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150.罪深き者には罪深くあれ

 テオドアは先ほど、早口で四柱の女神に作戦を伝えた。


「『反対派』は、何を説明してもどんなに迎合しても、僕たちを認めるつもりはないようです。それを逆手に取って、彼らの罪を糾弾して大暴れしてやろうと思います」


 説明はこうだ。

 開戦の合図とともに『自由と勝利の神』を攻撃する。当然、『反対派』は難癖をつけてくるだろう。

 だが、彼は自分の息子を半殺しにした男で、「こっちの粗ばかり探しているがそちらはどうなんだ」と、難癖をつけ返すことができる。


 要は、理屈が通じない相手には、同じような狂気で返せばいい、というわけである。


 女神たちには、開戦前に適度に戯れ事を言って煽り、『反対派』の余裕ややる気を削いでほしい。そのようにお願いをした。

 そのほかにも彼らの「難癖」を逃れる屁理屈を考えてあったのだが、すべて説明し切る前に、『夢と眠りの女神』が待ったをかけた。


「今の話だけでは()()()わね。もっと、衝撃を与えないと」

「……と言いますと?」

「どうせなら、これ以上ないくらいめちゃくちゃにしてしまいましょう。そうね――私たちの誰かが貴方に合図をするわ。そのとき、貴方は『戦と正義』の胸を刃物で刺すの」

「刺す?」


 眉を寄せて怪訝な顔をしたテオドアに、『夢と眠り』は確信を持った様子で続けた。


「ええ。そのあと、私と『知恵と魔法』に、血に塗れた刃物を捧げて。――そうしたら、あとは流れに乗るだけで良いわ」


 その時は、他の三柱も驚いていたが……テオドアが勝負の場に引き出された僅かな合間で、互いの打ち合わせを済ませたらしい。淀みのない演じ方だった。

 もちろんテオドアも躊躇ったが、詳しく話を聞く前に時間切れとなった。『夢と眠り』の笑顔の圧と、「私たちを信じて」という言葉で、直前の指示の通りに振る舞う気になったのである。


 ――『戦と正義』の血に塗れたナイフを掲げ、『知恵と魔法の女神』は高らかに言った。


「ご覧ください! かの偉大なる『正義の神』、その権能を引き継ぐ女神の、心の臓から溢れた血を! これならば『天秤』を再び蘇らせるに充分でしょう!」


 大声といい見開いた目といい、笑顔であるのに正気ではない雰囲気をひしひしと感じる。

 さすがは、つい二年ほど前まで狂気の生活を送っていた女神たちである。『戦と正義』のもとへ駆け寄ろうとしていた裁判の進行役たちが、異様な雰囲気に気圧されて二の足を踏んでいた。

