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149.正義に罪あり

 空き地の周りに簡易的な観戦席が設けられ、戦いに参加しない神々や精霊が、この席に収まった。

 告げられた勝利条件は、「どちらかの陣営が戦闘不能になったら。ただし、殺してはならない」。陣営――と言うか、テオドアに関してはたった一人なのだが。改めて考えても、テオドアに不利過ぎる状況だ。

 あちらは多分、「殺していないから良いだろう」と、瀕死にまで追い込む魂胆だ。時々漏れ聞こえてきた〝作戦会議〟は、かなり物騒だった。手足をもぐ、という話が普通に飛び出していたくらいだ。


(なんか……ちょっと、面倒くさい相手だなあ……)


 状況が許すなら、溜め息でも吐きたい。

 相手は神さまで、本来なら一生かかってもお目に掛かれない、神聖な方々のはず。だが、こうも執拗に侮辱を繰り返したり、集まって騒ぎ立てる姿を見てしまうと……尊敬の心も限りなく薄れるというもの。

 〝人間や半神だって、信仰する相手くらいは自分で選ぶ。尊敬できない者は尊ばない〟というセラの主張が、ようやく身に染みてきた。


(いや、やる気を出せ。お話の時間はほとんど取れなかったけど、女神さまたちのご協力も得られたんだから――)


 つい先ほどまで〝抜け駆け〟を叱られていたが、会場が整って呼び出されるほんの一分ほど前に、今回の作戦と要望を伝えることができた。

 二言三言交わしただけで、ろくに細部を詰められずに引き離されてしまったが……本番では上手くいく、と思いたい。

 テオドアは、緊張から渇いた喉で唾を飲み込み、近くの石を拾って武器に変じさせた。小さく、小回りの利くナイフである。

 見た目は脆そうだが、ある目的のためだけに使うのだから、これで良いのである。


「ずいぶん弱そうなのを使うのね。怖気付いて逃げないだけ褒めてあげるけど。あ、大怪我したからって恨むのはやめてよね。神聖な大地をあんたごときの血で汚すのを許してあげるだけ優しいでしょ」


 ――わざわざ貶しに来たのか、『理性と規律の女神』は、テオドアの持つナイフを見て嘲笑う。

 ええそうですね、と頷き、特に堪えた様子も見せないでいると、露骨につまらなそうな顔をした。

 こうして侮辱してくる者がいちばん嫌うのは「無関心」であると、テオドアは身をもって知っていた。


 彼女の肩越しに、相対する神々を眺める。姿も性別も老若もさまざまだが、みなそれぞれに武器を持ち、武装している。戦いへ出る勇気を讃え合い、笑い合う。立派な盾を自慢している者もいた。


