表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
161/251

151.悪循環は断ち切れ

 言い切るなり、地面を踏み抜く勢いで右足を振り下ろす。

 すると、テオドアの周囲を中心として亀裂が走り、そこから凶悪な岩の棘が生え出た。あっという間の出来事だったため、躊躇して飛びかかって来れなかった神を幾人か串刺しにする。

 鎧を貫通するくらいの強さにしたが、致命傷は避けている。長く放置しない限り死ぬことはないだろう。


 『身体強化』で近くの神を殴りつけ、防具の上から気絶をさせる。

 ようやっと状況に追いついたのか、弱々しい槍がいくつか投げられたが、テオドアはほとんどを素手で振り払い、最後のひとつは近くで気絶していた神を引き寄せて盾とした。

 少しでも怖気付いている者や、動きの鈍い者を見つけ出しては叩き、確実に数を減らしていく。戦闘を放棄して逃げた者もいるため、『反対派』の数は、開始前よりも半分以下に落ち込んでいた。


「ッ……焼き払えっ!!」

「!」


 倒れた敵の大剣を奪い、今まさに少女の姿をした神を殴りつけようとしたところで、左手側に灼熱を感じた。

 咄嗟に仰け反って後方へ跳び、間一髪で回避する。少女神は逃げ遅れ、業火に焼き尽くされて丸焦げになっていた。

 悲惨な姿だ。早く治療しなければ、手遅れになってしまうかもしれない。


「うわあ……味方を焼くのはどうかと思いますよ」

「うるさいわねっ!! このクソ男っ!!」


 『理性と規律の女神』は、怒りに身を震わせながら、少し離れたところで魔法陣を展開している。どこから取り出したのか、彼女の身の丈ほどもありそうな杖を両手で握り締め、ひたすらに攻撃魔法を放っていた。

 テオドアは、弱腰で切り掛かってくる有象無象を大剣で薙ぎ払い、最小限の動きで炎の玉や雷撃を避けた。

 と、避けたところへ、見計らったかのように剣が閃く。


「おっと」


 こちらもぎりぎりで避けたが、前髪が少し掠め、何本か切られた。憎しみで燃えたぎった様子の『自由と勝利の神』は、しかし、あくまでも冷酷に言い切る。


「天界の秩序を乱す下等生物め。貴様だけは生かして帰さん」

「殺すな、というのが、この戦いの決まりだったはずでは?」


 跳び退って距離を取りながら、テオドアは口を挟む。それが気に入らなかったのだろう、『自由と勝利』は顔を歪め、「どうとでもなる」と吐き捨てた。


「殺しはしない。が……傷を負わせた後、貴様が自然に死ねば、()()()()()()()

「ああ、やっぱりそう来るんですね……」


 要は、失血死や衝撃による発作での死など、間接的な殺害を狙うということ。

 テオドアは重い大剣を捨て、考える。

 ――正直に言って、『反対派』の中でいちばん危険なのは、彼だ。

 他の神々は、どんなに口を極めて罵っていようと、小さなことをあげつらって侮辱しようと、まだ理性の残る振る舞いをしていた。心の奥底では、自分たちの言っていることがただの難癖だと、分かっているのだろう。

 こうしている間にも、氷の(つぶて)やら何やらを飛ばしてくる『理性と規律』が、その良い例だ。


 だが――目の前の彼は違う。

 本気で、自分の行いが「善」だと思っている。たかが人間が少し暴れたくらいで逃げ出すほど〝衰退〟している神々であるのに、世界で最も尊く強い存在だと、本気で信じ込んでいる。

 客観視の欠如。それに気付いてすらいない。

 この分だと、息子を殴り続けたのも「善」だと思っていそうだ。あの少年神のことはあまり好きではないが、それが日常であるなら、少々同情してしまう。


 『自由と勝利』は、物も言わずに踏み込んできた。確実に首や心臓を狙って剣を振るうので、軌道は読みやすい。

 が……『理性と規律』の攻撃が地味に場を掻き乱してくるので、テオドアは、彼女を倒さずに残しておいたことを少し後悔した。


(さっきみたいに、味方を減らしてくれないかなと思ったけど……やめておいたほうが良さそうだ)