 千年以上前から生きる神々でさえ、そうなのだ。修羅場の経験が少ない「大戦後の神々」は、怖気付いて逃げ出す者まで現れる始末だった。


「今から奇跡を見せましょう。神話のころに喪われた神の、遺物を! この世に再び顕現させましょう!!」


 『夢と眠り』『知恵と魔法』の二柱が、大衆のほうを向いて演説をし始めたのを見て。テオドアは素早く立ち上がり、『戦と正義』のもとへ駆け戻った。

 いくら女神とはいえ、心臓を何度も刺されては死んでしまうだろう。『光の女神』には止められなかったので、治療は許されていると踏んだのだ。

 だが、テオドアが彼女のもとへ戻ると、左胸からの出血がほとんど止まっていることが分かった。先ほどまで蒼白だった肌にも血の気が戻り、止まっていた呼吸が吹き返す。

 時を経るごとに生気を取り戻していく。『戦と正義』は、ゆっくりと瞼を開くと、何事もなかったように起き上がった。

 そばにいたテオドアを見上げ、「良い刺し方だった」と妙なところを褒める。


「傷付ける者が躊躇えば、(いたずら)に相手を苦しめるのみ。一度目の突きで(われ)はほとんど死んで居た」

「死、死んで……生き返る魔法があったとは知りませんでした」

()()()()と言っただろう。『知恵と魔法』が中心となって、心臓が攻撃を受けた際に発動する、強力な治癒魔法を事前に掛けた」


 ――(もっと)も、人間には再現不可能である上に、仮に掛けられれば肉体が霧散するだろう。

 と、恐ろしいことを言いながら、彼女は血に塗れた服を上から撫でる。血と破れた跡が綺麗に消え、新品のような滑らかさを取り戻した。

 そこで、ようやっと、『掟の女神』たちが駆け寄ってきた。テオドアたちを取り囲む顔ぶれを見るに、『真実の神』はいない。観戦席に残っているのだろう。


「お――お二人とも――これは――」


 『掟の女神』は、強張った表情のまま、震えた指でこちらを指差す。なにかを言いたいのだろうが、うまく言葉がまとまっていない印象だ。

 代わりに萌黄の髪の『秩序の女神』が、冷静に問い掛けてきた。


「テオドア、お前、分かっているの? 人間の身で〝決闘相手〟でもない女神を傷付けるなど、前代未聞よ。然るべき裁きを受けて、一生を苦役で終えてもおかしくないわ」

「問題はない」


 すっかりいつも通りに戻った『戦と正義』が、ふらつきもなく立ち上がる。

 それから、さらりと言った。


「此れは合意の上だ。言い方を変えれば、()()()()という事になる」

「は?」

「吾らの愛は、互いを傷付ける事でも確かめ合える」


 珍しく、『秩序の女神』が呆気に取られた顔をする。

 テオドアも、「ものすごいことを言い出したな」と思ったが、空気を読んで黙っていた。〝流れに乗れ〟と言われているわけだし、このハッタリも必要なことなのだろう。

 ――テオドアの印象というか、心象はものすごく悪くなっている気がするけれど。


「……そ、そういった愛し合い方もあるでしょうけど、それで通ると思って? 『光の女神』が合図を出したのよ。女神の中で仲違いをして、テオドアを凶行に走らせたという可能性も……」

「それは無い。吾らは魂で繋がり合う生涯の友だ」

「真顔で言われると、冗談か本気か分からなくて恐ろしいわね」


 確かに、真顔で「血を流すほどの傷を付けるのも愛だし、傷付ける指示してきた他の女神とも仲が良い」と言われたら、どう反応して良いか困るだろうな。

 テオドアも平静を保って立ち上がる。尋問の対応を『戦と正義』に任せて――囲んでくる神々の隙間から、今まさに『天秤』を作り出そうとしている女神たちを見た。

 

 二柱が共に手を取り合うと、彼らの周囲におびただしいほどの魔力の粒が巻き上がる。

 なにごとか唱えた『知恵と魔法』がナイフを掲げた手を大きく振ると、激しく光が瞬き――次の瞬間には、黄金に輝く天秤が彼女の手のうちにあった。


「これこそが『正義の神』が持っていた天秤! その機能を十全に備えた品です!!」


 自信たっぷりに言い切る『知恵と魔法』からは、反論を許さぬ威圧感が放たれていた。向こう側の空き地では、戸惑って視線を交わしたり、ざわついたりする『反対派』の姿がある。

 すると、待っていたかのように、『光の女神』が黄金の天秤へ手を伸ばした。


「さあ、これで罪を測ることができる。だが、私の記憶する『天秤』は――」


 『光の女神』が天秤を掴んだあとの姿は、ちょうど他の神々に遮られて窺えない。

 だが、彼女の手で高く掲げられた天秤だけは、辛うじて見えた。


「秤の片方に罪人の一部を乗せ、どのように傾くか見る。空の秤のほうが重ければ無罪。逆に、少しでも罪人の方が重ければ、有罪となる!」

「テオドア」


 いつの間にか、テオドアのすぐ後ろに、『戦と正義』が立っていた。

 こちらが振り返って返事をする前に、彼女はテオドアの腕を引いて寄せ、そのまま抱き締めた。テオドアもまた、分からないながらも、彼女の背に腕を回す。

 はたから見れば、情熱的に抱き合っているように見えるだろう。誰も邪魔をしてこない。少なくとも、心臓をナイフで刺す「愛情表現」よりは。


 耳元に吐息が掛かる。

 僅かに興奮を覚えたが、彼女がふと囁くので、そちらへ意識を持っていかれた。


「……大義名分が出来た。(なれ)は此れで、文句を気にする事なく()()()()()()()()事が出来る」


 そうして、少し身を引き、間近で見つめ合う。

 『戦と正義』が、テオドアの頬を両手で包んだ。吸い寄せられるように唇を合わせて、余韻もなく離す。


「勝て」


 目の前の赤い瞳が、僅かに潤んでいた。


「――はい。必ず」


 テオドアは、湧き上がる決意を胸に、しっかりと頷いた。

 間髪入れずに踵を返し、神々の包囲を抜け出して走る。『知恵と魔法』たちの横を擦り抜け、柵を飛び越えて空き地に戻る。

 反応が遅れた『反対派』たちの姿を見渡しながら屈み、木の枝を素早く掴み取ると、いちばん近くにいた女神へ思い切り投げつけた。

 手を離れる瞬間、ただの木の枝は大振りの斧へと変じる。

 ものすごい勢いをつけた斧は、そのまま彼女の兜を(かす)り、鎧を貫いて肩に食い込んだ。


「いぎゃああああああっ!!?」


 濁った悲鳴を上げて女神が倒れる。そばにいた男神が色を失って身を引き、立派な拵えの剣を取り落とした。

 それを見逃すテオドアではない。身を低くして駆け寄ると、落ちた剣を、拾った勢いを殺さぬまま振り上げる。刃は彼の顎を砕き、こちらも聞くに耐えない悲鳴を響かせた。


 静まり返った戦場で、テオドアは胸を張り、厳かに言った。


()()()()()()()()()仕方ありません。天秤にかけられるように、全員を再起不能にさせていただきます!」

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