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153.判決までの祝勝会

 判決が出る明日の朝まで、テオドアは、『光の女神』の城に泊まらせていただくこととなった。


 女神ルクサリネが言うには。

 すべての意見が出揃う二日目までは、裏工作などの疑いを避けるため、テオドアが『秩序の女神』の別荘にいるのを容認していたが。今日はもう、結論を待つだけだ。引き取っても良いだろう。――と言うことらしい。


 別荘の精霊たちが止めるのも聞かず、『秩序の女神』が留守中に連れ出すという強引ぶりだったが……まあ、禁を犯しているわけでもなし、お咎めは少ないだろう。


「裁判の進行役たちは、これから夜通し語り合う。結論が出るまでだがな。早く決めれば決めるだけ、あいつらの睡眠の時間が伸びるというわけだ」

「話し合いが長引いたら一睡もできないわね。私が安眠を授けてあげようかしら」


 ルクサリネの言葉を受けて、『夢と眠りの女神』は茶化すように口を挟む。ご馳走の乗った大きなテーブルの端に行儀悪く腰掛け、足をぶらぶらと揺らした。

 テーブルの近くでは、葡萄酒をたらふく飲んで酔っ払った『知恵と魔法の女神』が、同じ量を飲んでも顔色の変わらない『戦と正義の女神』に絡んでいる。

 

 城の大広間では、陽が沈んだころから、『テオドアの祝勝会』が催されていた。

 準備段階から他の使用人を排し、四人の女神だけで作り上げられた会だ。料理の中には、魔法の類いを一切使わずに手作りした物があるらしい。正直、どれもこれも美味しくて、とても見分けがつかなかった。

 肉、魚、穀物、野菜。ありとあらゆる食材を使った料理。家庭で作られるパイから王宮で供されるほどの高級な肉料理まで。極めつけは、果実ジュースからお酒に至るまで取り揃えられた飲み物たち。

 それらが、白い布が掛けられた大きなテーブルに、所狭しと並ぶのだ。

 大広間を五人――セラはペガサスたちの様子を見に特別区へ降りている――だけで使っているが、虚しさは一切ない。

 部屋はこれでもかと飾り立てられ、飽きたときのためのちょっとした遊戯道具や、休むためのクッションや豪華な寝台も設置されている。


 この世の「夢」を、ひとところに集めたかのような様相だった。


 安心できる環境でご馳走を食べ、思い切り騒いで遊び、疲れたら眠る。加えて、見目麗しい女性たちが側にいて、楽しくお喋りができる。

 テオドアは、世の中の「共通認識」をほとんど知らないが、この状況はある意味で「男の夢を集めたもの」なのかもしれない。

 切り分けられた鶏の蒸し焼きをひとつ食べながら、テオドアはルクサリネたちの会話に耳を傾けた。


「それにしても……『真実の神』が、あの天秤を貸してくれって頼みに来るとは思わなかったわ」

「ああ。裁判に使うつもりだろうな。もっとも、あの天秤には何の力もないが……」

「えっ」


 驚いたテオドアに、二人の女神の目が向く。

 テオドアは口を押さえながら、「すみません……」と身を縮めた。話を遮ってしまったからだ。

 だが、ルクサリネは気にする風もなく、にやりと笑った。


「驚いたか? あれは、黄金の天秤ではあるが、『正義の神』が使っていた『天秤』には程遠い。ただ見せかけだけが似ている偽物だ」

「『正義の神』が権能で作り出した神器だから、今の私たちではどんなに頑張っても再現できないの。だから、『掟の女神』も否定していたでしょう?」

「それで、あんなに……堂々と……?」


 つまり、あの場にいたすべての者は、彼女たちのハッタリに、見事なまでに飲み込まれていたことになる。

 テオドアは、女神さまがものすごく権威あるものを作り出して、戦場で思い切り暴れる理由をくれたのだと思っていたし――『反対派』の面々は、あの迫力に飲まれて、思うように力を発揮できていなかった印象だ。

