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161.追いつかない心

 テオドアは、ひとまず、「賓客」として冥界に滞在することになった。

 『冥界の神』から頂いた許可証を見せると、事情を知らない精霊たちも「ああ、見学ね」とあっさり警戒を解く。

 邪魔をしないようにではあるが、魂がどのようにして冥界を巡り、来世へと旅立っていくか……または地獄へと突き落とされるのかを、間近で見ることができた。

 普通に生きていたら、まず見られない。いや文字通り、記憶に残らない光景である。

 

 だが、それも三日で飽きてきた。

 何もせずに待つばかりなのも、案外辛いものだ。ここではテオドアになんの地位も義務もないので、ふらふらと歩き回るだけの役立たずと成り果てていた。

 魂だけだからか、食事の必要がない。しかも、完全にこの世界に馴染んでしまうと、生き返るのにも支障をきたすらしく、娯楽以外の食事を控えたほうが良いという助言ももらった。


 事ここに至り、テオドアは、ずっと抱えていた疑問を改めて考えることとなった。川のそばを上流へと歩きながら、深く思考に沈む。


(……冥界の方々、ちょっと、大ざっぱ過ぎないか?)


 そう。

 今回の「最高神復活」において、テオドアは徹底的に蚊帳の外だった。

 陰謀に巻き込まれて殺されてはいるが、その理由もいまいち示されておらず。地上の情報も一切入ってきていない。ただ「ルチアノに殺されたのは予定された未来だった」と聞かされただけだ。


 もっと言うと、冥界の神々は、テオドアが『最高神』に抵抗するのは当然だろうと思っているらしい。

 大まかな『最高神』の非道は聞かされたものの、正直に言って、実感は薄い。

 もちろん、地界や天界に残された女神たちの行く末を思うと、焦りを感じるとともに気分が悪くなる。おそらく――『光の女神』に至っては確実に、ただでは済まないだろうからだ。


 止めなければならない。それは分かる。

 

 だが、肝心の『最高神』について、テオドアは何も知らない。彼が非道を働いたのは遠い過去のことで、ただの人間にとっては夢物語に近しい。

 数千年を生きる神とは、考えも尺度も異なる。

 『最高神』に立ち向かうなど、途方もなさ過ぎた。いくら「最高神が復活すれば大変なことになる」と言われても、どうすれば良いのか分からないのが現実だった。


 せめて、自分も一緒に、「あんな奴は許せないですよね! 僕も頑張ります!」と言えるだけの根拠が欲しい。最終的な目標は変わらないにしても、気持ちもブレにくく、打倒に向けてより一層打ち込めるというものだ。

 そこまで考えて、テオドアは深く溜め息を吐いた。


「気持ちが乗らないって、そんな我がままが通用するわけ……」

「あの、あのさ」

「うわあああああっ!!」


 急に川の中から人の頭が飛び出てきたので、テオドアは叫びながら飛び退いた。

 よく見るとそれは、『予言の神』である。長めの髪を張り付かせ、彼は妙に目立つ目できょろきょろと周囲を窺いながら言った。


「た、たぶん、あんまり乗り気じゃないだろうから、は、は、話をしに来た。め、冥界のやつらは、こ、こ、こういう気遣いが、なってない」

「はあ……ありがとう、ございます。お気遣いを……」

「あいつら、ち、地下にずっと、ひ、ひ、引き篭ってるから、社会性が、身についてないんだ」


 テオドアは、寸でのところで溢れそうになった言葉を、無理にでも飲み込んだ。

 貴方が言うんですか、と。

 他の方々も自己完結のきらいがあり、対人関係での細やかな気遣いが不得意のようだが、気遣いのために川で待ち伏せする『予言』もどうかと思う。


「あの、お風邪は召されないのでしょうか?」

「風邪は、ひいたことない。これは、こ、個人的に、おれが泳ぎたかったから、泳いだだけ。お、おまえも待てるし、良いだろ」

「いやまあ、その、ご自身が良いのであればそれで……」


 なんだかこう、なんだかなあ。

 テオドアは微妙な気持ちを押し隠し、川から上がろうとする『予言』の手を引いて手伝う。彼はもちろん着衣のままだったが、そのせいで川岸が水浸しになったのも書き添えなくてはならないだろう。

 ――冥界にいる神は、誰もが、天界の神とはまた違う突拍子もなさがある。

 水を吸って重くなった貴族服の裾を絞る『予言』を、黙って眺める。冥界にいては、閉鎖的な空間ということもあり、それぞれが「自分らしく」振る舞うようになるのかもしれない。と思いながら。


