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152.嘲笑と失望

「――は?」


 『自由と勝利の神』は、痛みに顔をしかめながらも、心底怪訝そうに声を漏らした。

 その反応で、テオドアの気持ちは少し鈍りかけたが、なんとか悟られないように堂々と振る舞う。


「だって、おかしいじゃないですか。これだけの数の神さまがいるのに」


 と、周囲をぐるりと見渡した。

 既に、立ち向かおうとする者は、目の前の彼を除いて誰もいない。百人ほどいたというけれど――すべて、倒されたか逃げたかしたらしく、立ってこの場にいる者は皆無だった。

 屍のように転がっているが、致命的な傷は与えていないはずなので、まだ生きている。

 彼らのために治癒魔法を掛けるのが嫌過ぎて……もとい、蘇生に近い治癒を行うには時間制限がある可能性が否めないため、死なないギリギリを狙っていた。

 閑話休題。

 テオドアは、頭を押さえてこちらを睨みつける『自由と勝利』へ、微笑みを向けた。


()()()四人の女神さまが、血迷って人間を伴侶にしたくらいで、神々の評判が地に落ちるはずがありません。隠蔽すれば良いだけの話ですから」

「……」

「それに、うち三人は〝禁忌〟を犯しています。既に名誉などかなぐり捨てていらっしゃる。僕はあまり、天界の事情に詳しくはありませんが……『大戦』後にお生まれになった皆さまは、それを許していないと聞きました」


 いつか、アルカノスティア王国で、三女神が起こした事件を思い返す。

 死者を蘇らせようという「禁忌」。それを成しえようとした三人に、いちばん憤って厳罰を求めていたのは、『併せ名』持ちの、『大戦』後に生まれた神々だった。

 ――天界の会議から帰ってきた『光の女神』は、確かそのように言っていた。


 テオドアは、ゆっくりと腕を上げ、『自由と勝利』に杖頭を突きつけた。


「……これ以上、恥を晒さないように、という崇高なお考えですか? 天界のただれた現状を憂い、秩序を守る、清く正しい戦士だと自認しておられる?」

「知った口を――」

「勘違いも甚だしい。貴方がたは、ただ気に入らないものに文句をつけたいだけの、口やかましい部外者です」


 言いながら、テオドアは口の端を歪める。

 目を細め、顎を少し上げ、彼を見下ろす。まるで、そう――嘲笑しているように。


「この惨状からも分かる通り、貴方がたは、ご自分が思うよりずっと()()。たかが人間にやられてしまうような、弱く愚かで惨めな生き物です」

「ッき、貴様ぁあっ!!」


 さんざんな罵倒に、『自由と勝利』は目を見開き、がむしゃらに突っ込んでくる。だが、まだ殴られた衝撃が癒えていないのだろう。動きは大振りで、先ほどよりも隙が見え見えだ。

 軽く杖を振っていなしながら、テオドアは続けた。


「その中でも、貴方はひときわ頑固で、信念が固い。他の方々は、どんなに品性を忘れていても、まだしも理性が備わっていたのに。この違いはなんなのでしょうか」

「黙れ!!」

「僕はこう考えました。貴方が僕を殺そうとするのは、僕が四人の女神さまの愛を受けているからです。それって、裏を返すと、貴方が彼女たちに好意を抱いているということになりませんか?」


 すると、『自由と勝利』の動きが、明らかに変わった。


「――違うっ!! 自分には妻がいる、そのようなふしだらなことなど! 微塵も考えたことはないッ!!」


 言うならば、隠し事をしているような狼狽えよう。

 息切れをしながらも剣を打ち込んでくる彼に、テオドアは密かに確信を得た。

 ――どうやら、自分の推測も、あながち間違いではないらしい。


 彼がムキになって否定すればするほど、テオドアの言葉が真実味を帯びてくる。彼は、妻がある身でありながら、心の奥底では『光の女神』たちを憎からず想っているのだ。

 本当になんとも思っていないのであれば、「テオドアを殺す」よりも、「女神たちを罰する」ほうに心血を注ぐはずだからである。

 女神を罰するために、テオドアを殺そうとするのなら、まだ分からなくもなかったが。


「好きじゃないなら、彼女たちだけに固執する理由もありませんよね?」

「黙れ、黙れ黙れ黙れ! 戯言を、この、口を閉じろ……!!」

 