 呑気な人たちだな、と思う。

 『大戦』後に生まれた神は()()()()()()。『秩序の女神』の言葉の意味が、少し分かった気がした。

 彼らは、誰かと戦った経験がほとんど無いのだ。

 それは千年来、大きな戦争のない地界の人間にも、当て嵌まることだけれど。


「では、急拵えの場ではありますが、ここに厳正なる決闘の開始を宣言いたします」


 観戦席にいる『掟の女神』が、穏やかに立ち上がる。だが、もう一人、立ち上がる影があった。

 ほっそりとした右手を挙げ、微笑んで『掟』を制するのは、誰あろう『光の女神』である。


「発言を良いか。ずっと気になっていたことだが」

「能無しのアバズレは引っ込んでいてください。今さら自分の男の命が惜しくなったんですか?」


 テオドアの近くの『理性と規律』が暴言を吐くが、『光の女神』は響いた様子も見せず、涼しい顔で言葉を続けた。


「そちらの『反対派』は、熱心に私たちの結婚を妨害してくれるが。お前たちは、私たちの〝過ち〟を責めるほど、清く潔白な存在なのか?」

「は? なに――」

「正義面をしているお前たちに、罪はひとつも無いのかと聞いている」


 女神は朗々と言う。少々、物言いが芝居がかっている感じなのは否めないが、要するに――「人のことを言える立場なのか」ということだ。

 『理性と規律』が唇をわななかせ、何度か反論をしようと口を開くが、言葉が出てこない様子だった。

 それはそうだろう。罪のない存在などいない。自覚しているだけ、彼女はまだマシなほうである。

 問題は――


「当然です! 自分は、堕落した者とは違いますから!」


 『自由と勝利の神』のように、自覚をしていない存在だ。

 有象無象の神々を掻き分け、短く刈り上げた髪の青年が、堂々と空き地の真ん中に立つ。『反対派』からは、どよめきのような歓声が上がった。

 その堂々たる立ち姿は、神話に聞く勇士のようだ。

 だが、『光の女神』は鼻で笑った。


「お前ほど罪深い存在もいないだろう。なにせ、罪のない息子を半殺しにしている」

「あれは教育です! 子どもの無い貴女にはお分かりいただけないでしょうが……」

「仮に子を持ったとしても、分かりたくはないな。それに、あれは教育と言うより、ただの憂さ晴らしに見えたぞ」

「それは貴女の主観では!? 客観的に物事を見て判断していただきたい!」

「そうだな、ただの主観だ」


 言い争いからあっさりと身を引いて、『光』は認める。

 だが、こうも続けた。


「我々のような知能を持つ存在は、自分の信じたいものだけを信じるものだ。だからこそ、()()()な指標が必要になる」

「先ほどからなにをおっしゃっているのか、」

「『知恵と魔法の女神』よ。千年の昔、神々が罪を犯したとき、どのような神が判決を下していた?」


 問いかけに、『知恵と魔法』もまた、微笑んで立ち上がった。手を胸の前に組み、うっとりと空を見上げて(そら)んずる。


「『正義の神』です。手に絶対の天秤を持ち、どんな神でも――『最高神』でさえ、かの神の決定からは逃れられなかったと聞きます」

「では、『戦と正義の女神』よ。他者の罪を測るために必要なものは、なんだと考える?」

「寸分も狂いが無かったと言う『天秤』。(われ)らに足りないものは其れだ」


 淡々と言った『戦と正義の神』が、隣の『夢と眠りの女神』を促して、共に立ち上がる。

 『夢と眠り』は、控えめに目を伏せて進言した。


「恐れながら、『光の女神』よ。私ならば、私たちであれば、その『天秤』を作れるのではと愚考します。一度は大罪を犯した身。()()()()()であれば、容易いことです」

「ま、待ってください!」


 すっかり四女神の独壇場となっていたところへ、割って入ったのは『掟の女神』である。彼女は困惑を隠せないようで、顔色を失いながらも「そんなことが可能なわけがありません」と我が身を抱きしめて言った。

 だが、『光の女神』は揺らがない。笑みを深めて畳み掛ける。


「裁判所側には得しかないじゃないか。それに、こちらには――力は衰えたが、『正義』を司る神がいる。不可能ではないだろう?」

「千年前に喪われてから、どんなに再現しようとしてもできなかったのですよ!? それが、そんなことは、不可能です!」

「悪用が不安であれば、お前たちの誰かが検分すればいい。さあ――」


 噛み合わない応酬をしつつ、あくまでも笑みを保ったまま。

 『光の女神』は、テオドアのほうへ顔を向けた。


()()()()


 その言葉に、誰かが反応するより速く。

 テオドアは足を踏み込み、観戦席まで一直線に駆けた。

 待て! と、背後から声が追い縋ってくる。それが誰のものか、男か女かも判別をせずに放棄して、柵の直前で大きく跳躍する。

 眼下に標的を捉えた。空中でナイフを逆手に持ち替え、勢いよく振り下ろす。


 無防備に立っていた『戦と正義の女神』は、左胸にナイフを突き立てられ、仰向けに倒れた。


 悲鳴が上がる中、テオドアは彼女に馬乗りになり、何度もナイフを突き立て直す。血飛沫が頬を汚し、手や服を真っ赤に染めた。――もちろん、刺された女神のクリーム色の髪も。

 彼女の見開いた目は、血を喪うごとにどんどんと濁り、光を失っていく。

 泡を食って『進行役』の神々が駆け寄ってくるので、テオドアはようやく手を止めて立ち上がった。


 そうして、拘束される前に――『知恵』と『眠り』を司る女神に向き直り、跪いて、両手に乗せたナイフを差し出す。


 目の前で女神が刺されても、二人は笑っていた。口々に礼を言いながら、ナイフを受け取る。


 ――言わずもがな。

 この凶行は、もちろんすべて、()()()()()()()であった。

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