「あ、あいつらは、説明が足りなかった。人間は、おれたちとは違う。『最高神』がどんなやつか、いくら口で説明しても、じ、実際に見てないなら、わかるわけがない」

「……」

「い、い、意外そうな顔をするな! おれだって、本当なら、て、天界に住む神だ。それなりに、地上の人間とも、交流したことがある」


 前言撤回。彼は、他の冥界の神々よりはまだ、地上の人間のことを理解してくださっているらしい。

 テオドアは、思わず瞠った目を『予言』に向けたが、すぐに改めた。彼は他者の未来を見る。人間の行動に関しては、誰よりも見守ってきたのだから、なにも不思議なことではない。

 『予言』は神経質にあちこちへ視線をやりつつ、再び口を開く。


「まずは、ち、『秩序の女神』がなにを企んでるか、詳し、詳しいことを教えてやる」

「はい」

「そもそも、なんで、ヴェルタのだ、第二王子を使ったか。それは、あいつが、い、いちばん〝依代〟に相応しかったからだ」


 『予言』曰く。『秩序の女神』は、もともと、ルチアノを〝依代〟にしたがっていた。

 と言うのも――どうやって調べたかは不明だが、彼は『最高神』の魂に、いちばん適合する肉体だった。つまり、本当の意味で、『最高神』の〝依代〟になれる資質があったわけだ。

 彼女は方々で手を回し、『光の女神』が候補者を選んだあと、ルチアノが〝依代〟になるように仕向けた。『試練』の内容が微妙にルチアノ有利だったのも、『秩序』の仕業であるという。

 

 だが――思わぬところで邪魔が入る。

 テオドア・ヴィンテリオ。つい先日、自らの魔力を自覚したばかりの少年。実力派揃いの候補者の中では、歯牙にもかけられない存在だったはずだ。

 だが、テオドアはうまく立ち回り、『光の女神』の懐に入って事態を有利に導いた。そうして、〝依代〟の座までを勝ち取ってしまった。

 ――実情は異なるのだが、少なくとも『秩序』は、そう認識した。


 ゆえに、かねてから懇意にしていた「聖ロムエラ公国」と「ノクスハヴン帝国」を焚きつけ、ルチアノ王子擁立に動く。

 ルチアノを精神的に追い詰め、自らの理念に同意させたあと、テオドアを、あらゆるものを殺させて王位の座に就ける。

 そうして、『秩序の女神』自らが地上に降臨して、言うつもりなのだ。

 偽りの〝依代〟は消え去った。今こそ、本当の『最高神』が復活なされる時――と。


 以上のようなことを、『予言』はつっかえながら話した。

 若干、疲れた様子の彼を尻目に。テオドアは腕を組んで考え込んだあと、疑問点を挙げる。


「――そもそも、『最高神』は消滅していたはずでは? 彼の魂があることは、矛盾しませんか?」


 そう。彼が真実、消滅せずに生きていたのなら、人間を〝依代〟に見立てるなんて回りくどいことをしなくても良かった。

 まあ、復活させると面倒なことになるのは、なんとなく分かるけれど。他にもやりようがあったはずだ。

 『予言』は、神妙な顔で頷いた。


「そ、そうだ。消滅したはずだ。『大戦』は、改革派の神が大勢で、さ、『最高神』に挑んで、なんとか、消すことで、終結した。で、でも……」

「でも?」

「女の執念は、お、恐ろしい。『秩序』は、千年の間、聖ロムエラ公国と協力して、魂の復活……は、反魂(はんごん)を試みた」


 テオドアは静かに眉を寄せた。説明されずとも、歓迎された行為ではないと分かったからだ。


「それ、禁忌……ですよね?」

「あ、あいつに、そんなの、通用しない」


 完全に消滅した魂、神の魂を、再び蘇らせる。

 それがどんなに困難な道のりだったか、想像に難くない。邪魔者を平気で消す彼女のことだ、少なくない数の命も犠牲になっているだろう。

 

 だが、やり遂げた。

 やり遂げてしまった。

 どれほどの執念なのだろう。

 

 テオドアは、足元から怖気が這い上がってくるのを感じた。話が壮大過ぎて飲み込めなかった事情が、ようやく理解できかけているのかもしれない。

 息を整えて、もうひとつ、気になっていたことを聞く。


「……僕は、どのみち、〝依代〟になる運命だったんですね。本来なら、前世の記憶がなかったとも伺いました。その未来では……僕は、どんな人間だったのですか?」


 すると、『予言』は、猫背気味だった背をわずかに正し、いつになく真っすぐこちらを見据えた。

 そうして、ひと言。


「あらゆる破滅のきっかけ」

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