 別に、一夫多妻の価値観で生きているなら、複数の女性を好いていても大した問題ではないだろう。だが、彼は、妻以外の女を知ることを〝ふしだら〟と捉えているらしい。

 確固たる価値観をお持ちの『自由と勝利』は、歪んだ形で好意を発露させた。

 人間の男に媚を売る女神などとんでもない。自分はそんな神とは違う、理性のある存在だ。だから、間違った振る舞いをする女神たちを諭し、導いてやらねばならない。諸悪の根源たる「人間の男」を殺せば、きっと目が覚めて、正しい相手を選ぶはず――

 ()()()()()()、相応しい相手を。

 

 そういう思考があったからこそ、あれほどまでに頑なに、自分の行いを信じていられたのだ。


「いったん、落ち着きましょう」


 テオドアは優しい声音で言い、杖を掲げて、頭上に大量の水を発生させた。

 それは、噛み付かんばかりに勢いづいた『自由と勝利』の上に降り注ぎ、見る間に窒息させる。陸で溺れている彼が、とうとう膝をついたのを見計らって、テオドアは大笑した。

 すっかり悪役の風情だ。

 ……『反対派』にとっては、あながち間違いでもないのが、悲しいところだった。


「妻がいても、気持ちは止められないでしょうに! 良いんですよ! 他者を想うのはなにも悪いことではありません。原初から生命を繋いできた、大切な感情です!」


 『自由と勝利』の顔色が、窒息によってだんだんと白くなっていくので、水を消してやる。

 盛大に咳き込んだ彼は、もう立ち上がる気力も残っていないようで……濡れた地面に這いつくばりながら、肩を震わせて息をしていた。


「……」


 テオドアは、わずかに笑みを(かげ)らせ、その様子を眺める。


 哀れんだのではない。

 失望したのである。


 思い上がりであるのは、重々承知だ。彼らが油断せず、万全の状態であれば、もっと――苦戦していた。おそらく、たぶん、今よりは手こずっていたはず。

 しかし、これでは、地界の人間と何が違うのだろう? 正直を言って、〝依代〟を決める『試練』のほうが、まだ命の危機を覚えた。もちろんあの時は、自らが戦いに慣れていなかったのもあるだろうが。


 こんな存在に、良いように罵倒され続けていたのか。


 曲がりなりにも『反対派』の神々を尊重し、殺されるかもと警戒し、波風を立てぬように気を遣ったのが、()鹿()()()()()()()()()――


(……これ以上、考えるのはよそう)


 首を振り、テオドアは再び口を開く。


「貴方や、他の皆さまが、何を思おうと勝手です。ですが、何度突っかかって来ようとも、僕に勝てないことだけは、ご理解くださいね」


 わざと悪意を込めて嗤い、俯く『自由と勝利』の頭を思い切り杖で殴った。

 ものも言わずに吹き飛んだ彼を、感慨もなく目で追って。転がった先でぴくりとも動かないのを確認してから、観戦席のほうへ向き直った。


 観戦していた神々は、みな顔色悪く――ある者などは今にも失神しそうなひどい表情で、『反対派』の倒れた姿を見ていた。

 ――ここまで「弱い」とは思わなかったのだろう。〝依代〟とは言え、一介の人間を相手するならば、完勝か拮抗するかと予想していたのかもしれない。

 具合の悪そうな面々の中で、四人の女神だけは元気だ。『光の女神』は、金の天秤を片手に持ち、愉しげに三女神と目を交わして笑っていた。


 自分に、おびただしい数の視線が向けられていることを意識しながら。テオドアは、杖を捨て、両手を肩まで上げる。

 これ以上、暴力を行使しない意思表示だった。


「おそらく、すべての『反対派』の方々を、再起不能にしたと思います。より正確を期するなら、彼らの身体の一部を切り取ろうと思いますが――どうすれば良いですか?」


 ――『天秤』を使う案は却下され、テオドアの勝ちとされたのは、言うまでもないことである。

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