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179.救貧院と『魔力無し』

 ――そんなことをしていて意味はあるのか?

 

 ルチアノは車窓から目を逸らし、壁に頭をつけて天井を見上げた。

 そばに護衛はいない。馬車に乗る際、一人になりたいからと言って断った。彼らも仕事であるゆえ、ルチアノの乗る馬車の前後を、護衛の馬車で固めることで納得してくれた。

 窓の向こうの景色は休みなく流れていく。それを視界の端に捉えながら、ルチアノは独り言のように呟いた。


「――お目覚めですか、最上なるお方。『最高神』よ」

『酷い揺れで眠れるほうがどうかしている。まあ、俺が生きていた頃よりはマシか』

「お眠りを妨げてしまい、申し訳ございません」


 側から見れば、ルチアノの気が狂ったと思われるだろう。ぶつぶつと二人分の言葉を口にしているのだから。

 だが、観測されなければ正常である。このためにお付きをも排しているのだ。

 ルチアノは、自身と奇妙な同居を果たすことになった神へ、先ほどの言葉の真意を問うた。


『先ほど?』

「私の記憶が正しければ、『そんなことをしていて意味があるのか』と」

『ああ。言ったな』

「差し支えなければ、愚かな私めにご真意を」

『なに。いずれ壊す世界だ、ここまで大切にしてやることはないだろうと思ってな』


 それは、ルチアノが今、向かっている場所についてのことか。

 ルチアノは目を閉じ、「必要ですよ」とはっきり言った。


「どうせ壊すなら、最後に良い思いをさせても良いではありませんか。平民や……〝彼ら〟が、惨めなままで終わるのは、あまりにも哀れです」

『……おぞましいほどの善良さだ。俺がこの世を更地にすれば、お前も消える。理解しているのか?』

「はい。王位に就くのも、慈善活動も、すべて私の良い思い出になります」


 『最高神』の器となる。

 『秩序の女神』に持ちかけられた話を受け入れたときから、こうなることは予測できていた。

 だから、ルチアノは、彼の言葉になるべく感情を動かさぬよう努めている。少しでも反抗的な気持ちを抱けば、その時点で「死ぬ」からだ。

 ――今は弱り切り、往時の力をほんのわずか持っている程度とは言え、油断はできない。なんとなれば、『秩序の女神』がルチアノを始末するだろう。

 幸いなのは、頭で考えていることまでは共有されない点か。


 ルチアノは再び身を起こし、流れる景色を眺め始めた。

 だんだんと郊外に向かっているため、道も悪くなっている。先ほどよりも更に揺れがひどくなっているせいで、『最高神』はさらに不機嫌になったようだ。


『はあ、お前が意気地なしでなければな。捕らえた女どもを虜にしてやれたのに』

「……言ったでしょう。私は、妻でない女性を食い散らす趣味はありません」

『分かっていないな。全員が俺の妻だぞ』


 そう言い切る『最高神』に、ルチアノは、平常心を保つのに苦労した。


 ――つい数週間前。

 ルチアノの肉体を使った『最高神』は、半神たちが暮らす居住地に殴り込み、天界の神々をほとんど再起不能にした。

 彼は、自身の消滅後に生まれた神のほとんどを厭っている。堕落した出来損ないは必要ない、というのが彼の言い分である。

 また、千年前の『大戦』を生き残った神々も、『最高神』にとっては敵だ。特に念入りに対策し、不意を突き、天界の地中深くにまとめて封じていた。

 神気と権能のほとんどを奪われ、弱い者であれば既に消滅しているだろう。

 囚われた三人の女神を除けば、健在なのは、冥界の神々と『秩序の女神』しかいない。


『戦と正義……夢と眠りだったか? アレらの強情さは良い。他の男を想う女を振り向かせるのが醍醐味だろう。俺が早く手篭めにできれば良いんだが』

「だからといって、私を使って襲わせようとするのはおやめください。私が消えたあとに、いくらでもどうぞ」

『不便な身体になったものだ』


 と、『最高神』が投げやりに言う。

 肉体の権限は、未だにルチアノが握っていた。ゆえに、捕らえた女神三人と、『最高神』のお眼鏡に(かな)った見目麗しい女精霊たちは、穢されぬまま閉じ込められている。

 ――もっとも、選ばれなかった女精霊と、恭順を示さなかった男精霊は、容赦無く殺されていた。

 