 また、観戦席にいた方々も、真実味を帯びた態度にすっかり絡め取られていた。「まさか再現できたはずはない」と思いつつも、文句がひとつも出なかったのはそのためだろう。

 テオドアはゆっくりと身を正し、考えをまとめながら問う。


「えっと……じゃあ、どうして偽物を作ってまで、あんなに煽ったんですか?」


 すると、ルクサリネとレネーヴは視線を交わし、どちらからともなく微笑んだ。


「そうだな。私も、レネーヴに言われて気が付いたことだが……あの煩い連中には、私もほとほと困らされていてな? 無意識のうちに、不満を溜めていたらしい」

「はあ……」

「だから、そう。お前が遠慮なく、あの連中をこてんぱんにぶちのめすところが見たかった。そのお膳立てをした形だ」

「……ご感想は?」


 するとルクサリネは、近くに置いてあった果汁ジュースのコップを取り、ひと息に飲み干した。美味しそうに喉を鳴らし、満足げに息を吐く。

 それから、テオドアを振り返って、グラスを持つ手を掲げた。


「最高だった。さすがは、我々が見込んだ男だ」

「……僕はあれで、裁判所側に悪印象をもたらした気が、しなくもないんですが……」

「勝負の如何(いかん)は、判決に反映されないと言っていただろう。公平に判断を下すはずだ。あいつらが、真に平等な考えを持っているのならな」


 と笑いながら、ルクサリネは手を振り、大騒ぎしているペレミアナたちのほうへ去る。「口付けしたんでしょう! 抜け駆けです!!」と怒って、ティアディケをぽこぽこと殴るペレミアナを、嗜める形で入っていった。

 ちなみに、殴られていたティアディケに、痛手はまったくなさそうだ。涼やかな表情で、何杯目かのお酒を(あお)っている。


 残されたテオドアは、深く溜め息を吐いた。

 レネーヴがテーブルから降り、少し屈んで、こちらの顔を覗き込む。心配そうな目をしていた。


「……ごめんなさい。提案したのは私よ。責めるなら、私一人にしてね」

「あ、え。いえ、その。僕は――別に、怒ってるわけでは」

「でも、また貴方を振り回してしまったもの」


 その声は、感情を抑えられているせいか、少し冷たい響きを孕んでいた。


「私は、その場にいたわけではなかったけど……ペレミアナから聞いたわ。ルクサリネと喧嘩したこと。私たちの都合にたくさん振り回されて、不満が溢れてしまったのね」

「いえ、あれは! その、ええと、勢いで言ってしまったといいますか……」

「勢いでも、まったく頭にないことを喋りはしないでしょう」


 大慌てで否定するが、彼女の表情は晴れない。

 視線を床に落とし、唇を引き結ぶ。そのまま、しばらく考え込んでいたが、ややあって再び顔を上げた。


「私たち、貴方に結婚を承諾してもらってから――今さらながら話し合ったの。自分たちは本当に、貴方に相応しい存在なのかって」


 それは、つい昨日にも聞いた覚えがある悩みだった。

 彼女は両手を重ねて胸元を押さえ、何度か深く息をする。かなり緊張をしているようだ。この話をすること自体、彼女にとっては勇気のいることなのだろう。


「私たちが愛したあの(ひと)は……亡骸は、もう暗いところに埋めてしまった。死んだと認めたようなものよ。それでも、執着を言い訳にして、貴方に迫って、結婚を認めさせた」

「……」

「我に返った、と言えば良いのかしら。少し冷静になって、先のことを考えたときに、恐ろしくなってしまって」


 変わり映えのしない、押し付けがましい天界から逃げて、三人で地上に居を構えた。

 それで、何も押しつけてはこないが流されもしない、誠実な男に惹かれた。

 自分たちは今、百年前に厭った同調圧力を、そっくりそのままテオドアに押しつけているのではないか?

 ――客観的に物事が見られるようになって、レネーヴたちは、このような疑念を抱いた。


 だからこそ、最近は妙によそよそしい態度を取っていたのか。

 と、テオドアは密かに納得する。


「でも、それが分かっても、止められないの。引き返すこともできないで、突き進むだけ。――神の本質は、『傲慢』なのかもしれないわ」


 レネーヴは哀しげに目を伏せた。しかし、それも一瞬のこと。

 ゆったりと首を振り、「暗い話をしてしまったわね」と、気を取り直したように微笑んだ。

 

「だからきっと、貴方もわがままを言って、私たちをたくさん振り回せば良いんだわ。喧嘩したのも良い兆候よ。だって、お互いさまですもの」


 黙ったままのテオドアの肩に手を置き、小さく首を傾げる。それから、自然な流れで唇を奪うと、余韻もなく顔を離して、テーブルのご馳走へ向き直った。


「今夜はたくさん食べましょう。まだまだあるわ。欲しいものがあったら言ってね、追加で作るから」

「はい……ありがとうございます」


 そのお礼は、料理を作ると言われたことに対してか、それとも「わがまま」を許されたことか。

 テオドア自身にも真意が分からぬまま、二人で大きな魚のパイを完食するために奮闘し始めた。




-------




 ――大騒ぎの晩は過ぎ。

 翌朝、召集された裁判所前にて。疲れて眠そうな顔をした『掟の女神』が宣言して曰く。


 四人の女神とテオドアは、正式な結婚を許されたのだった。

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