 少女神を焼き尽くしたように、自滅へ導いてくれたら良い。と思っていたが、そう上手くはいかないようだ。

 テオドアは頭を切り替えた。無心で切り掛かってくる『自由と勝利』のほうへ、避けずに踏み込む。当然、首元に剣が食い込んだが――相手も身動きができないのを逆手に取って、彼の首を掴んだ。

 ひゅぐ、と濁った音が、『自由と勝利』の喉を通る。そのまま窒息させんばかりに力を込めたが、あえなく振り払われてしまった。

 彼は転がるように退がると、喉を押さえて咳き込む。昨日から、『自由と勝利』の振る舞いには並ならぬ違和感――無機質な圧力と言おうか――を感じていたが、「咳き込みはするんだ」と何故か安心してしまう。


 『自由と勝利』が動きを止めた僅かな隙に、テオドアは『理性と規律』のほうへ向き直った。


「……お疲れさまです。もうおしまいですか?」

「っ……う、うる、さい……! ま、まだ……あんたなん、かに――!」

 

 彼女は既に、肩で息をしている。疲れてしまったのだろう。地面に展開された魔法陣は、光の線がところどろ途切れ、今にも消えかかっていた。

 ……やはり、『大戦』後に生まれた神は、あまり戦いが得意ではないのだ。

 衰えているというのもそうだが、平和な千年の中で生きていたためか、自分の力の使い方を理解し切れていない節がある。


 もちろん、彼らより体力や魔法を使う力が遥かに劣るであろう自分に、彼らの衰退を指摘する権利はない。だが――同じ『大戦』後の神でも、三女神のほうが確実に「魔法」が上手かった。

 『魔法』を司る女神がいるからだろうか。しかし結局、上達の明暗を分けるのは、使う機会があるかないかだと思う。

 三女神は、百年の狂気の中で、ある意味では研鑽を積んでいたと言えよう。


 テオドアは目をすがめ、がむしゃらに打ち出される炎の玉を観察した。初めの頃よりも精彩を欠き、ふらふらとおぼつかない挙動で飛んでくるものがほとんどだ。

 そのうちのひとつを、右腕を突き出し、燃えるのも構わず掴み取った。

 首から流れる血を左手で掬い取ると、燃えた右手と手を合わせ、炎に血を()()()。それから、息を強く吹きかけた。

 あっという間に延焼した炎は、テオドアの周囲のみならず、隙と見て飛びかかってくる敵をも焼く。

 縦横無尽に燃え上がったあと、ひとつの大きな鳥の形を成し、テオドアの手を飛び立って一直線に『理性と規律』のもとへ。


「いゃ、ぎゃあああああああああああっ!!」


 避けることもできず、水を発生させることもままならず。『理性と規律』は炎に飲まれた。

 血を混ぜた炎を操り、焼けていく女神から杖を引き剥がす。死なない程度に燃える彼女を尻目に、テオドアは、炎の鳥が持ってきた杖を受け取った。

 軽く振り回してみて、手に馴染ませる。

 それから、またもや突っ込んできた『自由と勝利』の刃を、真正面から受け止めた。

 少し疲れているようだが、彼はまだ元気そうだ。魔法もそこまで使わない戦法のようだし、このまま力尽くで押し切っても良い――


 だが、懸念はある。


 本気で殺しに来る相手を、致命傷も与えずに撃退するのは難しい。実力がどうでも、少しでも動ければ喰らい付いてくるような気迫を感じる。

 何より、今ここで「善」への執着を弱めなければ、彼は何度でも突っかかってくるだろう。テオドアが女神たちから完全に縁を切らない限り、どこまでも付きまとって殺そうとしてくる予感がする。

 激しく打ち合いながらも、テオドアは考えをまとめた。

 そして、隙を見て木の杖で横殴りにしたあと、頭を打ってふらつく『自由と勝利』へ、こう問い掛ける。


「もしかして……貴方さまは、僕が妻にしようとしている女神さまのことを、愛しているのですか?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