 ともかく。『最高神』はこの状況に、非常に不満を抱いているようだ。

 そんなに不満なら――と、ルチアノは口を開いた。


「『秩序の女神』さまがいらっしゃるでしょう。あのお方と貴方さまは、恋仲なのではないですか?」

『あの女が大袈裟に吹聴しているだけだ。従順な女は抱いてもつまらない。だが、アレは、俺が他の女に手を出しても堪えない()()()ではある』


 あまりにも俗物的な答えに、ルチアノは眩暈(めまい)を起こしそうになった。

 復活した『最高神』に、過度な期待をかけていたわけではない。そも、『最高神』の熱心な信者だというわけでもない。だが、これでは……。

 手で目元を覆い、溜め息を飲み込む。


 相容れない。このお方とは、絶対に。


 だからこそ――もう少しの辛抱だ、と、感情を押し殺して耐えねばならなかった。




-------




 馬車の目的地は、即位前で慌ただしくしているはずのルチアノが、何をも差し置いて向かいたかった場所である。

 父と兄が倒れるずっと前――『秩序の女神』から誘いを受けるよりも前。密かに立ち上げていた「救貧院」だ。

 王族らしい慈善活動の一環として、頼る者のいない幼子や女性などを一時的に保護する施設。そのためにいろいろなところから人を雇った。

 まあ――救貧などは表向きの目的だ。本当は、行き場のない〝彼ら〟を保護し、職を与え、身分を作るための場所だった。


「ルチアノ殿下!」


 のどかな風景に似つかわしくない、神殿風の立派な建物の前に、ぞろぞろと馬車が停まる。

 周囲には、小さな畑の他には何もない。木と、草と、見渡す限りの野原。遠くに川と森が見え、さらにその向こうには薄っすらと山影がある。

 まごうことなき僻地。だが、そういった立地を選んで建てたので、むしろ気兼ねをせずに済む。


 ルチアノは馬車から降りると、叫んで駆け寄ってくる青年に視線を向けた。

 護衛たちが警戒を露わにするところを、手で制する。人前では、『最高神』も大人しい。眠りについたのだろう、気配も薄くなっている。

 ボロは出まい、と、ルチアノは静かに微笑んだ。


「そんなに慌てて、どうした? 誰かが喉を詰まらせたか?」

「いっ――いえ、そんな、違います! で、殿下が来てくださったので、助かったと――」


 青年は、駆け寄ってくるなり膝をつき、ルチアノを見上げた。質素な服をまとってはいるが、きちんとした所作である。

 教養がある人間。しかし、顧みられることがなかった人間。

 それは、この救貧院にいるほとんどの者がそうだ。

 目の前の青年も、ルチアノが彼の実家から強引に引き取ってこなかった限り、敷地の廃屋で飢え死にしていただろう。

 貴族に生まれた『魔力無し』というだけで。


 一年前にはあれだけ痩せ細っていた彼が、元気そうに走る姿を見られただけで、嬉しく思う。

 が、浮かない顔だ。青年はしきりに後ろの建物を気にしながら、ルチアノに言う。


「あ、あの、神官さまがお見えになってます。その――元々は偉いお方だそうで」

「神官が?」


 そんな予定はあっただろうか?

