掛けたところ――当然と言えば当然だが、精神異常を疑われた。

 セブラシト視点では、まったく見覚えのない平凡な男が、「自分は殺された〝依代〟であり、別の肉体を借りて蘇った姿である」と意味不明な主張をしているようにしか見えないからだ。

 ――そもそも、〝依代〟が死んだという事実は、天界の惨状と同様に、地界の誰にも知られていないようだった。


 加えて、今のテオドアには魔力がまったくない。ペレミアナも、冥界で静養したとは言え、回復した神気は全盛の半分にも満たない。

 説得には時間を要したが、どうにかこうにか、『第二の試練』での出来事を克明に話すことによって信じてもらうことができた。


「で、僕に何させようっていうわけ」


 他者の排された神官長の部屋で、セブラシトとテオドアたちが対峙する。セブラシトは豪奢な椅子に座ったまま、不機嫌そうにこちらを睨み、執務机を指で叩く。

 テオドアは、感情を交えず答えた。


「ルチアノの現状を知りたい。彼の魂が死んでいるのか、生きているのか。生きているとしたら、どうして『最高神』の器になったのか。目的は何なのか。それを探りたい」

「きみにもできることだろ。なんでわざわざ僕を」

「その『魔眼』が必要なんだ」


 彼の魔眼は、恐ろしく精度が高いらしい。

 テオドアの元の肉体でも、魔眼()()()は使えたが、魔術や魔法を見ただけで模倣することは難しい。頑張ればたぶんできるだろうが。

 神官たちの話によれば、セブラシトは、他人の魔力の流れを軽く読むこともできるのだとか。


「ほら、『最高神』って、演技がすごく上手いかもしれないよね。もうとっくにルチアノは死んでいるのに、ルチアノとして振る舞っていることもあるかもしれない」

「だから?」

「神さまが乗っ取っているなら、彼の魔力の流れも、常人とはまったく異なっているはずだ」


 いくら『最高神』でも、魂まで擬態することは困難だろう。

 ルチアノの魂が、まだ肉体に宿っているかどうか。それが分かれば対策を立てやすくなる、と、テオドアは丁寧に協力を頼んだ。


 すると――勢い込んで口を開いたセブラシトは、直前で止まり、思案げに視線を逸らした。頭の中でさまざまな計算をしているのだろう。口を覆って眉をひそめる。

 それから、低く問うてきた。


「……まさか、きみ、僕に見返りもなく頼みごとをするつもり? そんなわけないよね?」

「うん。『試練』の後遺症で、上手く魔力が操れなくなったんだよね。それを治す。神々にもご協力いただくよ」

「それだけ? じゃ、交渉は決裂だ」


 見る間に嘲笑を浮かべたセブラシトは、背後の扉を指し示す。出ていけ、ということか。

 もちろん、テオドアは一歩も動かなかった。彼を真っ直ぐに見据え、話を続ける。


「せっかちだな。もうちょっと聞いてよ。……君、地位と名誉に興味はある?」

「まあ、無いやつとか人間じゃないでしょ。僕、『大司祭』のときめちゃくちゃ楽しかったし」

「それをあげると言ったら?」


 セブラシトは怪訝そうに顔をしかめる。言っている意味を掴みかねている様子だ。

 ここが正念場である。テオドアは、足にぐっと力を込め、背筋を伸ばしてはっきりと言い放った。


この国(ロムエラ)の頂点を取る。そのために、僕にできることなら、いくらでも協力するよ」




-------




 ロムエラの頂点は『大司教』らしい。

 だから、自然と、テオドアたちは「ロムエラの革命」を約束してしまったことになる。


(この人が権力に揺らぐ人で良かった……他にもいくつか、代案を考えてはいたけど……)


 やはり、失われた権力を取り戻して、更に頂点を狙うというのは、目標が分かりやすくて良い。

 どうせいつかは『大司教』とも対峙しなければならないのである。少し別の目的を絡めたところで、支障はないだろう。


 テオドア――もとい、バンは――馬車の外に流れる景色を横目に、セブラシトに問い掛けた。


「救貧院は、どうでしたか。女神さまたちがいらっしゃるような場所でしたか?」

「あー、いや。そんな感じじゃなかった。普通に『魔力無し』と『魔力持ち』を保護してるね」


 セブラシトに方向音痴のふりをして探ってもらった甲斐があった。

 テオドアが雑談で王子を引き留め、その間にセブラシトが建物内をざっと見て回る。妙な魔力の流れがあれば、それを追求してもらうことになっていた。

 そのために、わざわざルチアノが訪問する予定をペレミアナに調べてもらい、偶然を装って接触する。手間は掛かったが、おかげで、ルチアノの魂が失われていないことも、ほぼ確定した。


「でも、変な気配はあった。職員から、平民の『魔力持ち』の一部が別の建物に送られてる、って話を聞いたんだよね」

「別の建物?」

「救貧院の別棟とか、宿舎とかとはまた違うらしい。山ひとつ越えた先に、優秀な『魔力持ち』だけが行ける訓練所があって、そこで特別な魔術を教わってるんだって」

「……殿下が、なにかを企んでいるということでしょうか」


 テオドアは、思わず声を潜めた。

 この馬車には、外の御者には聞こえぬよう、【防音】を施してもらっている。音漏れを気にする必要はないのだが、念のためだ。

 テオドアの問いに、セブラシトは肩をすくめた。


「さあね。これも、『最高神』が望んだことかもしれないし。まあ、今度行ってみれば? 今のきみじゃ、追い返されるだけかもしれないけど」

「はは、それも面白そうですね」


 皮肉を躱しながら、女神たちが囚われている場所について考えを巡らせる。

 隠すのなら辺境かと思っていたが、違った。やはり、王都か。もっと言うなら、すぐに様子を見に行ける場所、簡単に防衛ができるところ。

 ――王城か?

 城の地下牢――なんて分かりやすいところではないと思う。別の空間に捕らえていたとしても、入り口を城のどこかに設置していれば、簡単に管理ができる。

 だとするなら……どうやって探ろうか……。


「個人的な意見だけどさ、あの王子さま、やっぱりなんか企んでると思うよ。誰にも……『最高神』にも内緒で」


 思考が引き戻され、テオドアは目だけでセブラシトを見た。

 黙っているのを、〝先を促された〟と思ったか。彼は「だって」と、足を組んで続けた。


「本当の『最高神』って、女と殺戮にしか興味がない低俗野郎なんでしょ? あのお綺麗ぶった王子さまが、そんなのに共鳴するとは思えない。無理やり器にされた、ってわけでもなさそうだし」


 ――だから、何かしらあると思うよ。

 王子さまの、真の目的ってやつがさ。

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