 ルチアノは眉根を寄せ、記憶をさらった。

 覚えはない。第一、ここは『救貧院』と銘打ってはいるが、どこの神殿にも属していない王立の施設だ。ルチアノが呼ばない限り、神官が来ることはないはず……。

 ともかく、何者かを確かめよう。と、顔を上げて建物を見上げた。

 その時だった。


「久しぶりだねー、元気してた? 相変わらず、甘い正義とか振りかざしてんの?」


 すぐ隣から声が聞こえてきて、思わず飛び退く。

 唐突に現れた声の主は、色めき立つ周囲をものともせず、にこやかに手を広げた。


「酷いなあ。これでも、〝依代〟候補の座を奪い合った仲でしょ。僕だって来たくて来たわけじゃないんだし、こんな貧相なとこ」

「……っ貴様は……!」

「ああ、まだくたばってなかったのかって? 何年か経てばこれくらい回復するよ。ま、大司祭からは降ろされたけどね」


 セブラシト・フラメリネス。

 数年前、〝依代〟候補者として争い合ったうちの一人。『聖ロムエラ公国』の代表であり、十六歳の若さで大司祭の地位にまで上り詰めた男。

 卑怯な手を迷わず使うので、ルチアノとしてはあまり印象が良くない相手だ。『第二の試練』でテオドアに大怪我を負わされて、正常な判断が危ぶまれたために、候補者を辞退したところまでは知っている。

 普通に立って喋り、魔術を行使できるまで回復していたとは、知らなかった。


「……どうして君がここに? 大司教の差金か?」


 聖ロムエラ公国の大司教と『秩序の女神』は、協力関係にあるというが……ルチアノはほとんど接点がない。

 警戒を隠さずに問うと、セブラシトは軽く肩をすくめた。

 

「んー、まあ、観光。神官としての身分はあるけど、ロムエラの田舎ってほんと何もなくてつまんないんだよ。大司教、僕のこと見限ったみたいだし、繋がりもないから安心して良いよ」

「だが……」


 ますます解せない。観光なら、もっと他に行くべきところがあるのではないか?

 セブラシトを信用してはいないが、言葉を信じるとするなら……ルチアノの動向を探るといった目的でもないだろうし。

 じっと睨みつけると、セブラシトはうざったそうに髪を掻き上げ、「だから!」と語気を強めた。


「観光だって言ってるでしょ! ここを目的地にしたのは――ほら、アイツ! アイツが噂を聞きつけたから、見学に来させてやったの!」


 セブラシトが、己の背後を親指で示す。

 と、それを合図にしたように、建物から走り寄ってくる姿があった。


「セブラシトさま! お身体に障りますので、どうかお気を鎮めて……」

「うるさい! きみのせいだ! きみが行くって言ったから来たんだろうが!」

「ええ、まあ、『魔力無し』が集まっているので珍しいな、とは思いましたが。面白がって行くと決めたのはセブ……いえ、お心遣いに感謝いたします」


 平凡な顔立ちの男だ。

 ルチアノの記憶に、彼の姿はない。見覚えもない。ごく普通の、人混みに紛れればすぐに見失いそうな風貌だ。

 しかし、言葉遣いや立ち居振る舞いに宿る確かな気品が、彼が高貴な教育を受けた者だと知らしめる。

 男がこちらを向く。うやうやしく膝をつき、礼をとりながら、「殿下のお疑いはごもっともです」と言った。


「セブラシトさまが性悪であることは同意いたしますが、しかし、今回だけは真実をおっしゃっております」

「おいコラ。ふざけんなよ」

「――僕も、この施設の人々と、同じなので。セブラシトさまが気を遣ってくださったのです」


 その言葉に、息を呑む。

 どうしてセブラシトと共にいるのかは分からないけれど、彼も貴族出身の『魔力無し』なのか。だから、『魔力無し』を保護する救貧院に興味を持った。

 なるほど……筋は通る。


「……君の名前は? どこの国の出身だ?」


 まだ疑念はあるものの、取り敢えず問う。

 男は、人好きのする笑みを浮かべて答えた。


「出身はアルカノスティアです。妻とともに旅をし、ジダ=パノミドからロムエラを通っていた際に、セブラシトさまと知り合いました」


 初対面のはずだが――彼の口調や雰囲気に、どことなく既視感を覚える。

 ルチアノは、黙って原因を探った。そうして、ほどなく気付く。


「家族に放逐され、森で育ったも同然の野蛮人です。どうぞ、バンとお呼びください、殿下」


 ああ、この男。

 テオドアに似ている。

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